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平成プロ野球、各ポジションの「守備最強選手」を独自選出!<セ・リーグ編>

AERA dot. のロゴ AERA dot. 2019/03/15 16:00
阪神時代の新庄剛志=1999年2月1日撮影 (c)朝日新聞社 © Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 阪神時代の新庄剛志=1999年2月1日撮影 (c)朝日新聞社

 今年4月で幕を閉じる平成。昨年末には平成のプロ野球ベストナインを選出したが、今回は守備だけに焦点を当てた「平成のゴールデングラブ賞」を選んでみたいと思う。単純な実際のゴールデングラブ賞受賞回数ではなく、どちらかというと印象に強く残る選手を優先して選出した。まずはセ・リーグ編からお届けする。

※所属はセ・リーグの球団在籍当時。

■投手

浅尾拓也(中日)

次点

桑田真澄(巨人)

前田健太(広島)

 かなり迷ったが、2011年に中継ぎ投手として史上初となるゴールデングラブ賞を受賞した浅尾を選んだ。浅尾の凄さはとにかく打球に対する反応の良さと、捕球から送球への素早い動き。センターへ抜けようかという打球に対してジャンプして飛びつく、足を出して止めるなど、自らの守備で多くのピンチを防いだ。1点が試合を左右する終盤を任されていながらそれだけのプレーができる点も高く評価できる。

 次点はゴールデングラブ賞の常連だったPL学園の先輩、後輩の二人を選出した。桑田は小フライをダイビングしたことが原因で右ひじを故障することになったが、内野手を彷彿とさせる俊敏な動きは強く印象に残っている。前田も高校時代からそのフィールディングには素晴らしいものがあり、バント処理で見せるダッシュと軽快な反転は今も健在だ。

■捕手

古田敦也(ヤクルト)

次点

谷繁元信(横浜・中日)

 捕手はやはり文句なしで古田。盗塁阻止率4割以上13回、5割以上5回、6割以上2回は見事という他ない。1993年に記録した.644はいまだにプロ野球記録である。地肩の強さもさることながら、柔らかいハンドリング、軽快なフットワーク、そしてコントロールの正確さも見事。また、相手打者の弱点を徹底的に突く配球は古田の代名詞となり、日本シリーズで滅法強い点も高く評価できる。

 次点の谷繁は若い頃から強肩は目立ったが、32歳となる2002年にFAで中日に移籍した後に凄みが増した。スローイングは衰えを見せず、リード面でも強力投手陣を支える存在としてチームの黄金期を支えた。捕手という負担の大きいポジションながら40歳を過ぎた2011年、2012年にゴールデングラブ賞を受賞しているのも評価できるだろう。

■一塁手

駒田徳広(巨人・横浜)

次点

シーツ(広島・阪神)

ロペス(巨人・DeNA)

 守備の印象がどうしても薄くなるファーストだが、平成の名手と言えばやはり駒田になるだろう。若い頃は外野を守ることも多かったが、ちょうど平成の始まる1989年にファーストに固定され巨人、横浜で長くレギュラーを務めた。190cmを超える長身と長いリーチを生かした柔らかいハンドリングで、内野手のショートバウンドをたくみにさばく姿が印象深い。他の選手に安心感を与えられるファーストと言えるだろう。

 次点は外国人選手二人となった。シーツはショートの守備が買われて広島に入団したものの、活躍が目立ったのは阪神移籍後にファーストにコンバートされてから。巧みな逆シングルのグラブさばきからのスムーズで正確な送球は見事だった。ロペスもアメリカでは主にセカンドが本職だったが、来日してファーストの名手に変身した。出足が鋭く、グラブさばきも安定している。昨シーズンは故障で出場試合数こそ減少したものの、失策0で守備率10割を記録した。

■二塁手

菊池涼介(広島)

次点

荒木雅博(中日)

平野恵一(阪神)

 “アライバ”コンビで一世を風靡した荒木、現代の牛若丸と呼ばれる守備を誇った平野を抑えて菊地を選出。全盛期の荒木と平野の守備範囲も広かったが、菊池は確実にそれを凌駕しているように見える。2014年に記録したシーズン535補殺は全ポジショントータルで見ても日本記録であり、2013年にも528補殺、2016年にも525補殺とこの数字だけでも圧倒的なパフォーマンスの証明と言える。過去2年間はコンディション不良もあって少し補殺数が減っているが、失策数は減少しており確実性が向上しているところも見事だ。近い将来、メジャーでもそのプレーで目の肥えたアメリカのファンを熱狂させてくれることを期待したい。

■三塁手

進藤達哉(横浜)

次点

岩村明憲(ヤクルト)

 サードに花形の選手が多かった昭和とは異なり、どちらかと言えば打力重視で起用されることが多かった平成のサードだが、そんな中でセ・リーグから一人選ぶとなると進藤になるだろう。若手の頃はショートを任せられていたが、石井琢朗と入れ替わる形でサードにコンバートされてから才能が開花。球際の強さと正確な送球でチームのピンチを何度も救い、90年代後半の石井との三遊間はまさに鉄壁だった。

 次点は平成では少なくなった若い頃から本職のサードとして活躍した岩村。入団当時は守備難だったものの、猛練習で年々レベルアップし、ヤクルトのホットコーナーを支えた。

■遊撃手

宮本慎也(ヤクルト)

次点

川相昌弘(巨人・中日)

石井琢朗(横浜・広島)

井端弘和(中日・巨人)

 最も多くの候補がひしめいたショートだが、安定感でわずかに上回ると判断して宮本を選んだ。もともと守備が評価されてのプロ入りだったが、その期待を裏切ることなく年々安定感をアップさせた。小刻みなフットワーク、打球への入り方、捕球から送球の素早い動きなどは多くの選手のお手本になったはずである。

 川相は平成初期の名手。世界記録を樹立した犠打のイメージが強いが守備での貢献度も大きく、まさに職人的なショートだった。石井、井端も宮本と同時期に切磋琢磨した名ショート。年齢を重ねてもその技術は衰えることなく、晩年は他球団に移籍しながらも、チームの精神的な支柱となった姿も印象深い。

■外野手

飯田哲也(ヤクルト)

新庄剛志(阪神)

英智(中日)

次点

福留孝介(中日・阪神)

青木宣親(ヤクルト)

丸佳浩(広島)

 平成初期の外野守備のスペシャリストとして真っ先に思い浮かぶのは飯田だ。捕手としてのプロ入りだったが、古田の入団と高い運動能力が認められたこともあって外野に転向してその才能が大きく開花。打球まで一直線に向かうスピード、センターから見せる素早い返球で黄金時代のヤクルトを支えた。

 新庄はエンターテイメント的な印象が強いが、守備能力の高さは間違いなく一級品。守備位置を自ら変え、両翼の選手にも頻繁に指示を出すなど野村克也監督に「守備“は”よく考えている」と言われたエピソードも残っている。補殺の多さも見事だった。

 そして完全な外野守備のスペシャリストと言えるのが英智だ。規定打席に到達したことは一度もないが、落合博満監督が就任した2004年に守備、代走のスペシャリストとして一軍に定着し、数々の好プレーを見せてゴールデングラブ賞を受賞した。特にそのスローイングの迫力は圧倒的で、チームの危機を何度も救った。

 福留はショートから外野に転向して開花した代表例。英智、アレックスと組んだ外野守備はまさに鉄壁だった。青木、丸の二人は前後の守備範囲の広さが目立つセンター。ともに強肩も兼ね備え、まだまだリーグを代表する外野手として君臨している。(文・西尾典文)

●プロフィール

西尾典文

1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。

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