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大きな失望を味わったベルギー、20年かけて躍進

朝日新聞デジタル のロゴ 朝日新聞デジタル 2018/07/11 21:17

(10日、フランス1―0ベルギー ワールドカップ準決勝)

 ベルギーの黄金世代の長い旅は、決勝までたどり着けなかった。ボールを支配して攻め続けたが、セットプレーからの1失点に泣いた。

 それでも、比較され続けた1986年のW杯4強に肩を並べることが出来た。マルティネス監督は「まだ3位決定戦を戦える。成果を手にした」。悔しさをにじませながら、選手をねぎらった。

 E・アザール、デブルイネ、クルトワら主力はいずれも脂ののった20代後半。世界トップクラスの才能を束ねたベルギーの躍進には、20年近い取り組みが背景にある。

 それは大きな失望から始まった。

 オランダと共同開催した2000年欧州選手権で惨敗。開催国は必ず1次リーグを突破するという歴史が、初めて崩れた屈辱的な出来事だった。

 02年W杯は出場権こそ手にしたが、その後は2大会連続で欧州予選で敗退した。シーフォ、ウィルモッツら世界に通じる選手が突然変異で生まれることもあったが、国内リーグは脆弱(ぜいじゃく)。代表の技術レベルは低く、将来を描けないでいた。

 人口約1130万の小国ながら、ベルギーにはフラマン(オランダ語系)と、ワロン(フランス語系)の二つの文化圏がある。国歌にもドイツ語を含め、三つの公用語の歌詞がある。かつて国内に多くの選手がとどまっていた頃は、各言語圏の選手間での意思疎通が困難で、「チーム内でコミュニケーションが取れなかった」とウィルモッツ前監督は言う。ところが、才能があると評価された選手たちがイングランドなど国外に渡ることにより、言語を学び、多様性を身につけた。

 デブルイネが取材エリアで英、独、仏、オランダ語で矢継ぎ早に話すのはその象徴だ。DFコンパニーのように旧植民地のコンゴ民主共和国(旧ザイール)からの移民出身の選手も加わり、様々な文化が混ざりあうチームに変わった。

 この20年近い失われた時間もまた、「黄金世代」を育む土壌になった。18、19歳でA代表の練習に参加するなど、早い段階でトップレベルを肌で感じる機会に恵まれた。フランス戦の先発はほとんどがイングランド・プレミアリーグ所属。いまや育成大国の評価を得ている。

後半、ゴール前でパスを受けて競り合うベルギーのE・アザール(10)=関田航撮影 © 朝日新聞 後半、ゴール前でパスを受けて競り合うベルギーのE・アザール(10)=関田航撮影

 今大会、前回王者のドイツは1次リーグで敗退した。輝く時代に安住すれば、すぐに足をすくわれることは歴史が示している。マルティネス監督は「私の役割はさらに次の若い世代も含めて、成長させることだ」といった。

 2年後の欧州選手権、4年後のW杯への競争がすでに始まっている。(潮智史)

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