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タカマツ「最後の最後まで2人で」。東京五輪への挑戦はまだ終わらない。

Number Web のロゴ Number Web 2019/12/03 11:40 石井宏美
2007年にペアを組み、リオ五輪で金メダルを獲得した“タカマツ”。厳しい東京五輪代表の座への争いに、最後まで向き合う。 © Number Web 提供 2007年にペアを組み、リオ五輪で金メダルを獲得した“タカマツ”。厳しい東京五輪代表の座への争いに、最後まで向き合う。

 会場を囲むように長い行列が続く。11月30日、師走が近づく駒沢オリンピック公園総合運動場体育館、バドミントンの日本一を決める全日本総合選手権。五輪前年の大会、しかも普段、世界ツアーを転戦する男子シングルスの桃田賢斗や女子シングルスの奥原希望らトップ選手たちのプレーを堪能できるとあってか、多くのファンが詰めかけていた。

 各種目準決勝が行われたこの日は、第1試合から注目カードが目白押しだ。

 女子ダブルス準決勝第1試合はリオ五輪金メダリストの高橋礼華・松友美佐紀ペアと世界選手権2連覇中の永原和可那・松本麻佑ペア、世界トップランカーとして活躍する2組の対戦となった。2組が姿を現すと、会場は大きな歓声に包まれた。

「悔しいよりもほっとした」

 高橋・松友ペアは、永原・松本ペアの170cmを超える長身からの圧倒的な攻撃力を前に第1ゲームを11-21で落とす。第2ゲームに入ると流れは変わり高橋・松友ペアがリードする。しかし、「相手が前に前に来ているところに(球を)落としてしまったのが敗因。もう少ししっかりと相手を見てプレーできていたらよかったです」(高橋)と、永原と松本の怒涛の攻撃で20-22と逆転負け。ゲームカウント0-2で50分に及ぶ試合に終止符が打たれた。

「やっと終わった……」

 逆転負けを喫したが、高橋の胸の内には全日本総合を戦い抜いた安堵感があった。

「優勝とか、勝っていくというよりも、本当に毎日、毎日、きついものを抱えながらやっていたので。正直悔しいというよりは、ほっとしたというか、怪我なく終われてよかったなという気持ちが一番にありました」

「この大会に成長させてもらった」

 ふたりがペアを結成したのは、松友が宮城県・聖ウルスラ学院英智高校に入学して半年ほど経ってからの2007年秋。翌年には高校選抜で優勝し、インターハイでも頂点に立った。さらに同年初出場した全日本総合選手権でもいきなりベスト4入りを果たした。全日本総合選手権には12年連続で出場。そのうち5度日本一に輝いた。

「最初に優勝したとき、自分たちはナショナルに入って年齢も実力も一番下で。先輩たちに勝って優勝したいという気持ちでずっとやってきました。ただ、自分たちが上になって追われる立場になった時、戸惑った部分や、リオ五輪で金メダルを獲って気持ちが上がらない部分もありました。今、振り返ると、自分の中では五輪以上に全日本総合で初めて優勝したことが人生の中でも忘れられない試合になっていますし、この大会で自分たちは成長させてもらったなと思います」(高橋)

「高校生の頃から10年以上、2人で全日本総合に出続けてきました。そんなペアは他にはいないと思いますし、常に優勝を期待され続けてきましたが、長い間、こうしてベスト4まで勝ち続けられている選手もなかなかいないと思います」(松友)

体の衰えも感じながら。

 10年以上ペアを組む彼女たちの経験値は他ペアを圧倒している。しかし、世界トップで戦う日本女子ダブルス陣の中で最年長となる2人。今年、高橋は29歳となり、松友も来年2月に28歳を迎える。年齢を重ねたことで、体の衰えを感じることは少なからずある。

「これまで以上に動けない部分やカバーできない部分もあります。自分の中で衰えている部分は把握できているので無理をしないようなプレーをと思っていますが、自分たちは他のペアと比べると体のサイズも小さいし、頑張って頭を使っても身体がついてこない部分も。

 ただ、同年代で引退する選手もいる中、リオ五輪前から現在に至るまでずっと世界ランク4位以内を維持できた選手もなかなかいないと思うんです。そう周りの選手が言ってくれるのですが、最近になって、自分も頑張っているなと思えるようなって。そういった意味でもここまでしっかりと勝つことができたのは良かったなと思っています」(高橋)

「金」を目指していた時とは違う。

 金メダルを獲得したリオ五輪後、ポストイヤーだった2017年は主要大会に出続けながらも気持ちの上がらない日々が続き、苦しんでいた。世界ランクは上位をキープするも、優勝もすれば1回戦負けもあるなど、安定感を欠いた。

 一時は現役続行のモチベーション低下に悩み、試行錯誤を繰り返す日々を過ごした。

 そんな中、東京五輪を目指すことを決意した。先輩たちの背中を追っていた時、そしてリオ五輪で金メダルを目指していた時とは異なり、立場も気持ちも180度変化する。リオ五輪のレース以上に険しい戦いになることは想像に難くなかった。それでも彼女たちは葛藤の末に決断した。そして目指すのであれば「今までの自分たちではダメ」と自らを律することも忘れなかった。過酷な五輪レースを経験しているからこそ、生半可な覚悟では通用しないことを誰よりも彼女たち自身が理解していたからだろう。

熾烈な東京五輪の代表争い。

 今年4月末からスタートした2020年東京五輪の女子ダブルスの代表争いは熾烈を極めている。

 最大2枠をめぐって、現在、ワールドランキング2位に福島由紀・廣田彩花ペア、同3位に永原・松本ペアと続き、高橋・松友ペアは4位で後輩の2ペアを追う形となっている(世界ランキングは12月2日時点)。

 来年4月30日付けのワールドランキングに基づき各種目の出場選手が選出されるため、高橋・松友が逆転で五輪切符を獲得するには、残り5カ月での巻き返しが必要不可欠だ。日本代表の朴柱奉ヘッドコーチも「(ワールドランキングの)ポイント的にはピンチだと思う。来年1月から4月のレースで優勝が何回かないと心配になる」と指摘。崖っぷちに立たされていることは、本人たちも自覚している。

「最後までしっかりと戦いたいです。最終的に世界ランク4位以内にいて(五輪に)出られなかったら、それはそれで……もちろん、悔しいと思いますが。自分たちも場所は異なりますが、五輪という舞台を経験して、金メダルを獲らせてもらっている。とにかく、“いいバドミントン人生だったな”と思えるよう、最後まで、4月末までしっかりと頑張っていきたいです」(高橋)

「最後の最後まで2人で、後悔しないように」(松友)

 ふたりの挑戦はまだまだ終わらない。

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