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うそでホントを上書きする オルタナファクトというトランプ政治 悪魔の戦略

AERA dot. のロゴ AERA dot. 2017/02/08 山本大輔

 気にくわない事実は「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」にすり替えろ──。トランプ政治の核心に、虚偽を事実に変える悪魔の戦略がはっきりと見えた。

「あなたはそれを虚偽だと言うが、我々のスパイサー報道官は『alternative facts(もう一つの事実)』を提供しただけだ」

 トランプ米大統領就任式の参加者数をめぐり、ケリーアン・コンウェイ大統領顧問が1月22日の米報道番組で使った言葉が、米国内で熱い議論を呼び起こしている。

 2009年のオバマ前大統領の就任式と比べて圧倒的に少なかった聴衆を「過去最大だった」とした前日のショーン・スパイサー大統領報道官の会見について言及したもの。「オルタナティブ・ファクトは事実ではなく虚偽だ」と指摘する質問者に苦笑しながら、堂々とした態度でコンウェイ顧問は続けた。

「たった今あなたが視聴者に言ったようなことがあるから、私たちは疑惑を一掃するために立ち上がり、オルタナティブ・ファクトを持ち出すことを強いられる」

 オルタナティブ・ファクト。日本ではオルタナ・ファクトと省略されることが多いこの言葉を直訳すると「代替的な事実」。真実に代わる「もう一つの事実」という意味だ。

●トランプ氏守る武器

 08年以降、民主党陣営のボランティアスタッフとして米大統領選に携わってきた海野素央・明治大学教授(心理学博士)と一緒に分析してみると、この言葉の裏には、トランプ政治を象徴する戦慄の戦略が隠れているのがはっきりと見えてきた。

 海野教授が説明する。

「敵を倒して支持を固めるため、真実に対してもう一つの事実をつくるというメカニズムが働いている。選挙選中から続いているが、今はトランプ政治の戦略の核となった。どんな時でもトランプ氏を守ってくれるのが『もう一つの事実』なのです」

 クリントン陣営に身を置きながら海野教授が見たトランプ陣営の選挙戦略は、「全てがフェイク(虚偽)だった」。

 トランプ氏と蜜月関係にあるロシアのサイバー攻撃が疑われた民主党関係者のメール内容の暴露や、「クリントン氏のメール流出事件を担当したFBI捜査官が無理心中した」などという数々の虚偽ニュースの拡散。さも事実かのようにクリントン批判を続けたトランプ氏の選挙活動は、まさにオルタナティブ・ファクト戦略そのものだった。 トランプの政治の核心に悪魔の戦略が…(写真はイメージ) © dot. トランプの政治の核心に悪魔の戦略が…(写真はイメージ)

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●虚偽を事実にすり替え

 虚偽を事実にすり替えるという手法は、歴代大統領には見られない極めて恐ろしい悪魔の戦略だ。「絶対にあってはならないが、熱狂的な支持者は事実確認もせず、そのまま信じてしまう。虚偽の事実をつくりあげ、真実とミックスすることで、真実の信頼性を下げていく」と海野教授。米報道機関を「フェイクだ」と執拗に攻撃し続けるのも、虚偽はメディアであって、真実は常にトランプ政権とともにあるとの「もう一つの事実」を徹底的に支持者にすり込む戦略に基づいている。

 その背景にはトランプ氏の「自己愛的な性格」が影響していると海野教授は考えている。自己愛が強い人は、自分の意見を通し、自身の業績を過大評価する傾向がある。自尊心を傷つけられると対決姿勢に転じるのも特徴だという。

 就任式の聴衆規模でオバマ前大統領に負けたことや、大統領選の得票総数がクリントン氏より少なかったという真実がトランプ氏の自尊心を傷つけ、異常なまでの攻撃を繰り返しながら、「もう一つの事実」で真実を封印しようとする。不正投票分を除けば得票総数でも上回ったとトランプ陣営がいまだに言い続けているのも、その一環だ。

 この戦略を担当するのが側近中の側近の3人。オルタナ・ファクトという概念を初めて公にしたコンウェイ顧問と、トランプ氏のスピーチライターのスティーブン・ミラー大統領補佐官、自らを「国粋主義者」と主張してオルタナ右翼との関係も深いスティーブン・バノン首席戦略官兼上級顧問だ。

「3人の人格は、トランプ大統領と非常に似ている。アイデンティティーが同一化しているから発想も同じ。とがめることなく『もう一つの事実』をつくりだす」(海野教授)

●ツイッターで大拡散

 加えてトランプ氏の娘婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問や、スパイサー報道官が連携して虚偽の真実を広める。浸透させ、広く信じさせるメカニズムができあがっているから恐ろしい。

 例えばメキシコ国境の壁建設。不法移民に子どもを殺害された母親を演説の舞台にあげ、ハグをする。殺人を犯す不法移民は白人労働者から仕事まで奪うと主張し、犯罪犠牲者の母や白人労働者vs.不法移民という対決構図を強調する。解決するヒーローがトランプ氏だ。だから不法移民が米国に来ないよう国境に壁を造る。誇張や極論を重ねた「もう一つの事実」に、敵をつくって支持者を拡大するトランプ流劇場型政治で、その効果を倍増させているのだ。

 さらに一方的かつ頻繁な情報発信で「もう一つの事実」を「真実」のごとく拡散させる有効な武器がソーシャルメディア。大統領になっても私的ツイッターを積極活用することにこだわり続ける。

 この三つを組み合わせたトリプル戦略がトランプ政治の核心で、それをトランプ氏自身とインナーサークルの3人が強烈に推し進める。国民による反トランプ運動や政権批判を続けるメディアが、このメカニズムをなかなか崩せず、トランプ陣営はさらにトリプル戦略の効果を過信していく。

 そこまでして成し遂げようとしているのは、「歴史的に最も雇用創出を成し遂げた大統領」というレガシー(遺産)だ。雇用創出を最優先課題とし、変革能力をアピールするために大統領令を乱発する。同じく変革の象徴として09年に大統領となったオバマ前大統領が素早く成果を出せなかった結果、翌年の中間選挙で敗北した。その教訓を踏まえ、今年のクリスマス商戦までに変革の恩恵を国民が実感できるような成果をつくりだすことに躍起になっている。

●取引で実利引き出す

 トランプ戦略を外交に当てはめるとどうなるか。貿易赤字のみを取り上げて日本への敵視発言を続けるトランプ氏に対し、日本政府は「日米同盟の重要性を丁寧に説明すれば分かってもらえる」と期待して今月の日米首脳会談に臨む。ただ、トランプ氏は同盟関係を十分に理解した上で、あえて貿易赤字を強調し、「円安誘導」と批判することで、「もう一つの事実」をつくりだしている可能性が高い。

 海野教授は、これまでのトランプ氏の言動から、「あくまでも雇用創出という内政の延長線上に日本は置かれており、『雇用創出のための同盟国』という位置づけになっている」と分析。「取引材料の組み合わせを常に狙って交渉するのがトランプ外交」だとして、同盟国、非同盟国とも同じように実利を引き出すための外交を行う可能性を指摘する。

 台湾と一つの中国、ロシアへの制裁解除と核削減、米国内で雇用をつくる企業と優遇措置といった組み合わせだ。中国が為替操作をしないなら、海洋進出は大目に見るといった取引だってあり得るかもしれない。そのトランプ氏が、日本に対して、どのような組み合わせで取引を求めてくるのかが注目だ。

 人種や民族、宗教、文化の多様性を重んじる民主主義的な価値外交に終止符を打ち、孤立路線で米国第一主義を突き進むトランプ政権。虚偽の世界に現実社会が引き込まれるのか。それとも現実社会がそれを打ち破るのか。世界は今、極めて重要な岐路に立たされている。(編集部・山本大輔)

※AERA 2017年2月13日号

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