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トランプ大統領がG7サミット宣言文に仕掛けたワナ――日本を追い込む危険な言葉とは?

HARBOR BUSINESS Online のロゴ HARBOR BUSINESS Online 2017/06/02

 今回のG7サミットの主役はやはり初登場のトランプ大統領だった。一人の人間の登場で会議の様相がこれほどまでに変わるものだろうか。

 まず事前の段階ではトランプ大統領がG7サミットに参加さえしない恐れもあった。直前になってやっと参加が決まり、一同ホッと胸をなでおろした。そして会議の冒頭における安倍総理の役割はG7の結束の重要性を発言することだった。にもかからわず、会議では地球温暖化対策のパリ協定や貿易問題で米欧の亀裂は決定的になった。そして今度は最後の最後まで宣言文が出せるかどうか、悲観的な見方さえ漂った。私もかつてG7サミットを担当していたが、これほどまでに宣言文の書き方で最後までもめたサミットも珍しい。

◆危険な「相互主義」、日米貿易摩擦の再来か

 経済分野で最大の問題は「保護主義と闘う」の文言を入れるかどうかで大もめにもめたことだ。10年間毎年G7サミットで確認し続けてきた文言だ。今回、米国は削除を主張したが、これまであった文言の削除は今後、米国の保護主義的な措置を認めることにもつながりかねない。激しい応酬の結果、最後は土俵際で踏みとどまって、なんとかこの表現を維持した。

 日本の新聞では、安倍総理が米欧の橋渡しに腐心して米国を説得して、「保護主義と闘う」と明記されたと強調されている。

 確かにそのとおりだが、それだけでは全体像を読み誤る

 この文言を明記することと引き換えに、大きな代償も支払っているのだ。それは「互恵的」という危険な言葉が挿入されたことだ。貿易に関して、「自由、公正」に加えて「互恵的」が付け加えられている。「相互主義」とも呼ばれているものだ。

 トランプ大統領は会議の場でこう主張した。「米国が低関税ならあなた方も引き下げるべきだ。あなた方が30%を課すならば、米国も30%に引き上げる」

 トランプ大統領が本当に欲しかったのは、この「互恵的」という言葉だったのだ。

 実は2月の日米首脳会談において、トランプ大統領は共同記者会見でこの「互恵的」という言葉を発している。その際に、私はその危険性を指摘した。一見当然とも思えるこの言葉のどこが危険か。

 実は80年代の貿易摩擦が激しかった頃、この言葉を使って貿易不均衡の是正、市場開放を激しく迫られた苦い経験があったからだ。そういう要求をするときの大義名分がこの概念に込められているのだ。

 当時、日本のメディアはトランプ大統領の発したこの言葉を軽く受け流し、その重要性を全く理解していなかった。恐らく、しばらく貿易摩擦とも無縁の時代を過ごして、メディアのアンテナの感度も鈍っているのだろう。それはメディアだけでなく、日本政府内でもその危険性を理解しているのは一部の幹部だけだった。

 幸い日米首脳会談での共同声明の作成段階では、この言葉が盛り込まずに「自由、公正」でとどめるよう日本政府も踏ん張った。しかし今回のサミットでは、宣言文が出せなくなるかもしれないというギリギリの状況の中で、最後は抗しきれなかったようだ。それが欧州も絡んだ多国間交渉の難しさだ。

 決裂も厭わない者と結束を重視する者とでは交渉力が違う。会議をまとめようとすると譲歩せざるを得ない。

 一部の論者は、米国の矛先は中国で、日本は多くの品目で関税を撤廃しているので心配する必要はない、と気休めを言う。これは過去の歴史を知らないのだろう。日本政府の中でもこの言葉の危険性を理解しているかどうかは、過去の貿易摩擦の経験の有無によって明らかに感度の濃淡がある。

「互恵的」とは関税の相互主義だけを言うのではない。さまざまな使い方がされる。さらに宣言文では「相互の利益を創出する」との文言も挿入されており、将来、貿易の結果の利益も相互にバランスしていることまで意味しかねない。こうした「危険な言葉」を認めざるを得なかったのだ。

◆トランプ流交渉術の真骨頂

 トランプ大統領にしてみれば、「してやったり」だろう。今後、国際交渉で。「互恵的」を錦の御旗に、相手国に市場開放や貿易不均衡の是正を要求することができれば、「保護主義と闘う」という文言があろうがなかろうが痛くも痒くもない、というのが本音だろう。トランプ大統領がサミットの結果を自画自賛で絶賛している理由はそこにある。

 国際的には一旦認めてしまうと、今後あらゆる国際交渉の場において持ち出されることを覚悟しなければならない。日本が特に注意すべきは、今後繰り広げられる日米経済対話だ。米国がこの武器を振りかざしてどう攻めてくるか。この危険な言葉との闘いの正念場はこれからだ。

 会議に来るかどうかわからないとハラハラさせる。会議に来ても会議が決裂するかもしれないと相手方に本気で心配させる。最後に相手の要求を呑んだ形を取りながら、自分がもっと盛り込みたいものを盛り込ませて実利を取る。

 トランプ流の交渉術を嫌というほど見せつけられたサミットであった。

◆国際交渉の報道をどう読むべきか

ハーバービジネスオンライン: 写真/Michael Vadon © HARBOR BUSINESS Online 提供 写真/Michael Vadon

 国際交渉の報道は注意深く見なければいけない。発表するのは交渉当事者の一人である日本政府だ。当然都合のいい部分に焦点を当てて発表する。今回においては、安倍総理の橋渡し役が功を奏して、「反保護主義」が明記されたという点だ。それは決して嘘ではない。

 しかし同時にそれ以外の都合の悪い部分もあるはずだ。それが国際交渉の現実だ。今回においては「互恵的」という文言が盛り込まれたことだ。当然その部分は言いたがらないし、触れて欲しくないのが本音だ。

 それでもその部分に触れられると、今度はあまり影響がないと、意図的に楽観的な気休めの解説を加えるのが常套手段だ。

 それはこれまでも国際交渉の発表につきものの対応で、決して日本だけの問題ではなく、政府の対応として批判されるべきでもない。

 そこにメディアの力量が問われるのだ。しかし残念ながら官邸や外務省の発表だけで記事を書いている新聞が余りにも多い。受け取る我々としては、そういうものだという前提で、海外での報道とクロスチェックすることで初めて実像が見えてくる。

 それが国際交渉だ。

【細川昌彦】

中部大学中部高等学術研究所特任教授。元・経済産業省米州課長。貿易局安全保障貿易管理課長などを歴任し、自動車輸出など対米通商交渉の最前線に立った。著書に『メガ・リージョンの攻防』(東洋経済新報社)

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