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メジャーの大舞台で「ゴミ」を拾った大谷翔平 今の活躍を支えるのは「メンタル」の強さ

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/04/17 09:00 広尾 晃
4月11日のレンジャーズ戦でピックオフプレーでアウトになりベンチに戻る大谷翔平(写真:AP/アフロ) © 東洋経済オンライン 4月11日のレンジャーズ戦でピックオフプレーでアウトになりベンチに戻る大谷翔平(写真:AP/アフロ)

 米・大リーグのエンゼルス大谷翔平の大活躍に、野球ファンのみならず、日米の多くの人々が驚嘆の声をあげている。スプリングトレーニングでの成績から、彼の開幕後の投打での活躍を予測した人は少なかったのではないか。

 オープン戦、大谷翔平は投手としては0勝1敗、防御率27.00、打者としては32打数4安打0本塁打、打率.125だった。普通のマイナー契約の選手なら、即マイナー行きになる成績だ。

 大谷翔平自身は、オープン戦が不振でも動揺しなかったと語っている。そしてしっかりと問題点を把握し、それを解決しようとしていた。

 その精神の成長ぶりを感じさせる小さなシーンがあった。

ベースを踏んだ大谷が拾った小さな白いゴミ

 現地時間4月11日のレンジャーズ戦、8回表、大谷は四球を選んだ。一塁に大谷を置いて、レンジャーズは投手をクリス・マーティンに交代した。昨年まで大谷と日本ハムで同僚だった投手だ。マウンドに上がるなり、マーティンは鋭い牽制球を投げた。慌てて一塁に戻る大谷。このとき大谷は一塁ベースに長い足をかけながら、手を伸ばしてファウルラインの内側に落ちていたゴミを拾ってファウルゾーンに投げたのだ。

 このあと、大谷はマーティンのピックオフプレー(走者をターゲットにしてアウトを奪うプレー)でアウトになった。

 そのことのほうが大きく報じられたが、メジャーの大舞台で、グラウンドに落ちていた小さなゴミに目が留まり、それを捨てた行為に、筆者はただならぬものを感じた。

 古い話で恐縮だが、1943年『姿三四郎』という映画が封切られた。巨匠黒澤明の監督デビュー作だ。姿三四郎という柔道家が師匠矢野正五郎の薫陶を受けて成長するストーリーだ。この映画で黒澤明は、三四郎の成長を、ほんの数カットで鮮やかに描いてみせた。

 道場で師匠に挨拶をするシーン、最初、名優藤田進が演じる三四郎はのっしのっしと強さを誇示するように入ってきて座った。次に三四郎は師匠の矢野に丁寧に一礼して座った。尊敬の念が表れている。最後のシーン、三四郎は少し笑みを浮かべ、ゆとりのある表情で師匠の前に立ち、座る直前に板の間に小さなゴミがあるのを見つけ、それを拾ってから座ったのだ。

 姿三四郎は、最初は相手を威嚇するこけおどしの勇者だったが、師匠に尊敬を抱くようになり、最後にはどんなときにも冷静沈着で、小さなことにも目が行き届く達人の域に達した。黒澤はそれを「道場で座る」という小さなシーンで鮮やかに描いた。「ゴミを拾う」という動作は、三四郎の進境を象徴的に表していたのだ。

 内面の心の動きを、外見で象徴的に表現するのは黒澤映画の真骨頂だ。デビュー作品から黒澤明はその片鱗を見せていた。この映画の大ヒットで、黒澤明は大監督への道を歩み始めるのだ。

「ゴミを拾った」大谷から感じる成長

 筆者は大谷翔平がメジャーの大舞台で、さりげなくゴミを拾ったその行動に、姿三四郎に通じる「心の成長」を感じ取った。

 MLBの放送ではベンチがよく映る。選手の足元には食べた後のヒマワリの種のカスや、スポーツドリンクの紙コップなどが散乱している。そこに選手は平気でつばを吐いている。いくら清掃専門のスタッフがいるといっても数十億円もの年俸を得ているスターたちの居場所としては、ふさわしくない。

 大谷はそんなベンチに座りながら、グラウンドの小さなゴミに目が行き届く感性を保っているのだ。この感性に筆者は心を動かされた。

 「ゴミを拾う」行為は、NPBではしばしばみられる。名遊撃手として知られた宮本慎也(現東京ヤクルトスワローズ、ヘッドコーチ)は、併殺のチャンスになると目の前の土を手でならし、小石やゴミを拾った。これは併殺プレーの準備であるとともに、打者に対して「こっちに打ってこい」というアピールだったという。

 実は、大谷翔平は意識してグラウンドのゴミを拾っている。2015年、チームの大先輩、稲葉篤紀(現侍ジャパン監督)が、ベンチ前のゴミを拾ったのを見て感動して、それを真似るようになったのだ。彼自身はそれを「人が捨てた”運”を拾っている」と表現した。

 「ゴミを拾う」のは小さな行為だが、大谷には自身の平常心を保ち、冷静にプレーするためのキーアクションになっているのだ。

 よく知られているように、大谷翔平は花巻東高校時代から、「マンダラチャート」などで自分の将来像をはっきり描いていた。そしてそれに向かって自分で努力する習慣が身についていた。

大谷の躍進を支える「強いマインド」

 プロ入りの際には、MLBを志望し、大谷翔平はプロ野球のドラフト指名を拒んだ。それでも強行1位指名した日本ハムは「高校から直接MLBに行くメリットと、NPBを経由していくメリット」を詳細に説明した企画書を用意し、大谷にマンツーマンでプレゼンテーションした。大谷はその説明に納得し、日本ハムに入団した。

 そして日本ハムでは、吉井理人投手コーチなどから専門的な指導を受けるとともに、メンタル面、生活面でも適切なコーチングを受けて順調に成長した。2016年にはパ・リーグMVPを受賞するとともに、投手、指名打者の両方でベストナインに選出されるという前代未聞の結果を残した。

 その後、ケガに泣かされて昨年は十分な活躍ができなかったが、彼の心身はNPBでの5シーズンで大きく成長したのだ。しかも「自分で考える強いマインド」をもって。

 筆者は以前、自動車教習所の取材をしたことがある。野球とはまったく関係のない仕事だったが「いちばん教えるのが難しいのはどんな人ですか」と聞くと、「高校の野球部だね」という答えが返ってきた。

 「高校野球の選手は、”わかったか”と聞けば”はい”と大きな声で返事をする。何を聞いても”はい”だが、あとでテストしたら、何にも頭に入っていないことが多くて困るんだ」

 その言葉には筆者にも心当たりがあった。日本では野球選手あがりは、一言、二言話をすればすぐにわかる。彼らは年長者から言われたことは絶対に聞き返さないし、質問も、反論もしないことが多い。

 日本野球は、鉄の規律で選手を鍛え上げてきた。指揮官の采配に絶対服従で動く「駒」を作り上げ、これを動かして勝利を勝ち取る。それが日本の野球であり、野球選手だった。

 高度経済成長期までは、そういう鍛えられ方をした野球選手は、企業で大歓迎された。どんな指示にも服従し、文句を言わずにやり遂げる。まさに「企業戦士」にはうってつけだったのだ。

 もちろん、高校野球の指導も以前に比べればはるかに柔軟になり、考える指導も行われるようになった。しかしそれでも「大きな声であいさつ」など、上下の規律はいきているし、指導者への絶対的な服従は今も全国で見られる。こうした環境から、「自分で考える強いマインド」を持った選手が生まれるのは難しいのではないかと思われる。

大谷翔平が本当に強いのは「メンタル」ではないか

 大谷翔平の野球人生には「大きな声で”はい”」というような従来の日本の野球文化は入り込む余地がなかったと言えるだろう。だから大谷翔平は「小さなゴミを拾うこと」の大きな意味を自分で感じ取り、それを大舞台で実行したのだ。

 彼のメジャー人生は、これ以上ない最高の滑り出しをした。しかし、世界中からずば抜けた才能を持ったアスリートが集まっているMLBである。スランプや、故障や、トラブルなど、さまざまな難問が彼を待ち受けているだろう。

 それでも、大谷翔平はこれを乗り越える強さを持っている。どうしても投手や打者としての能力にばかり目が行きがちだが、大谷翔平が本当に強いのは「メンタル」なのではないか。朝のMLB中継を見ながら、その思いを強くした。

(文中敬称略)

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