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小池秀郎、ロッテ指名に怒りと涙/ドラフト回顧録4

日刊スポーツ のロゴ 日刊スポーツ 2019/10/10 10:28 日刊スポーツ新聞社
90年11月24日、亜大・小池秀郎はロッテに指名され、「あれだけ断ったのにどうして指名したのか」と涙が止まらなかった © 日刊スポーツ新聞社 90年11月24日、亜大・小池秀郎はロッテに指名され、「あれだけ断ったのにどうして指名したのか」と涙が止まらなかった

<ドラフト回顧録4>

17日に運命のドラフト会議が行われる。悲喜こもごも…数々のドラマを生んできた同会議だが、過去の名場面を「ドラフト回顧録」と題し、当時のドラフト翌日付の紙面から振り返る。

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<90年11月25日付、日刊スポーツ紙面掲載>

亜大の左腕・小池秀郎投手(21)が、涙でロッテの1位指名を拒否、浪人も辞さない構えを見せた。プロ野球新人選択会議(ドラフト会議)は24日、東京・港区の新高輪プリンスホテルで行われ、同投手に昨年の野茂(近鉄)と並ぶ8球団が集中。ロッテが交渉権を得たが、小池は拒否。相談役の亜大・矢野総監督は、浪人をも示唆した。

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約15分間の記者会見で辛うじてこらえていた涙が止まらなかった。小池の真っ赤な目から大粒の涙が流れ落ちた。東京・武蔵野市にある亜大キャンパス。会見場となった3号館大教室から、矢野祐弘監督(59)の待つ1号館学生課へ向かう道のりでのことだった。部屋に入ると、チームメートも声をかけるのをためらうほど、泣いた。

あまりのショックに、声は出ない。それは、記者会見でも同じだった。

小池 今は何も言えない。すみません、何も言えません。

ショックと同時に、怒りもあった。つい2日前(22日)ロッテ側スカウトの訪問を受けた際、しっかりと拒否を伝えていた。「あれだけ断ったのにどうして指名したのか、という怒りでいっぱいです。すべては総監督さんと相談して決めますが、ロッテに行かない気持ちが強いです」。

会見場に詰めかけた約300人の学生からも、ロッテ松井オーナー代行が当たりクジを両手でかざした瞬間、悲鳴とブーイングが飛び出した。そんな怒りは矢野総監督も同じだった。「ロッテは、12球団の中で最も拒否したかった球団の1つ。本人は泣いているし、かわいそうで声をかけられない」。

そして、小池を「浪人」させる腹づもりまで口にした。「元木のように浪人させて、行きたい球団に行けるのなら社会人(熊谷組)入りでなく、そういう方法もある。本人もワンクッション置くことに悔いはないだろうし、自分の手元でフォークを完成させてからでも遅くないという持論はある」とハッキリ言い切った。

プロでローテーション入りするには、この方がいいとさえ言う。亜大コーチとして、野球部に残すことも同総監督の頭にあった。「そういうこと(コーチ)もある」と付け加えていた。「小池は頑固ですから、(ロッテ入りを)勧めることはしません」。

午後3時20分、小池はチームメート10人に囲まれ学生課を抜け出した。下宿先である川崎市の関勝治さん(亜大野球部OB会副会長)宅にも帰らないまま。関さんには「2、3日帰りません」と連絡してきた。

突如姿を消して、ロッテ側からすれば連絡さえ取れない事態になっていた。午後8時前、それまで電話口に出ることさえ拒否していた矢野総監督が、ロッテ醍醐スカウト部長の電話を受けた。が「今後も私は会うつもりはない」と荒々しく語るだけだった。

あの野茂と並ぶ8球団からの指名。意中のヤクルト、巨人、西武なら、小池はこの日のうちにプロ入り表明する心づもりだった。そんなプロ志望の人気左腕投手は一転、ちょうど1年前の元木になる可能性さえ出てきた。

★契約金は1億円以上 ロッテ0・01%にかける

8分の1の確率を手中にした喜びもつかの間だった。失意の小池が雲隠れしてしまった、との情報が入ってくるまで、醍醐スカウト部長が、ようやく亜大の矢野総監督と電話連絡が取れたのは午後7時55分になってから。しかも、そのやり取りは今後への不安ばかりが強まる内容だったようだ。

「本人は非常に残念がっていた、ということでした」。指名後、最初のコンタクトを終えて報道陣に囲まれた醍醐スカウト部長の顔は厳しかった。早くても26日以降に次の連絡を取ることに。いきなり冷却期間を置くことが、小池どりのスタートとなってしまったのだから無理もない。

もちろん難攻不落は覚悟していた。小池にとって最も行きたくない球団の1つにロッテの名前があるのも承知しながらの、強行指名だった。7度目の1位指名競合抽選で初めて「選択確定」の印を引き当てた松井オーナー代行は、即座に異例の出馬を宣言した。「村田君も引退したし、どうしても必要な選手だから指名したんです。ロッテ球団というより、ロッテグループの総力を結集して獲得を目指したい。監督はもちろん私も出馬するつもりです」と条件面でも1億円以上の掲示を考えている。金田監督も「そういう状況になったら出ていくつもり」と言い切った。

2年後には本拠地が千葉に移転する方向もあり、すっかり定着してしまった感じのゴタゴタイメージを一気に払しょくしようと、危険覚悟で踏み切った小池1位。「(交渉は)命懸けでやります」と醍醐部長が言えば、飯塚スカウトも「0・01%の可能性にかけてみる」と悲壮感を漂わせる。まさにチームの浮沈をかけての総動員態勢で、失意の小池の胸中に変化を生じさせることができるか。

◆同僚の高津はヤクルト3位

「小池と一緒なら本当に良かったのにな……」。亜大の2番手投手、高津臣吾(4年=広島工)は、ヤクルト3位指名に複雑な表情を浮かべた。

華やかにヤクルト、巨人、西武を逆指名した小池に対して、高津は神宮大会出場後「取ってくれるなら、どこでも」と全球団OKを打ち出していた。皮肉なことに、その高津がヤクルトに入り、ヤクルトを熱望した小池はロッテに。

高津にしてみれば晴れてプロへの道が開けたわけだが、笑顔はない。「本当なら素直に喜んでいいのでしょうが、テレビに映っていた小池のことを思うと……」と目頭を押さえた。

※記録と表記などは当時のもの

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