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残念だった田中将大のドラフト指名見送り 阪神と縁がなかった理由とは

デイリースポーツ のロゴ デイリースポーツ 2018/10/12 20:00 デイリースポーツ/神戸新聞社
早実との夏の甲子園決勝で力投する田中(2006年8月撮影) © Copyright(C) 2012 デイリースポーツ/神戸新聞社 All Rights Reserved. 早実との夏の甲子園決勝で力投する田中(2006年8月撮影)

 メジャーの名門ヤンキースでエース格として活躍している田中将大は、駒大苫小牧時代からスケールの大きな投手だった。3年夏の甲子園では早実の斎藤佑樹との投げ合いに敗れて準優勝に終わったが、楽天入団後は順調に勝ち星を伸ばし、日本のエースに成長。そしてメジャーでも力を発揮している。元阪神スカウトの菊地敏幸氏は最終的には縁がなかったが、高校生ナンバーワンの評価を与え、獲得に動いていた。

  ◇  ◇

 2年生の夏の甲子園で、控え投手として出場した田中でしたが、150キロをマークしてスカウト陣の目に留まる存在となりました。その後、新チームではエースとなり、明治神宮大会で優勝。これは来年のドラフト1位候補になるなと確信しました。

 翌年の1月上旬、駒田苫小牧の始動日に合わせて、学校へあいさつに行きました。初めて駒大苫小牧を訪れましたが、予想以上にすごかったのを覚えていました。訪問前日に苫小牧市に入りましたが、運動靴ではツルツルと滑ってしまい、まともに歩けない状態。ホテルの人に聞いて近くのホームセンターに行き、慌てて雪道用の靴を買いました。翌朝、訪れた駒大苫小牧のグラウンドは、一面の銀世界。粉雪も舞っていて、寒かったのを今でも覚えています。

 練習は当然室内練習場ですが、立派な施設でした。スカウトも私の他に4、5球団はいました。そんな中で選手はランニングやキャッチボールをしていたのですが、田中は当時185センチくらいの体格でひときわ目立っていました。キャッチボールの力強さも印象的で、「これは今年の高校生ナンバーワンだ」と確信しました。

 その後、センバツはチーム内の不祥事で辞退しましたが、夏の大会では甲子園決勝で早実の斎藤と投げ合って惜しくも準優勝。試合を見ていて感じたのは、ピンチでも表情に出さない精神力の強さです。普通、どんなにいい投手でも高校生ならば苦しいときには顔に出ます。しかし田中は全く動じない。これはプロ向きだなと思っていました。

 この年は、大学・社会人と高校生でドラフトが分かれていました。大阪出身でもありましたし、球団には「高校生の投手ならば1位は田中です」と言いました。ただ、夏ごろだったと思いますが、阪神としては高校生の1位は野手で行くという方針を言われました。縁がなかったと言えばそれまでです。しかし結果論ではありますが、将来メジャーのエース級になる投手を指名しなかったのは、残念としか言い様がありません。

 ◆菊地敏幸(きくちとしゆき)1950年生まれ。法政二から芝浦工大を経てリッカー。ポジションは捕手。89年にスカウトして阪神入団。藪、井川、鳥谷らを担当。2013年限りで退団した。

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