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「神の子」トーレスと2度目の別れ。A・マドリーとの蜜月が幕を閉じる。

Number Web のロゴ Number Web 2018/04/26 08:00 工藤拓
リバプールを出て以降苦しいキャリアが続くフェルナンド・トーレスだが、それでも2015-16シーズンには二ケタ得点を決めて見せた。 © photograph by Getty Images リバプールを出て以降苦しいキャリアが続くフェルナンド・トーレスだが、それでも2015-16シーズンには二ケタ得点を決めて見せた。

 4月9日、フェルナンド・トーレスが今季限りでアトレティコ・マドリーを退団する意向を明かした。

「昨季と比べ、今季はプレー時間が大幅に減っている。いくらこのクラブで引退したくても、2シーズンもプレーせずベンチに座り続けるつもりはない」

 理由は出場機会の減少だった。

 その時点での今季の総プレー時間は、全体の30%に満たない1279分。先発出場は10試合のみにとどまっていた。

 これは全公式戦45試合のうち21試合で先発、2197分間プレーして10ゴールを挙げた昨季と比べても、明らかに物足りない数字である。

 ビッグゲームでベンチを温め続けたことも、彼の決断を早めた一因だ。

 実質的に逆転優勝の望みが潰えたリーグ第27節のバルセロナ戦では、1点を追う展開ながら出番は訪れず、0-1の敗戦をベンチから見守ることしかできなかった。

 退団発表の前日、1-1で引き分けたレアル・マドリーとのダービーでも、ベンチにいた背番号9に声がかかることはなかった。

「トーレスの残留に手を尽くすか?」

 それでも今後の活躍次第で状況が好転する可能性があれば、トーレスは来季もロヒブランコ(赤白)のシャツを着てポジション争いに臨んでいたはずだ。彼はアトレティコで引退することを望んでいたし、クラブも本人が望む限り契約を延長していく意向を伝えていたのだから。

 しかし、シメオネは違った。

 2月21日の会見にて、指揮官は「トーレスをもう1年残留させるために手を尽くすか?」との質問に対し、一言「ノー」と答えた。

「グリエスマンの残留には手を尽くしているようだが……」という前置きを伴ったこの質問について、シメオネは直後に受けたテレビのインタビューで「あれは議論を起こそうとした質問だ」と嫌悪感を示したうえで、こう付け加えている。

「自分の考えに基づいてノーと答えた。私はチームのことを考えているからね」

トーレスの復帰を願ったのはシメオネだった。

 トーレスが7年半ぶりにアトレティコ復帰を果たしたのは、2015年1月のこと。当時はチェルシーで戦力外となり、レンタル先のミランでも早々に居場所を失っていたところだった。

 そんな彼の復帰を強く望み、半年がかりで実現させたのがシメオネである。

「彼の復帰と共に、我々はクラブへの帰属意識を取り戻すことができる」

 当時繰り返していたその言葉通り、シメオネはクラブ生え抜きのアイドルとして絶大な人気を誇るトーレスに対し、純粋なる戦力としてだけでなく、クラブとチーム、ファンの結束を強化する象徴的な存在となることを期待していた。

 しかし、指揮官が求めた存在感、その背景にある周囲の強すぎる“トーレス愛”こそ、2人の関係を悪化させる要因となってしまったのだから皮肉なことだ。

 トーレスの復帰以降、ビセンテ・カルデロンのスタンドは彼がウォーミングアップを始めるだけで沸き上がり、ピッチに立てばファンもメディアも彼の一挙手一投足に注目するようになった。

 そこまでは良かった。だがトーレスがベンチを温めるたびに人々が彼の起用を声高に求め、それが時に選手起用に対する批判にまで発展し始めたことで、徐々に指揮官は周囲の過剰なトーレス贔屓を重荷に感じるようになっていったのである。

両陣営の溝は傍から見ても明確に。

 数週間前にはトーレスが所属する代理人企業「バイーア」の広報アントニオ・サンスが「私なら明日にでもシメオネを解任する。アトレティコは退屈で、2選手の獲得に1億ユーロも費やしておいて2位にしかなれない」と痛烈に批判したことも話題になった。

 こうした流れの中で飛び出したのが、グリエスマンとの比較を使った先述の質問だったのである。

 シメオネが発した「ノー」について、トーレスは「シメオネの発言は関係ない。これは多くの理由から至った決断だ」と説明している。一方で「来季の構想に入っていないのであれば、前もって直接話して欲しかった」「シメオネとの関係は良くも悪くもない」とも話しており、指揮官とのコミュニケーションが薄れつつあったことを窺わせた。

EUROもW杯もCLもELも獲ったが。

 最終的にトーレスは、安住の地でスパイクを脱ぐことよりも、プロとしてプレーし続ける道を選んだ。本人がそう決めた以上、周囲はその決断を受け入れる他ない。

 シーズン終了まであと1カ月。リーグ優勝の可能性はほぼ潰えたが、アーセナルとの準決勝を控えるヨーロッパリーグでは、6年ぶりのタイトル獲得への期待が高まっている。

 トーレスはEUROとワールドカップ、チャンピオンズリーグとヨーロッパリーグの決勝でピッチに立ち、タイトルを獲得した世界で唯一の選手である。

 しかし、意外なことにアトレティコではまだ1つのタイトルも手にしたことがない。ゆえにこのラストシーズンを初タイトルと共に締めくくることができれば言うことはないが、たとえ無冠のまま終わることになっても、彼の功績が色褪せることはないだろう。

「素敵な物語には始まりと終わりがある」

 11歳からアトレティコのアカデミーで育ち、チームが2部に沈んでいたシーズンに彗星のごとくデビューを飾り、翌年には主力として1部復帰に貢献した。その後19歳にしてキャプテンを任され、低迷するチームの中で毎シーズン二桁得点を重ね、ファンに希望を与える存在であり続けた。

 かつて「エル・ニーニョ」と讃えられた神童も34歳。すっかり男らしくなった「神の子」は、愛するクラブに2度目の別れを告げる際、こんなメッセージを発している。

「素敵な物語には始まりと終わりがある。僕がデビューした日に始まったこの物語も、終わりを迎えるまであと1カ月と少し。それまでの間を楽しみ、ファンとチームが1つになることの大切さを噛み締めよう」

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