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パリの家には、なぜ「カーテン」がないのか 知らない人との出会いは、多様性との出会い

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2017/04/23 岩本 麻奈
パリの民家では、カーテンを閉めずに生活している人が多いようです(写真:キナコちゃん / PIXTA() © 東洋経済オンライン パリの民家では、カーテンを閉めずに生活している人が多いようです(写真:キナコちゃん / PIXTA()  

 “貴女がつけているそのいい香りの香水、知っているよ。最愛の妻が使っていたのと同じだからすぐにわかるのさ”
                         ~通りすがりのムッシュー

 先日、日本の自宅を引っ越しました。時に富士山の見える眺めのよさと広さの快適さを差し出して、交通の便のよさを選択することにしたのです。

 新居において、近接しているビルとは、ベランダでタバコを吸う”ホタル族”とも目が合ってしまうほどの近距離なので、カーテンなしではとても暮らせたものではありません。引っ越し後、第一にやったのはカーテンを取り付けることでした。

フランスでは、まわりの部屋の中がまる見え!

 パリの都心近くにあるアパルトマンは少々事情が違います。人々はカーテンなしの生活を普通にしているのです。隣のビルとの距離からいえば、日本の都心と同じか、もっと近いほどです。冬には目隠しの役割を果たす街路樹のプラタナスの葉が落ちるので、障害物は本当に何もなくなります。すると、まるでアメリカ映画の『裏窓』を彷彿とさせるほど、時に家族劇や人生劇をはっきりと観ることができます。

 あるときふと窓の外を見たら、向かいの部屋でフェットしていた隣人と目が合って、「楽しいよ、こっちに来たら?」と、ジェスチャーをされました。「ラ・フェット〈la fête〉」は豪華な食事、饗宴などと訳されますが、この場合は家での飲み会です。安息日の日曜日はほとんどの店が閉まっているので、友達同士で肴(さかな)とワインと持ち寄って行う、気が置けない集まり。いま思えば、お邪魔すればよかったかも。
 
このフランス人の開放性、いったいどうしてなのかしら? 人の目をまるで気にしないのか、あるいは他人に見られるのが快感なのかもしれません。

 部屋の中を見渡すことができても、玄関のドアは侵入者防止を理由とした内開きです。いざというときは、家具でバリケードを築くのだそう。戦争や内乱を繰り返してきたフランスゆえの造りです。日本の家は土足禁止ですから、靴を脱ぐスペースと靴の置き場を作るために玄関の戸は外開きです。ホテルなど公共施設は避難路の妨げにならぬように内開きになっていますが。

 ただ、カーテンなしで済ませる生活は庶民ならでは、という説もあります。そして、高級住宅街のパリ16区やヌイイ・シュール・セーヌの邸宅にはカーテンがあります。古いアパルトマンを見てみると、窓に目隠し・防寒・遮光を兼ねた鎧戸(よろいど)が備え付けられているので、庶民の暮らしには伝統的にカーテンが必要なかったのかもしれません。

 そして、日本もかつては開放的に暮らしていました。東京オリンピックがあった1964年、映画『三丁目の夕日』ではありませんが、あの頃の日本はまだいわゆる高度成長の手前で貧しかったはずです。農村地帯に限らず、東京の下町などでも玄関に鍵などなく、夏などはまさに開けっぴろげ。ドアではなく戸をガラガラと開けながら「こんにちは」とあいさつして入っていました。あまりに牧歌的とも思えますが、“向こう三軒両隣”という環境が自然な形で信頼関係を形成していたのでしょう。

「知らない人には話さない」現代日本人は大丈夫?

 一方、現代の日本では、“向こう3軒”どころか、マンション規約で住人同士のあいさつを禁止するところもあると聞きました。ご近所関係が疎遠になって見ず知らずの人が隣に住んでいる、というよりは、あえて「見ず知らずでいよう」「積極的にかかわらないのが無難」という考え方があるのでしょう。面倒な人間関係に巻き込まれたくない気持ちはわからないこともありませんが、自ら自閉的なたこつぼにはまり込んでしまったようにも思えます。ひょっとしたら、こうした考え方のパターンが反映されて、世の中が殺伐としてくるのかもしれません。

 ご近所関係に限らず、私が子どもの頃は、見ず知らずの人とでもたわいのない会話が始まったものです。私は親の方針で小学校から大学の教養課程まで14年間、ずっと片道1時間半の遠距離通学をしていました。失ったものと培われたもの、どっちがどうとは言いませんが、今の私の対人感性の基盤となっていることは確かです。その最たるものが、電車の中での「通りすがりの人たちとの出会いと会話」だったように思います。誰とでも胸襟を開いて話せる、という人懐っこさが私にあるとしたら、まさにその経験からやってきているものです。

 ウィル・スミス主演の映画『素晴らしきかな、人生』では、“Collateral Beauty”という見ず知らずの人からもらった言葉が原題になっています。この言葉で悲しみのどん底から救われるということがあるのです。パリのマダムもムッシューも、一見つっけんどんですが、エレベーターで、バス停で、ちゃんと目が合えばまずはニコッとボンジュール。時にしゃれたユーモアを飛ばし合います。

 今どきの子どもは、「知らない人と口をきいてはいけません」と言われて育っているのでしょう。犯罪に巻き込まれる危険性もゼロではないし、ヘンな人というのも確かにいるわけですが、たこつぼから出て、ヘンな人を含む人間の多様性をまったく学習せずに大人になるという潔癖性が貫かれてしまうというのも、いかがなものでしょうか。

 小さい頃、「神様仏様は人の姿を借りて現れる」と祖母から教わりました。人との出会いとは、神仏との出会い、世界の多様性との出会いです。かつての世の中では、この出会いを幸せに持ち込む、そこに含まれる「リスク」も僥倖としてとらえるという大らかな度量があったと思うのです。

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