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北朝鮮威圧策を諦め中国を批判するトランプ政権の迷走

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2017/06/14 田岡俊次
北朝鮮威圧策を諦め中国を批判するトランプ政権の迷走: Photo:U.S.Navy © diamond Photo:U.S.Navy

 米国は北朝鮮の核・ミサイル問題で軍事的圧力を掛けるのを諦めた様子だ。

 朝鮮半島沖に出していた空母2隻は6月6日、日本海を去り、近日中に西太平洋に残る空母は横須賀を母港とする「ロナルド・レーガン」1隻という平常の状態に戻る。

 米国防長官ジェームズ・マティス海兵大将は、国防総省の記者会見やCBSテレビの番組で「軍事的解決に突き進めば信じられない規模の悲劇的結果となる」と力説し「外交的手段による解決のため、国連、中国、日本、韓国と協力して行く」と述べている。国連安保理は北朝鮮への経済制裁強化を決議したが、ほとんど従来の制裁と変わらない内容で、日本に対する核・ミサイルの脅威は高まる一方だ。

空母3隻が1隻の体制に原潜も攻撃能力低い

 核・弾道ミサイル開発を進める北朝鮮に対して、米海軍は4月8日、シンガポールからオーストラリア訪問に向かっていた空母「カール・ヴィンソン」を反転させ、北西太平洋に向かわせる、と発表。同艦は4月29日に日本海に入った。昨年11月から横須賀で定期修理に入っていた空母「ロナルド・レーガン」は5月7日修理を終え、試験航海の後16日出港、日本海に向かった。さらにワシントン州キトサップ港から6月1日に空母「ニミッツ」が出港、日本のメディアでは「空母3隻で北朝鮮に圧力を掛ける」とも報じられた。

 だが「カール・ヴィンソン」はすでに約6ヵ月の間、海外に展開しているため、乗組員の拘禁性ノイローゼを防ぐために、カリフォルニア州サンディエゴの母港に戻ることが必要だ。一方で「ニミッツ」はアラビア海など中東方面に展開する予定だから、西太平洋は通過するだけで、仮に日本海に入っても顔を出す程度。残るのは横須賀を母港とする「ロナルド・レーガン」1隻になり、普段の配置に戻ることになる。

 巡航ミサイル「トマホーク」を154発も搭載できる原潜「ミシガン」は、4月25日釜山に入港、攻撃能力を誇示した。だがその後、6月6日に釜山に入った原潜「シャイアン」はもっぱら艦船攻撃用の潜水艦で、魚雷に加え「トマホーク」は12発余りを積めるだけだ。

マティス国防長官「軍事的解決は悲劇になる」

 マティス国防長官が「軍事的解決」に突き進むべきではないと公言するのだから、いかに米国が攻撃能力を誇示しても威嚇効果はない。日本海から空母が引きあげたのも当然だ。

 その理由としてマティス長官が5月19日に国防総省での記者会見で「信じられない規模の悲劇的な結果となる」と語ったのには十分な根拠がある。

 北朝鮮は、1990年にソ連が、、92年に中国がそれぞれ韓国と国交を樹立して孤立したため核兵器開発を始め、93年3月には核不拡散条約(NPT)からの脱退を宣言した。

 しかし3ヵ月の脱退予告期限切れ寸前の6月に、米朝高官会談で脱退宣言を撤回し、国際原子力機関(IAEA)の査察も受けることになった。だが査察に非協力的で核兵器開発の疑いが濃くなったため、米国(クリントン政権)は北朝鮮寧辺(ヨンビョン)の原子炉とプルトニウムを抽出する燃料棒再処理施設に対する航空攻撃を計画した。

 しかし在韓米軍司令部は、航空攻撃を実行すれば、1953年の朝鮮戦争休戦協定は破棄となり、全面的戦争が再開される、と判断。そうなれば「最初の90日間で米軍の死傷5万2000名、韓国軍の死傷49万名、民間人死者は100万人を超える」との損害見積もりを本国政府に提出した。

 航空攻撃だけを考えていたワシントンの高官たちはこれを見て愕然とし、攻撃を諦めてカーター元大統領を平壌に派遣、当面は火力発電用の重油を提供するとともに、高純度プルトニウムが出にくい軽水炉2基を建設するのと引き換えに核開発を停止することで合意し、危機は回避された。

北朝鮮のミサイル能力朝鮮戦争当時とは格段に向上

 今日、米軍が北朝鮮を攻撃しようとすれば、その困難と危険は94年当時の比ではない。原子炉などは空から丸見えの固定施設だから、破壊自体は容易だが、核弾頭となれば、どこにあるかが分からない。

 94年の北朝鮮には、地上部隊で侵攻する以外の反撃能力は無かったが、今日では弾道ミサイルがある。自走発射機に載せて移動し、谷間のトンネルなどに隠れ、命令が出れば出て来て、ミサイルを立てて発射するから、米軍が先制攻撃をしようにも目標の位置が分からない。仮に一部を壊せても残りのミサイルが韓国や日本に向けて発射されるだろう。

 またソウルの北約40キロの停戦ラインの北側は、朝鮮戦争中に中国軍が造った地下陣地となっている。半島を横断する全長240キロ、奥行き30キロの巨大な要塞地帯は、米軍の猛烈な爆撃、砲撃に耐えて戦線を守り抜いたから、それが今日の停戦ラインになっている。

 北朝鮮軍はそこに170ミリ長距離砲、射程60キロの22連装の車載ロケット砲など、砲2500門を配備している。その数はソウル前面だけでも350門と見られる。これが一斉射撃すれば、「ソウルは火の海になる」と北朝鮮が言うのは嘘ではない。

日本にも打撃大きい難民流入や投資の回収不能

 もし北朝鮮が米軍、韓国軍の攻撃を受け、滅亡が迫れば、金正恩氏は、自暴自棄で「死なばもろとも」の心境になり、核ミサイルを米軍基地や大都市に向け発射する公算は高い。

 日本にとっても、仮にその戦禍を免れたとしても、風向きによっては放射性降下物が来るし、残留放射能と経済の混乱で韓国に住めなくなった難民が大量に流入することもありそうだ。韓国への企業の投資や融資は回収不能となる。戦争が終わっても、難民が帰国できるよう朝鮮半島の復興に日本は莫大な寄与を求められるだろう。

 これを考えれば、米国が23年前にあきらめた北朝鮮攻撃を今日実行する可能性はごく低い。このことを、私は「北朝鮮攻撃説」が高まった3月以来、ずっと説いてきたが、マティス長官が全く同じ判断を示したことに安堵した。

 トランプ大統領は、おそらく状況を知らずに威勢のよい発言をしたものの、マティス長官や国家安全保障問題担当の大統領補佐官ハーバート・マクマスター陸軍中将ら、現実を知る軍人の説明を聞いて、振り上げた拳をそっと引きこめたように見える。

 日本の安全と国益にとっては、朝鮮半島で戦争が起こるより、起こらない方が良いのは当然だ。だが、米国がもし北朝鮮の核問題を事実上棚上げにし、核とミサイルの開発と配備がさらに進むならば、相手は将来、何らかの理由で自暴自棄の状況になりかねない国だけに危険は高まる。

 一方、マティス国防長官は6月3日シンガポールでの「アジア安全保障会議」で演説し、中国の南シナ海、東シナ海での行動を強く批判しただけでなく、台湾に関して「防衛装備の提供で協力する」と中国をもっとも刺激する発言をした。

 北朝鮮の核問題に対処するには、北朝鮮の貿易額の90%を占める中国の協力が不可欠で、マティス長官自身もそれを言っている。

 国連安全保障理事会が6月2日に決めた北朝鮮の制裁は、禁輸の対象となる物品や制裁手段などは従来のままだ。単に高官14人と4機関(従来39人、42機関)を渡航禁止、資産凍結のリストに追加しただけだから、効果がありそうになく、中国が独自で経済的圧力をかけてくれることに期待せざるをえない。

 にもかかわらず、米国防長官が中国と対立する姿勢を示したのは不可解だ。

 トランプ政権としては、北朝鮮に対する軍事行動はできず、威圧も尻すぼみになったため、東アジアでの米国の威信が低下することを案じ、中国に対し強硬な発言をすることで存在感を保つことを狙ったか、とも考えられる。

 また南シナ海での岩礁の領有権問題を抱えるベトナム、マレーシアなどの防衛関係者から「米国は北朝鮮の核問題で中国の協力を求めるあまり、南シナ海問題を放置するのでは」との懸念も出ているため、その不安の除去をはかったのかもしれない。

 だが東南アジア諸国はすべて中国主導のアジア・インフラ投資銀行(AIIB)の加盟国で、中国との経済関係をさらに拡大しようと努めており、米中の対立を期待しているわけでもない。

 中国、北朝鮮に対する米国の首尾一貫しない姿勢は、中東、欧州に対しても見られるトランプ政権の対外政策全体の迷走の一端とも言えよう。

(軍事ジャーナリスト 田岡俊次)

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