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涙の選手、怒る国民、居直る指揮官。W杯を失ったイタリア「世界の破滅」。

Number Web のロゴ Number Web 5日前 弓削高志
イタリアのゴールをともに守り続けたブッフォンとボヌッチがピッチでかわした最後の抱擁は、あまりにも物悲しかった。 © photograph by Getty Images イタリアのゴールをともに守り続けたブッフォンとボヌッチがピッチでかわした最後の抱擁は、あまりにも物悲しかった。

 イタリアのゴールマウスに毅然と立つ守護神ブッフォンは、もう見られない。

 ロシアW杯欧州予選プレーオフで、イタリア代表はスウェーデンに敗れ、予選敗退が決まった。4度の優勝を誇るアズーリが本大会出場を逃すのは1958年大会の予選以来、60年ぶりのことだ。

「俺たちは敗北した。こんな形で代表を去るなんて、本当に悲しい」

 試合後、主将ブッフォンの目は真っ赤だった。

 歴代最多出場記録を更新し続けてきた代表での175試合目を終えた彼は、ロシア行きを逃せばその時点で代表最後の試合になることを知っていた。涙と嗚咽を抑えきれなかった。

 2017年11月13日。イタリア・サッカーの1つの時代が、終わった。

 3日前、ストックホルムでのプレーオフ初戦に0-1で敗れたイタリアは、カルチョの殿堂サン・シーロでスウェーデンを迎え撃った。逆転突破には2点差以上での勝利が条件だった。

7万2千人がトリコロールで埋めたスタジアム。

 アズーリの老将ベントゥーラは、MFジョルジーニョら3人を初戦から入れ替えて決戦に挑んだ。

 7万2千の大観衆が赤白緑のトリコロール・カラーで埋めたサン・シーロで、イタリアはキックオフから攻めに攻めた。ゲームを圧倒的に支配し、前半のボールポゼッションは実に74%近くに達した。

 後半に入り、GKブッフォン以外の21人が全員スウェーデン陣内にいる時間帯も少なくなかった。最低でも90分の間に1点奪って、イーブンスコアにしなければ延長戦にも持ち込めない。

 だが、どれだけ攻めてもゴールは遠かった。53分、MFフロレンツィが放ったジャンピングボレーは惜しくも右に外れた。

 スカンジナビアの巨人たちは頭や四肢を駆使して、自陣ゴールに迫るあらゆるボールを弾き返した。彼らも必死だった。

「そりゃあキミぃ、アポカリプスだよ」

 ホームの大声援を受けるアズーリは、初戦とは打って変わって戦う集団だった。ベントゥーラ体制下となって初めて見る光景にどこか違和感を覚えつつ、時計の分針は進んでいった。

 60分、初戦で鼻骨を折られたDFボヌッチが、邪魔だと言わんばかりに顔面のガードマスクを剥ぎとった。

 64分、ベントゥーラはFWベロッティとFWエルシャーラウィを同時に投入したが、ボールは繋がらない。76分にはFWベルナルデスキまで入れたが、攻勢はペースダウンした。

 途中出場した3人の若手FWと先発したFWインモービレの4人同時起用など、予選を通じて一度も試したことがない。破れかぶれに等しい大博打が成功するはずもなく、逆にスウェーデンのカウンターからあわや失点のピンチを何度か迎えた。

 残り時間10分を切り、アズーリの選手たちは決死の形相でボールを追った。彼らにとってサン・シーロを包んだ国歌「マメーリ賛歌」の大合唱がどれほど支えになったことか。

 95分、アディショナルタイム2度目のCKに攻撃参加したGKブッフォンは、自らのゴールマウスに戻る間もなく、タイムアップの笛を聞いた。

 もし、アズーリがロシアW杯行きを逃したら?

 小役人風情のイタリア・サッカー連盟のタヴェッキオ会長は予見していた。

「そりゃあキミぃ、アポカリプス(世界の破滅)だよ」

誤解を恐れずにいえば、9月に敗退は決まっていた。

 イタリアとスウェーデン両国の実績や知名度、実力を考えれば、アズーリの予選敗退は波乱といえるだろう。72分に途中出場したスウェーデンのMFローデンの所属先は、セリエAの残留争いをするクロトーネだ。

 だが誤解を恐れずにいえば、イタリアの敗退は9月の時点で決まっていた。具体的に言うと、スペインとのアウェーゲームに敗れた9月2日だ。

 手も足も出ずに0-3の完敗を喫したマドリードでの試合で、イタリアの選手たちの心は完全に折れた。特に攻撃陣は完全に自信を失った。

 スペイン戦前の予選6試合で18ゴールを奪った攻撃陣は、マドリード遠征の後の5試合で3点しか奪えなかった。1試合平均のシュート数は半減し、決定率も約4分の1にまで激減した。

「あの敗戦は相当なショックだった。ひと月経って代表にまた集まって練習しても、身が入らない。あのスペイン戦の後、それまでの代表はどこかへ消えてしまった」

 試合後のブッフォンは一回り小さく見えた。決して望んでいなかった形で訪れた代表引退のはずだが、鉄人の言葉は変わらぬ重みを持っている。

試合前、監督は「お前らで勝手にやれ!」と指揮を放棄。

 立て直すことはできなかった。代表監督ベントゥーラが頼りにならなかったからだ。

 カルチョの賢者ピルロをはじめ、多くの代表OBやメディアは、3-5-2と4-2-4に固執する老将の頑迷な戦術傾向を批判してきた。多くの選手たちがクラブで慣れ親しんでいる4-3-3の導入を進言されても、ベントゥーラは頑なに拒み続けた。

 現代表中で最高の攻撃センスを持つはずのFWインシーニェは、自身のベストポジションである3トップの左ウイングで起用されたことがない。プレーオフ初戦で4-2-4のサイドハーフをやれと途中出場させられた彼に、何ができたのか。ベントゥーラのイタリア代表では、クラブと同じプレーを求められる攻撃的な選手はほとんどいなかった。

 もともと指導者としてカリスマも実績もないベントゥーラは、選手たちからの信頼を失っていた。

 スペイン戦後にも一度、選手たちによる監督への造反騒ぎが取り沙汰されたことがある。W杯優勝経験のあるMFデロッシやDFバルザーリ、CL経験のある選手たちとベントゥーラの間には決定的な亀裂が生じていた。

 スウェーデンとのプレーオフ初戦でも、納得出来ない采配の末に為すすべ無く敗れた指揮官に、選手たちは三行半を突きつけていた。

 SKYイタリアの報道によれば、サン・シーロ決戦前の練習中、ベテラン選手たちが監督へ戦術変更を訴えたところ、「じゃあ、お前らで勝手にやれ!」とベントゥーラは激昂したという。

 選手たちはW杯のかかった大事な一戦を、自分たちだけで戦うことを決めていたのだ。これまでの予選と見違えるように戦うアズーリに感じた違和感の正体はこれだった。

デロッシは、自分の希望より勝利を望んだ。

「馬鹿言ってんじゃねえ! 俺たちは引き分けじゃダメなんだ! 勝たなきゃならないんだよ!」

 60分に途中出場を命じられたMFデロッシは、立場を無視してコーチを怒鳴りつけていた。

「インサイドMFの俺を入れている場合か、今プレーすべきは自分じゃなくFWだろうが!」

 歴戦の勇士であるデロッシは自らの出たい意思を封印し代表の勝利を望んだ。負ければ自らにとっても代表最後の試合とわかっていた。監督役としてベンチから指示を出し続けた。

 試合後、「俺は代表を心底愛していた。泣いたことも笑ったこともある。代表は人生の一部だった。俺はそれに別れを告げなきゃならない。今日は何て悲しい日なんだ」と呻いた。

「W杯を逃した男たち」という汚名が一生続く。

 FWベロッティをはじめ、若手の選手たちは号泣していた。彼らはカルチョの国で「W杯を逃した男たち」という汚名を一生背負って生きていかなくてはならない。

 試合後のサン・シーロの会見場や各メディアのスタジオは、完全にお通夜ムードだった。

 怒りに震えるOBや識者たちが待ち受ける中、試合終了からたっぷり2時間かけて会見場に現れた最大の戦犯ベントゥーラは、開口一番「辞任はしない」と発言し、その場にいた全員を唖然とさせた。だが、国民の反応を怖れる連盟は、一両日中にも必ずベントゥーラを解任するだろう。

 会見場が騒然とする頃、歓喜爆発のスウェーデンの選手たちは、母国へ吉報を伝えていたグラウンド脇のTV局の中継セットめがけて全員で突進していた。アナウンサーや解説者たちへ跳びかかりながら、セットを破壊する彼らの顔はこれ以上ないくらい、スカンジナビアに訪れる冬を暖かくするだろう。

イタリア人にとっては、涼しくて寂しい夏になる。

 20年前、フランスW杯予選プレーオフで代表デビューした不世出のGKブッフォンは、アズーリ最後の試合にメッセージを残した。

「イタリア代表ってところは特別な場所だ。今夜、サン・シーロへ集まってくれた人たちはみな、最後の95分目まで大きな声援をくれた。ミラニスタやインテリスタ、ユベンティーノもナポリターノも、ロマニスタもラツィアーレも関係ない。皆ひとつになれた。これは代表だけにしかない魔法なんだ。俺たちイタリア人は強情で頑固だ。諦めが悪い。一度どん底まで落ちても、必ずそこから這い上がってみせる」

 来年の夏、スウェーデンは12年ぶりの祝祭にさぞ盛り上がるだろう。

 W杯? 何のこと?

 とぼけるイタリア人にとっては、いつもより少しばかり涼しくて、寂しい夏になる気がする。

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