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レアル久保建英、発言録からにじみ出るプロとしての「覚悟」

Forbes JAPAN のロゴ Forbes JAPAN 2019/07/11 07:00 藤江直人

© atomixmedia,inc 提供 裏に浮かんださまざまな思いを、当意即妙にして臨機応変に言葉へ変換し続ける。世界一のビッグクラブ、レアル・マドリードの一員として新たなチャレンジをスタートさせた久保建英に脈打つ最大の武器は、18歳とは思えない豊富な語彙力と言っていい。日本で所属したFC東京、そして横浜F・マリノスで残した語録をあらためて振り返ってみると、ピッチ上で魅せる創造性と意外性があふれるプレーの源泉になる、頭の回転力の速さが伝わってくる。(前編はこちらから

もう子どもじゃないと、心のなかで叫び続けてきたのだろう。時間にしてわずか数秒の言葉に、プロとしての矜恃が込められていた。試合後の囲み取材を終え、帰りのバスに乗り込もうと出口へ歩み出していた久保建英が突然きびすを返し、メディアの前に歩み寄ってきた。

「久保くんではなくて、これからは久保建英でお願いします」

ゴールの余韻の残るいまならば言ってもいい、と自らを思い立たせたのか。2018年8月26日。場所はヴィッセル神戸のホーム、ノエビアスタジアム神戸。横浜F・マリノスの一員としてJ1初先発を果たした明治安田生命J1リーグ第24節の後半11分に、久保は待望のJ1初ゴールを決めていた。

神戸にはFCバルセロナで一時代を築いた、元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタがいた。偉大なレジェンドの目の前で、バルセロナの下部組織で心技体を磨き、帰国後も「バルセロナ帰り」という肩書きとともに注目を浴びてきた久保が、キャリアに残るメモリアルな一撃を決めた。

「イニエスタ選手は長年バルセロナのトップチームでプレーしてこられて、自分はちょっと下部組織をかじったくらいなので、元バルセロナ対決と言われても何かおこがましいというか、自分とは天と地ほどの差があると思っているので。その差を今日のゴールで1ミリでも埋められたら、自分にとってプラスになるのかな、と思っています」

17歳2か月22日で決めたゴールは、J1歴代2位の年少記録となる。快挙に沸き立つ周囲を諫めるように冷静沈着な言葉を紡ぎ続けた久保は、自らの意思でプレー環境を変えたばかりだった。FC東京からマリノスへの期限付き移籍が決まった、わずか10日前の8月16日だった。

「自分が新たな決断を下して、それで結果を出せなかったら『何だ、やっぱりダメじゃん』と言われるのが明らかだったので、その意味でホッとしている。移籍してからいいこと続きだし、サッカーの神様がいるんじゃないかと思いますけど、これがビギナーズラックにならないようにしないと」

プロとして開幕を迎えた昨シーズン。久保はストレスを溜め込んでいた。FC東京での軌跡はすべて途中出場で4試合、わずか58分のプレー時間にとどまっていた。5月以降はベンチ入りメンバーからも外れ、U-23チームが参戦しているJ3がいつしか主戦場になっていた。

FC東京を率いる長谷川健太監督が攻撃陣に求める、ハードワークを実践できなかったことが理由だった。泥臭い守備とボールをもたないところでの献身的な動きを学ぶ地道な作業を、高く跳ぶためにあえて低く屈む時間を、たとえるなら「急がば回れ」を、当時の久保は受け入れられなかった。

しかし、慰留を振り切る形で飛び出した新天地でも、時間の経過とともに出場機会が減少していく。マリノスが残留争いに巻き込まれたこともあり、9月以降は途中出場で3度ピッチに立っただけでシーズンを終えた。そして、この過程で久保がもつ稀有な力のひとつが発揮される。

なぜ試合に出してくれないのか──FC東京時代から抱いてきた、監督を含めた外側へ向けられていた疑問が、時間の経過とともに「なぜ試合に出られないのか」と内部へと向けられた。客観的な視点から分析し、自分自身に問題があると弾き出された答えが覚醒への序章になった。

「サッカーはチームスポーツなので、自分が、自分が、というわけにはいかない。選手一人ひとりに特徴があるとは思いますけど、チームの勝利が最優先されるなかで、土台となるチームのコンセプトを実践できなければ試合に出られないのは当たり前のこと。その上で攻撃では自分の特徴をしっかりと出して、チームのいいアクセントになればいい、ということをこの1年間で、十代の早い段階で学べたことは一番大きな収穫だと思っています」

FC東京に復帰した今シーズン。王者・川崎フロンターレとの開幕戦で右MFの先発を射止め、圧巻のプレーを発揮した直後に久保はこんな言葉を残している。元日本代表DF車屋紳太郎との激しい肉弾戦を制し、ボールを奪い取った場面を聞かれると、一転してちょっと困惑した表情を浮かべた。

「何て言うんですかね……他の選手たちもああやって体を張って守っていますし、変な目で自分を見ることなく、普通にボールを取った、というくらいに思っていただければ幸いです」

クラブの練習以外に、プロトレーナーの木場克己氏に師事して体幹トレーニングを積み重ねてきた。栄養士の助言を受けながら食事を作ってくれる母親へ、感謝の思いを語ったこともある。午後9時には就寝するストイックな生活を含めて、取り組んできたすべてが今シーズンに入って花開いた。

サッカー選手が現役でプレーできる時間はそれほど長くない。心技体が最高潮のハーモニーを奏でる時期も限られるし、激しいコンタクトが避けられないがゆえに、なかには不慮のけがで輝きを失う選手も少なくない。だからなのか、久保はこんな覚悟を語ったことがある。

「身体的にもそういうことがあるかもしれないので、いまはサッカーができる喜びをかみしめながら、一日一日を、目の前の試合を大切にできればと思っています」

久保が言及した「そういうこと」とは、要は大けがを指す。明日に何が起こるかわからないからこそ、貪欲に結果を求め続ける。今シーズンのプレーが森保一監督に評価されて、日本代表に大抜擢された6月のキリンチャレンジカップ。愛知県内で合宿中だった4日に、久保は18歳になった。

「ひとつ年を取った、という言い方は変ですけど、これからはジュニアと書かれることはなくなりますし、世界でも18歳はもう若くはない、みたいな感じになってきている。18歳でも試合に出る選手は出ますし、だからと言って22、23歳になったときに約束されていることは何もないので」

こう語った久保とFC東京の契約は、実は18度目の誕生日をもって満了していた。つまり、歴代で2位の若さとなる18歳5日でデビューした、9日のエルサルバドル代表戦では所属クラブのない状態で、試合会場のひとめぼれスタジアム宮城のピッチに立っていたことになる。

FC東京側からは幾度となく、契約の延長を打診されている。それでもFC東京の下部組織に加入した2015年5月からの約束であり、プロ契約を結んだ2017年11月の時点で「2019年6月4日」をもってフリーの身分となることへ、久保は強いこだわりを抱いてきた。

バルセロナからの退団を余儀なくされたのは、国際サッカー連盟(FIFA)が原則禁止している18歳未満の外国籍選手の獲得・登録に、久保を含めた複数の下部組織所属選手が抵触。公式戦に出場できないペナルティーが科され、18歳になるまで解除される見込みが立たなかったからだ。

日本への手土産となった断腸の思いを、久保は一度たりとも忘れたことはなかった。FC東京との契約を延長しても、実力と可能性が評価されればヨーロッパへ再び挑戦できる扉は開く。新天地から違約金が支払われる状況は、約4年間所属したFC東京への置き土産にもなる。

それでも、FC東京への感謝の思いを抱きながら、久保は交渉がしやすくなる道を選んだ。年俸や加入後の待遇を介して、久保への高い評価を提示してきた世界一のビッグクラブ、レアル・マドリードへの完全移籍が電撃的に発表されたのは、フリーになって10日後の6月14日だった。

「何かもやもやした表現で申し訳ありませんけど、サッカー選手として大きな存在でありたい。久保選手を見てサッカーを始めましたと言ってもらえるような、より大きな影響を周囲に与えられるような選手に、ひと言で表現すれば『すごい選手』になることが僕の目標です」

プロになった直後に、久保はこんな言葉とともに自身の近未来像を描いている。世界中から金の卵たちが集まってくる3部リーグを戦うBチーム、レアル・マドリード・カスティージャのルーキーとして臨む、流れる雲をつかみ取るかのような壮大な挑戦がまもなく幕を開ける。 連載:THE TRUTH

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