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中国の「歴史教科書」は単なる反日教育ではない――佐藤優が読む「隣国の歴史教科書」中国編

文春オンライン のロゴ 文春オンライン 2017/10/21 佐藤 優

日本の隣国である中国、韓国、ロシアはどのような歴史観を持ち、どのような日本観を持っているのか。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が、隣国の歴史教科書をもとに分析する。

出典:文藝春秋2015年5月号

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佐藤優(作家・元外務省主任分析官) ©文藝春秋 © 文春オンライン 佐藤優(作家・元外務省主任分析官) ©文藝春秋

 歴史とは、ギリシャ語でいうところの「クロノス」と「カイロス」で出来上がっています。「クロノス」とは時系列という意味で、流れていく時間を指し、一方の「カイロス」とはタイミングです。つまりある出来事が起こって、その前後で世の中が大きく変化した瞬間を指す。この「カイロス」の比較で、その国の歴史観を知ることができるのです。

 そのために、最も有効なテキストが歴史教科書です。歴史教科書には、その国の次世代を担う若者が知っていなければならない知識や思考法が詰め込まれています。

 今回は、中国、韓国、ロシアの歴史教科書を読み解きながら、その3国がどういった思想と歴史観の上に立って日本という国家を見ているのかについて考えてみたいと思います。彼らが中等教育(日本の中学・高校に相当)の現場において、どのような日本観を植え付けているのかを学べば、日本が国際社会で生き抜くために必要な知恵が見つかるはずです。

 分析にあたっては、2012年から2014年にかけて各国で使用された高校レベルの教科書を編集部で独自に邦訳したものと、明石書店が刊行している世界の教科書シリーズからそれぞれの国のものを、合わせて利用しました。

「行き詰ったら変える」

中国の歴史教科書 © 文春オンライン 中国の歴史教科書

 まずは中国から見ていくと、中国の歴史教科書は、階級闘争史観と徹底したリアリズムに貫かれていることがよくわかります。

 古代ギリシャの民主主義の歴史やヨーロッパの宗教改革など、古今東西の改革を扱った高校教科書「歴史上重大改革回眸」の序文「編者の一言」の一節にはこう書かれています。

〈中国の古典『周易』には「行き詰ったら変える。変えたら通る。通ったら続ける」と書いてある。改革とは変えることであり、時代に遅れた旧制度や旧文化と旧思想を取り除き、豊かな活力のある新制度や新文化と新思想を創ることである〉(『歴史 選修1 歴史上重大改革回眸』人民教育出版社)

 簡単に言ってしまえば「行き当たりばったりでいいから、上手くやれよ」ということです。マルクス・レーニン主義的な発展史観ではなく、臨機応変であることこそが歴史から学べることだ、と言っているのです。

 重要なのは、この言葉が歴史教科書自体にも適用される点です。この教科書を学んでいて、行き詰るところがでてきたら、そこは切り捨ててしまえばよい、自分の都合のいいものに入れ替えてしまってもいい、ということです。中国が共産党の一党独裁でありながら事実上、資本主義化しているのも、この言葉で簡単に理解ができます。社会主義に「行き詰ったから変えた」のです。

 ここで私が思い出すのは、イギリスの歴史教科書です。同書の最終章で、「この教科書は大英帝国について私たちの解釈だけでまとめたものだ」と、内容についての不備をわざわざ指摘しています。その上で、虐げられたものへの章が少ないこと、女性に関する記述が少ないことなどが、列記されている。この教科書では、歴史が単一の物語ではなく、複数存在することを自然と気付かせる構成になっているのです。

 中国の教科書はイギリスのそれと同じく、学ぶ者に常に考え続けることを要求し、何事も懐疑的に見ることを教えています。そして原理原則に捉われず、最後の帳尻を合わせればいい、という非常にリアリズム的な思考を持つ人間を育成しようとしていることが読み取れます。

明治維新を徹底研究

 この「重大改革」を扱った教科書の中には、日本の明治維新も取り上げられています。教科書には章ごとに設問が作られ、学習のまとめを行うことが一般的ですが、ここに教科書制作者の意図が最もよく現れていると言っていいでしょう。

〈当時の日本の国内外の環境と結びつきを、資料を使って調べ、明治維新がなぜ成功したのかをディスカッションしなさい〉(同前)

 明治維新を徹底的に研究し、短期間で日本が帝国主義国になった理由を分析しようとしています。他にも「五箇条の御誓文」を読んで考えましょう、とか、イギリスの権利章典と大日本帝国憲法とを比較しなさい、といったかなり高度な設問が用意されています。

 この教科書の記述を見る限り、戦前の日本帝国主義を単なる侵略思想として切り捨てていないことがわかります。日本を反面教師として、中国の近代化を進めていこうという意図が強く感じられるのです。日本は帝国主義発展の中で「虐殺」を起こしたが、逆に言えば、「虐殺」のような行為を除けば、日本から学ぶべきことは多い、というスタンスがはっきり表れています。

 中国の教科書は、「帝国主義とは元々そのようなものである」という、リアルな構造分析が非常にしっかりとできています。では、日本の帝国主義が誤った方向に進んだ「カイロス」(タイミング)はいつだと書かれているのでしょうか。

〈1872年に日本は中国台湾島と日本の間にある琉球諸島に進出し、琉球国王に自国を日本領であることを認めるよう促した。琉球は従来中国の属国であり、清政府から爵位を得ていた。2年後、日本は海難に遭った船員が台湾で殺されたことを理由に、出兵した。台湾人民は勇ましく抵抗し、多くの死傷者が出た。日本は代わりに清政府に賠償を迫った。弱腰の清政府は譲歩し、日本に50万両の白銀を支払った。1879年、日本は正式に琉球を自分のものにし、沖縄県とした〉(同前)

 沖縄を日本の版図に組み込んだ「琉球処分」は「中国侵略」の第一歩であり、日本の「帝国主義」の過ちの始まりでもあると規定した上で、こう続けます。

〈1894年に日本は甲午戦争(日清戦争)を起こし、清国政府に勝利して下関条約を締結した。条約によって台湾と澎湖諸島は割譲され、日本に2億両以上の賠償金を支払った。これから日本の中国侵略が始まった〉(同前)

 日清戦争の敗戦によって、台湾を割譲し、ここから本格的に「侵略」が始まったとしています。

習近平 ©getty © 文春オンライン 習近平 ©getty

 しかし、その後の、日本の中国進出の記述に関しては、我々が「反日」教育と捉えられるような記述は少なく、むしろ、あっさりとした文章が目につきます。

〈1931年、日本侵略軍は九・一八事件を起こし、中国東北軍駐屯地を砲撃し、瀋陽を占領した。半年もたたずに東北部の全土を占領した〉

〈1932年1月、日本侵略軍は中国上海を襲撃し、一・二八事変を起こした〉

〈1932年3月、日本帝国主義は廃された清朝皇帝溥儀に手を貸し、傀儡として利用し、中国東北部で偽満州国を造り上げた〉

〈日本の全面的対中侵略戦争の脅威に対し、国共両党が内戦を中止し、抗日民族統一戦線を結成し、全国民が奮い立って抗戦をはじめた〉(『歴史(1) 必修』)

 以上は、満州事変、上海事変、満州国建国、国共合作についての記述です。この辺りの視点は、一昔前の日本の「進歩主義史観」と大差はありません。その中で、私が注目したのは、「田中上奏文(田中メモランダム)」の扱いです。「田中上奏文」は、田中義一首相が、昭和天皇に「中国侵略と世界征服のために満蒙を支配下に置く」と上奏したとされるものです。「上奏文」は反日のプロパガンダとして作成された偽書として知られ、昭和初期から日本政府は強く抗議していました。

 しかし中国では、これをあたかも史実であったように扱っており、教科書でも「田中上奏文」に依った記述を見ることができます。

南京事件の記述

 南京事件は次のように記述されています。

〈日本侵略者は至る所で、放火、殺戮、強姦、略奪と悪事の限りを尽くした。1937年12月、日本軍は南京を陥落させた後、南京の平和居民に対し、非人間的な、悲惨凄愴な虐殺を行った。6週間で30万人を超える身に寸鉄を帯びない平民と、武器を下ろした軍人たちを虐殺した〉(『歴史 選修3 20世紀の戦争と平和』人民教育出版社)

 虐殺の被害者数30万人は、中国が勝手に主張している数字ですが、その数は「日本の侵略」の象徴になっています。それを頭に入れたうえで、次の記述を読んでみてください。

〈1945年8月6日と9日、アメリカは日本の広島と長崎に、それぞれ一発の原子爆弾を投下し、30万人近くの死者を出した〉(同前)

 広島、長崎の原爆の死者は、それぞれ約20万人、約7万人だったと日本の教科書には記載されています。ところが、中国では、犠牲者数を合算し、30万人近くと表記しているのです。

 これは恐らく数字の偶然の一致ではないでしょう。つまり、南京事件と原爆の犠牲者が同じ人数であったと示すことによって、「日本軍は原爆2発分の殺戮をしたんだ」と教えやすくなり、30万人が原爆で殺されたことで日本は報いを受けたと捉えることもできるのです。

 終戦に関する記述は、このように書かれます。

〈8月8日、ソ連は日本に対して宣戦布告し、中国東北部にいる関東軍に破滅的な攻撃を加えた。中国抗日軍民も戦略的反攻を発動した。窮地に陥った日本は、投降を声明した。1945年9月2日、日本は正式に投降書に署名した〉(同前)

 日本の教科書と違い、ここには、8月15日という日付は書かれていません。9月2日の降伏文書への署名をもって戦争が終結したことのみを述べています。

 そして戦後の日本に対する言及は極端に少なく、日中国交正常化に関して事実が淡々と記されているのみです。

 全体を通して見てみると、中国の歴史教科書は基本的に、反日教育でナショナリズムを煽るのではなく、世界史の中で中国がどのように振る舞ってきたのかを描こうとしています。領土を奪われたのも一時的に弱かった時代のことであって、本質的に我々は昔から一貫して大国であった、と考えていることは節々から伝わってきます。彼らは決して、経済が発展したから大国の仲間入りを果たしたのではないと考えていることもわかる。次の記述は、現代中国の立ち位置をよく表しているものです。

〈国際的な反ファシズム統一戦線ができてから、同盟国は経済面でお互いに支援し、軍事面でお互いに協力することは、勝利にとって決定的な効果があることがわかった。国際的な統一戦線は共通の敵を叩く強い武器である〉(同前)

 続いて以下の設問も用意されています。

〈「世界の反ファシズム戦争は人類史上一番偉大な正義の戦争であり、人類に一番大切な教訓を残した」――江沢民。あなたは第二次世界大戦は人類にどんな大切な経験と教訓を残したと思いますか?〉(同前)

 かつては「日本軍国主義」という言葉を使っていたのですが、近年では、あえて「ファシズム」と表現しています。ナチスのホロコーストと日本が中国で犯した「罪」を同列のものとして扱っていることも注目点でしょう。

〈ブラント首相はワルシャワ・ゲットーの記念碑の前に跪いて、ドイツが犯した罪を謝罪した。それに対して、日本は1975年に三木武夫首相が参拝してから、数多くの首相が任期内にA級戦犯が祀られている慰霊施設を参拝している。日本とドイツの戦争の罪に対する認識の違いについてあなたはどう考えますか?〉(同前)

 即ち中国は、単なる反日ではなく、反ファシズム陣営としてアメリカやイギリスなどと共に大きな戦争を戦い、そして勝ったことを強調したいのです。現在まで続く世界秩序を作ったプレイヤーであるという自負がひしひしと伝わってきます。

© 文春オンライン

(韓国編、ロシア編に続く)

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