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棚橋弘至が古い組織を変えた方法。一番にこだわらなかった一番の男。

Number Web のロゴ Number Web 2017/03/20 濱口陽輔
「100年に1人の逸材」と自ら公言してきた棚橋弘至。説得力のある筋肉と、コミカルさを兼ね備えた存在感は、確かに無二のものである。 © photograph by Wataru Sato 「100年に1人の逸材」と自ら公言してきた棚橋弘至。説得力のある筋肉と、コミカルさを兼ね備えた存在感は、確かに無二のものである。

 現在プロレスブーム再燃と言われて数年が経ち、新日本プロレスの会場は本当に景色が変わった。"プロレス女子"略して“プ女子”という言葉まで生まれた会場には女性や子供の客層が増加したのと同時に観客動員もV字回復したのだ。

 その苦しい時代を支えたのが“第三世代”で、新しい時代を作ったのが棚橋弘至であると言える。もちろん棚橋以外にも功労者は多数いるのだが、その中心に棚橋がいなければ今の風景は見られなかったであろう。

 私がプロレスを見始めたきっかけが、中学1年生の時(1995年)に見た深夜の「ワールドプロレスリング」である。既にゴールデンタイムでの放送はなくなっていたが闘魂三銃士の時代で、そこには熱狂があった。愛知県体育館、名古屋レインボーホールの大会は必ず観戦にいき、当時の熱狂と集客力は今でも覚えている。伝説となった10.9UWFインターナショナルとの全面戦争からnWoブームとムーブメントを起こしていた。

 2000年代に入ると、プロレス界の盟主である新日本プロレスは暗黒時代に突入した。世間は空前の格闘技ブームで、立ち技のK-1や総合格闘技のPRIDEが台頭してきた時代だ。棚橋が入門したのは1999年4月の事である。

 本書では棚橋のプロレス愛で奇跡の復活に導くまでの日々を激白している。

迷走する会社、相次ぐ離脱者。どう向き合うか?

 2000年代に入ると観客動員は徐々に落ち込んでいき、次第に退団者が相次いだ。長らく新日本プロレスのトップだった橋本真也や武藤敬司、佐々木健介、長州力、藤波辰爾。あげだしたらキリがないほどである。

 この頃から、新しい試みが増えていく。エンターテイメント性の強い「レッスルランド」や、アパレルメーカーとのコラボ興行である「デビロック興行」がそうだ。老舗である故かノれない選手も多くいたというが、棚橋は違う。すべて肯定から入るのである。

暗黒時代を耐えた棚橋たちがいたから、今がある。

「戦うテーマは、会社から与えられるものをただ待っているのではなくて、自分から見つけていくものだ!」

 そんなものが盛り上がるはずがない! と否定から入っても、何も得られないのである。「それは無茶ぶりだろ」と感じることは「自分の発想にまったくなかったこと」とも捉えることができる。それならばと前向きに取り組んでやり遂げたときに、経験の幅は確実に広がっているのだ。

 新日本プロレスが迷走し、低迷する中で、批判的なコメントを残して退団していく選手が殆どだった。ファンである私も、柴田勝頼の「辞めることが新日本だった」の言葉に共感したのを覚えている。

 理想と現実のギャップに、悩みに悩んでの決断だと理解できたからだ。

 しかし今の新日本プロレスがあるのは、棚橋を含むあの時残った選手が耐えたからに他ならない。新日本で頑張ってきた選手は皆「何がなんでも新日本プロレスをよくしていくんだ」と強く思っていた。

 出来ない理由を列挙して放り出したら、新日本プロレスは終わり。彼らが耐えて守り抜いたから「いま」があるのだ。

ストロングスタイルとは真逆の棚橋。

 往年のファンに新日本プロレスは? と質問すると「ストロングスタイル」と答える人も多いのではないだろうか。今であれば柴田勝頼にその面影を感じるが、棚橋弘至はストロングスタイルと真逆のスタイルだ。

 それがブーイングになった時期がある。

 ストロングスタイルを感じさせない棚橋はチャラく見え、あんな奴がIWGPのチャンピオンなんて、という思いがブーイングに変わっていったのだと思う。

 2006年から現在に至るまで、フィニッシュ技にしているのが「ハイフライフロー」だ。これも危険技に慣れているコアなファンには物足りなく感じていた。棚橋は発想を転換して「はじめて見たお客さんも楽しめるプロレス」をテーマにしていた。

「はじめて見た人にもインパクトがあって、痛みが伝わる技がほしい」と考えたときに出来たのが「ハイフライフロー」だ。100キロを超える人間が高いところから加速して体当たりをする。分かりやすさとダイレクトに痛みが伝わる事を重視したのである。

 棚橋はプロレスファンのパイを増やしていくためには「分業制」でいいと考えている。かつてストロングスタイル一色だった新日本プロレスだが、現在はタレントが揃っている。それぞれが思いっきり個性をアピールするようになって上手くいっているのだ。

「新日本プロレスは変わりました、俺が変えました」

「新日本プロレスってずいぶん変わりましたね」

 棚橋は大見得を切る。

「新日本プロレスは変わりました、俺が変えました」

 近年よく聞かれる言葉であるが、紛れもなく彼が変えたのだ。彼が感じていた最大の敵は「伝統」だった。

 プロレスの悪いイメージ「怖い、暗い、古臭い」というイメージを変えるために戦ってきて、それが実を結んだ結果が女性ファンや子供のファンの増加である。

 言ってしまえば「ストロングスタイル」という言葉との戦いに勝ったのであるが、彼はずっとこの言葉に悩まされ続けてきた。

 かつてアントニオ猪木が「ストロングスタイル」を掲げて、時には他の格闘技にも挑んで新日本プロレスというブランドを確立した。そしてゴールデンタイムで中継されていたワールドプロレスリングをツールとして全国に広まり、お茶の間を熱狂させた。

道場にあった猪木のパネルを外した。

 しかし時代は変わった。アントニオ猪木は引退し、合わせるかのように格闘技ブームが巻き起こった。既存のビジネスが下降線ならば、そこから離れて新しいものを求めるべきだ。しかし新日本は、なかなかストロングスタイルから離れなかった。「伝統的スタイルを守ってさえいれば大丈夫なんだ」という慢心や思い込みがあって、ビジネスが落ち込んでいることにも気づいていなかったのか。

 まずストロングスタイルにしがみついている会社を変える決意をすることになる。

 棚橋はあえて口にした。

「ストロングスタイルはただの文字だよ。呪いだよ」

 2007年には、新日本プロレス道場にあった猪木の特大パネルを外した。

 アントニオ猪木のストロングスタイルという看板が、大量の「猪木信者」を生み出した。だからこそ、その看板は猪木が持っていけばよかったのでは? と考えたのだ。猪木が作り、すでに消えてしまった神通力にしがみついてる人たちに「違うよ。」と現状を提示した。

 誰でも楽しめて、興奮できて、熱狂できて……。満足感を得てもらって、また来ようね! と家路についてもらえる新しい時代のプロレス。そのキーワードが「脱ストロングスタイル」なのだ。

6年間、東京ドームのメインは棚橋の指定席だった。

 2013年、とうとう新日本プロレスは長い低迷期を脱出した。仙台、大阪、広島でチケット売り切れが続出し当日券が出せないことも出てきた。2014年の1.4東京ドームでは、35000人を集客して復活を印象付けた。2016年まで、東京ドームのメインは6年連続で棚橋が務めた。復活の最大の功労者は、間違いなく棚橋弘至である。

 ワールドプロレスの実況で「新日本プロレスを苦しい時代を棚橋が支えてくれた」といまでもよく聞く。棚橋は「新日本プロレスの礎」になっていいと考えていたから、苦しくはなかったという。

 プロレスというパイを減らさないように、少しでも上向きにして、次に続くスターに繋げようと考えていたのだ。プロレスラーは誰でも、常に自分が一番でありたいと思っている。新日本プロレスの歴史を見ていても、アントニオ猪木しかり長州力しかり橋本真也しかり。皆、自分が一番だというイメージを残したまま引退、退団していった。

 自分の築いたポジションを引き継いできっちり世代交代をしないから、次のスターは生まれにくいし、若いスターが生まれなければ若いファンも育たない。

主要タイトル戦線に、必ず彼は帰って来る。

 棚橋の自分中心ではない考えから、オカダ・カズチカや内藤哲也というスターが出てきた。内藤は一度その道から外れたが、オカダは棚橋との長い抗争の末、現在の新日本プロレスの象徴的存在として君臨している。

 棚橋の2017年は「棚橋になれなかった男」内藤哲也との試合からスタートした。スター街道から外れた男が、独自の世界を創り上げて棚橋超えを成し遂げた試合だった。戦いのテーマがあるからこそ試合は緊張感と意味を持つ。棚橋と内藤にはその“テーマ”があるからファンも感情移入できる。

 戦いに意味を持つことは、棚橋がずっと大事にしてきたことだ。選手の側が戦いのテーマを考え抜かない限り、観客に熱が伝わる試合などできないと考えているからである。

 世代交代がスムーズにいっている反面、棚橋が2016年から主要タイトル戦線から外れている現状に寂しさを感じてしまう。無上のプロレス愛を叫ぶ姿を久しく見ていない。

 次はどんなテーマを持って、棚橋はオカダや内藤の前に立ちはだかるのか。近い将来、その時が来るのをファンは心待ちにしているはずだ。その時は一緒に「愛してまーす!」と叫びたいと思う。また新しい風景がそこにはあると確信している。

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