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中国で農村の模範だった「金持ち村」はなぜ凋落したのか

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2017/04/12 莫 邦富

 江蘇省江陰市には「金持ち村」と呼ばれる村がある。華西村だ。1990年代に私が数度取材したところだ。

 華西村は、早い段階から豊かな村として知られており、「中国第一村」と呼ばれるほど集団化経営に成功したと言われた存在である。80世帯、1520人、面積がわずか0.96km2という小さな村だ。

 1997年にこの村を訪ねたとき、すでに多くの農民の家に自家用車として軽自動車が配給されていた。村営製鉄所や村営衣料品工場などが、村民たちの豊かな生活を保証していた。村のリーダーである呉仁宝氏は、毛沢東の人民公社時代に、朽ち倒れんばかりのぼろ家に豆腐工場をひそかに設けて、現金収入を確保していた。

豆腐工場から身を起こし工業化に成功した村

 党の上層部が検査に来ると、豆腐工場であるぼろ家に藁などをかけて、ばれないように偽装してごまかした。のちに人民公社が解散して、農業経営が自由になったとき、他の村の農民は農業に専念することしか知らなかったが、呉氏率いる華西村は郷鎮企業の雛型を形成し、工業化の道を先に踏み出していた。

 当時、私のインタビューに対して、呉氏は次のように強調した。

「先に踏み出したその一歩は、非常に大きな意味をもっていた。販路、市場、経験など市場経済の分野ですべて私たちがリードする形で走り出すことができたからだ。それが今になって他の農村を大きく引き離し、私たちに大きな成功をもたらした」という言葉が印象的だった。

 2004年、同村の村民はすでに1人当たり所得が12万2600人民元になっていた。これは、普通の農民の年収の42倍近くに相当する。その成功を武器に、周辺の村をどんどん合併すると同時に、貧困で有名な寧夏回族自治区に「寧夏華西村」を、ロシアと隣接する黒竜江省に「黒竜江華西村」を作るなどして、勢力を拡大していた。そうした華西村の成功を見習って、多くの村も自発的に合作社を作り、集団化経営の道を歩み始めた。

 私は、中国の農村のなかで改革の先頭を走ってきた村としてメディアで何度も華西村を紹介し、上記のような内容を日本の読者に伝えた。

村民のカネを乱用し成金趣味のホテルを建設

 しかし、実際、香港返還の年に当たる1997年のその取材で私は華西村に対する印象をかなり悪くした。

 村の象徴的存在とされた「金塔」というホテルを案内されたとき、そのダサさと成金ぶりにあきれた。私は、案内係に「こんな建物を作る必要は果たしてあるのか。必要だとすれば、もっとましなデザイナーに頼んだ方がいいのでは」と率直な印象を口にした。案内係が慌てて私の口を塞いで、「案内の責任者は呉氏の息子さんで、その批判めいた発言がもし彼の耳に入ったら、あんた村から追い出されてしまう。この村では、批判的な発言は控えた方がいい」と私に忠告した。

 好意的とは言え、その忠告という行為、そしてその内容に私は驚きを覚えた。文革時代への逆行を感じたからだ。

 村中に点在していた大きな動物と、歴史上または文学上の聖人たちの彫刻がアンバランス的な雰囲気を醸し出している村の一角に、万里の長城の巨大なミニチュアが配されている。そこを案内された私は、「この長城のミニチュアの長さは1997mで、香港返還の1997年を記念するものだ」と呉氏の息子から説明を聞いた。

「なぜこんなものを作るのか。村民のお金を乱用しているのでは」と心の中ではそのように不満をぶつけていた私は、できるだけ軟らかい表現で疑問を伝え、その真意を確かめてみた。そこでまた不思議な思いに見舞われた。

「どうして疑問を持つのか?香港返還は私たち中国人の一人ひとりにとっては非常に大事な出来事ではないのか」と息子から逆に聞かれたからだ。

 それ以上、質問しても意味がないと悟った私は、それ以降、何も聞かなくなってしまった。そして、心の中で「この村にはもう来ないだろう」とつぶやいた。村営企業で村の発展と村民の福祉を支えるビジネスモデルと集団化経営を貫く村の成功経験は、中国の農業経営の問題を解決していない、と認識したからだ。

 だから、私は日本のメディアで、「経済が発展し、競争が激しくなった今の中国では、技術レベルが低い製鉄所と、衣料品やインスタントラーメンを加工する町工場的な企業で、集団化の成功村の躍進を引き続き支えていけると思うか」と聞かれると、「強く疑問に思う」と答えている。

コア技術と研究開発力を持たない金持ち村は窮地に立たされている

 最近の中国メディアの報道によれば、2016年3月末現在、鉄鋼、紡績、資材、商業など5つの分野で、傘下企業208社を抱える華西集団は、総資産541.93億元(約8670億円)である。しかし、同集団の負債総額は389億元超、資産負債率は約69%だという。7割近い負債率は、従来の産業モデルが日ごとに衰えるのに伴って、かつて中国農村経済の模範だった華西村が岐路に立たされ、モデルチェンジが避けられないことを物語っている。

 現在、華西集団は博豊鋼鉄、華西北鋼、華西南鋼などを擁している。鉄鋼加工では、華西集団は華西村に型材工場、フランジ工場、帯鋼板工場、溶接管工場、曲がり管工場などを相次いで建設し、鉄鋼加工の産業チェーンを構築した。

 だが鉄鋼業の不景気で華西集団の3大鉄鋼企業は全面的な赤字となった。

 2008年の金融危機後、海運企業の大多数が赤字となり、船舶を売りに出す形で損失を埋めた。当時、華西村はむしろこれを海運業界に参入する千載一遇のチャンスだと踏んで、5隻の船を中古で安く購入し、海運業に足を踏み入れた。その海運業も大きな赤字を作っている。

 コア技術と研究開発力をもっていない華西村のような中国の「金持ち村」はこのところ、相次いで窮地に立たされている。突破口がどこにあるのかという基本的な課題さえもまだクリアしていない。村の経営は、今後、ますます凋落していくだろう。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)

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