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トランプvs金正恩は「脅し合い」にすぎない 実はもちつもたれつの関係になっている

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2017/08/10 高橋 浩祐
北朝鮮のミサイル発射実験の様子(写真:KICIA/ロイター) © 東洋経済オンライン 北朝鮮のミサイル発射実験の様子(写真:KICIA/ロイター)

 「現在の米国の核戦力は過去最強だ。できれば使わずに済むことを願う」「わが朝鮮人民民主主義共和国の神聖な土地が核戦争の戦場と化す前に、わが国の軍隊が米本土をそうするだろう」――。

 長崎に原爆が投下されて72年となる8月9日、米トランプ大統領と北朝鮮の金正恩体制の間で、核兵器の使用をちらつかせた激しい言葉の応酬が交わされた。北朝鮮は米領グアムへの攻撃作戦計画を8月中旬までに完成させ、金正恩朝鮮労働党委員長の攻撃命令を待つと脅した。グアムには、朝鮮半島上空に頻繁に威嚇飛行している米空軍のB-1B戦略爆撃機の発進基地であるアンダーセン基地がある。

 米韓は今月21日から定例の合同軍事演習を始める予定で、北朝鮮情勢をめぐる緊張は今春と同様、再びぐっと高まるとみられる。

ブラフの応酬にすぎない

 しかし、両者とも一発でも先に手を出せば、第2次朝鮮戦争が勃発し、いずれも多大な犠牲を払うことは想像に難くない。今回の事態も、互いに軍事力行使はできないだろうと高をくくった中でのブラフ(脅し)の応酬にすぎないと筆者はみている。事実、これまでもトランプ大統領と金正恩委員長は何度も軍事攻撃を示唆し、互いに威嚇しながらも、実際にはそれはできない「口先番長」と化してきている(筆者は何も戦争をしろと言っているわけではなく、客観的な事実を述べている)。

 また、一歩引いて俯瞰して見れば、トランプ大統領も金委員長も、緊張を高め、非難をし合うことで権力基盤を支え合っている面がある。敵対国とやり合えばやり合うほど、内政問題から国民の目をそらすことができるからだ。

 トランプ大統領は、ロシアによる米大統領選干渉疑惑の「ロシアゲート」の影響で、就任後半年で戦後最低となった支持率の低下を、CNNたたきなどを通じて必死に食い止めようと躍起になっている。一方、金委員長は国連安保理の新たな制裁決議に直面し、国際的に孤立を深めている。そんな中、核ミサイル開発を強行し、国威発揚を通じて体制維持を図っている。

 トランプ大統領は金委員長の度重なる挑発に、軍事攻撃の本気度を試され続けているが、今も先制攻撃ができずにいる。

 金委員長が今年元日の「新年の辞」で、米本土への攻撃が可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)をいつでも発射できると主張した際、トランプ大統領はツイッターで「そうはさせない」ときっぱりと述べていた。このため、6度目の核実験に加え、北朝鮮によるICBMの発射実験が、トランプ政権が北朝鮮に対して定めた「レッドライン」(越えてはならない一線)となるとみられていた。

 実際、3月1日付の米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は、北朝鮮がICBMの発射実験に踏み切ろうとした場合、北朝鮮を先制攻撃する軍事オプションを米政権は検討していると報じていた。

なぜトランプ政権はレッドラインを示さないのか

 しかし、日米のメディアを中心に米国による北朝鮮先制攻撃が大きく取りざたされた4月中旬、当時のショーン・スパイサー米大統領報道官は、米国が北朝鮮を攻撃する判断基準となるレッドラインについて明確に示す考えはないと述べた。

 なぜトランプ政権はレッドラインを示さないのか。いくつか理由が考えられる。まず米国のレッドラインをあいまいにし、不透明にすることによって、北朝鮮を不安にさせる戦略だ。専門家の間では、Strategic Ambiguity(戦略的あいまいさ)との言葉で知られる。レッドラインをあえて言わずに、北朝鮮に対してどう出るかをわからせずにプレッシャーを与えるというものだ。

 また、ほかの理由としては、バラク・オバマ前政権の失敗がある。オバマ前政権は2013年にシリアの化学兵器使用をレッドラインと規定し、シリアへの軍事攻撃に踏み切る姿勢を示したが、実際にはバッシャール・アル=アサド政権が化学兵器を使用しても武力行使を見送った。結果として、オバマ前大統領は内外から弱腰だと批判された。トランプ大統領としても、下手に北朝鮮相手にレッドラインを明確にし、北朝鮮にそれを越えるような行動を起こされた場合のリスクは甚大。それを避けたかったためとみられる。

 いずれにせよ、軍事、外交の両面で北朝鮮に「最大限の圧力」をかけてきたトランプ政権であるだけに、北朝鮮の2度目にわたるICBMの発射実験は、トランプ大統領の面目や権威を潰された格好だ。

 そもそも米国は北朝鮮への軍事攻撃に踏み切れない理由は何か。

 ソウルは南北の軍事境界線から40キロしか離れてない一方、平壌は150キロも離れている。このため、北朝鮮はソウルを「人質」にとっている形になる。

 8月8日に公表された2017年版防衛白書によると、北朝鮮の地上軍は約102万人を擁し、兵力の約3分の2を非武装地帯(DMZ)付近に展開しているとみられる。

 また、防衛白書は、北朝鮮が240ミリ多連装ロケットや170ミリ自走砲といった長射程火砲をDMZ沿いに常時配備し、首都であるソウルを含む韓国北部の都市や拠点がその射程に入っていると指摘している。ソウル首都圏には、韓国総人口の約半分の2500万人が住んでいる。

 ジェームズ・マティス米国防長官は6月、北朝鮮と軍事衝突とした場合は「1953年(の朝鮮戦争)以来、見たこともないような極めて深刻な戦争となる」との見通しを示し、「それはわれわれが根本的に望まない戦争になるだろう」と述べた。

 1950〜1953年の朝鮮戦争での死者数は、各国の兵士、民間人合わせて数百万人に及んだ。第2次大戦での日本人の死者は兵士、民間人合わせて約300万人だが、朝鮮戦争もこれに匹敵する犠牲者を出した。韓国軍と韓国警察15万2279人のほか、国連軍に参加した米軍兵士3万3642人や英軍兵士1086人など17カ国3万7645人が死亡した。南北朝鮮の離散家族は1000万人に上った。現在の北朝鮮の攻撃力は、核ミサイルを含め格段に上がっており、被害リスクは甚大だ。

核施設の正確な場所をつかみきれない

 デニス・ブレア元米国家情報長官は今年5月、北朝鮮の核施設を除去するためのサージカルアタック(局部攻撃)を行うことが危険だと指摘。理由として、北朝鮮が数千箇所のトンネルを持っており、同国の核施設がある場所を正確に見つけるための確実な情報を入手することが難しいことを挙げた。

 一方、北朝鮮にとっては米軍相手の自らの先制攻撃は自殺行為となる。米韓の圧倒的な軍事力の前に体制の崩壊は免れないだろう。

 ブレア元長官も「核戦争が起きれば、北朝鮮は米国に大きな被害を与えることができるが、北朝鮮は存在しなくなる。これはよい体制生存戦略ではなく、金正恩でさえも、これを理解するだろう」と述べている。

 では、今後の展開はどうなるだろうか。

 北朝鮮による7月28日の2度目のICBM発射について、ドイツ・ミュンヘン在住のミサイル専門家で『IHSジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』の執筆者であるマーカス・シラー博士は筆者の取材に対し、弾頭部が空っぽだった可能性を指摘している。

 また、7月4日の1回目のICBMより、300キロほど軽量になっていたとみている。7月4日のICBMがアラスカやカナダだけを射程に収めるとの反応が米側で起きたため、軽量にして意図的に射程高度や飛翔時間を過去最高の数値までのばし、米本土に到達するミサイル攻撃能力を米国に見せつけた可能性がある。北朝鮮は軍事面で過去に何度もこうしたカムフラージュやだましを行ってきた。

 現在の北朝鮮は1960年代の中国と似通っている。当時の中国も、米ソのはざまで、一心不乱に核ミサイル開発に邁進していた。

 2004年に解禁されたCIAの秘密文書では、米国は1960年代の中国の核兵器開発が、米国側の予測をはるかに上回る速度で進められ、米側を驚かせていたことが明らかになっている。

今の北朝鮮は1960年代の中国と同じ

 ベテランジャーナリストの古森義久氏は2004年10月25日付の産経新聞の記事の中で、「中国としては、核兵器で米本土の一部やアジアの米軍拠点を攻撃できるようにしてあった方がアジアでの米軍の行動を抑止できるとの判断がある」と書いた。

 上記の中国の状況は、今の北朝鮮と同じ状況ではないか。現在の北朝鮮の主眼も、米国の軍事介入を阻止するため、ワシントンやニューヨークに攻撃可能のICBMを必死に開発している。

 こんな状況だから、北朝鮮情勢をめぐる緊張は、たとえ米朝が直接交渉に乗り出しても続く。なぜなら、北には核ミサイル開発の凍結や放棄は選択肢としてありえないからだ。米国がいかに軍事的な圧力をかけようとも北朝鮮は屈しない。1960年代の中国と同じだ。

 1972年2月、当時のリチャード・ニクソン大統領は中国を電撃訪問し、毛沢東主席や周恩来総理と会談し、米中関係をそれまでの対立から和解へと転換した。米中が手打ちをし、中国の核ミサイル開発も結果的におとがめなしで、なし崩し的に認められた格好だ。

 今年5月、ハリー・ハリス米太平洋軍司令官は東京での講演で、「金正恩のような激(げき)しやすい人物が核ミサイルを持つことは『惨事のもと』」と話した。しかし、その「惨事のもと」はもう止められない事態に陥っている。金委員長は中国と同じ道を目指して、突っ走っている。

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