古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

アートイベントは誰のため? そこで起こっていたこととは?

コロカル のロゴ コロカル 2018/04/16 19:15 コロカル編集部
© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

【Photo Gallery】記事の写真一覧 →

東京アートポイント計画×コロカル

アートNPOと東京都、アーツカウンシル東京がアートプロジェクトを都内各地で展開する〈東京アートポイント計画〉。その参加団体のメンバーが、コロカルによるワークショップに参加し、自分たちの取り組むアートプロジェクトについて執筆した記事をお届けします。今回は、三鷹駅周辺で行われたアートイベント〈TERATOTERA祭り2017〉についてボランティアスタッフのひとりがレポートします。

ボランティアスタッフが見て、考えたアートイベント

私がボランティアスタッフとして関わった〈TERATOTERA祭り2017〉。記事を書くことになったとき、自分がこのイベントについて知らないことが多いことに気づく。これはなんのための、誰のための祭りだったのか。そしていつ始まり、現場では何が起こっていたのか。

私の中のTERATOTERA祭り2017の謎を、さまざまな人の視点を介し、解いていきたい。

アートイベントTERATOTERA祭りとは?

2017年11月10日(金)朝9時半。私は自宅の最寄り駅から約1時間半かけて、三鷹駅にやって来た。改札を出たところに動きやすい格好をした見覚えのある人だかりがあった。「おはようございます~」と挨拶を交わすスタッフのみなさんの顔は、どこか眠そうである。

私がここにやって来た理由は、この日から3日間(11月10日~12日)三鷹駅周辺で開催されるアートイベント、TERATOTERA祭り2017『Neo-political~わたしたちのまつりごと~』のためだ。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

このイベントを主催している〈TERATOTERA(テラトテラ)〉とは、JR中央線高円寺駅~吉祥寺駅~国分寺駅区間をメインとした東京都杉並区、武蔵野市、多摩地域を舞台に展開する、地域密着型アートプロジェクトおよびその発信機関の総称である。

今回私はボランティアスタッフとして、このイベントに初めて参加する。私のようなTERATOTERAに関わっているボランティアスタッフを、通称「TERAKKO(テラッコ)」と呼ぶ。私は2017年の春からアートプロジェクトを勉強するためにさまざまなイベントに携わるようになり、テラッコとして活動を始めたのもその年の7月からだ。

そのため私は、初めて参加するTERATOTERA祭りがどういう経緯で行われ、どのような内容のイベントなのか、まったく無知の状態で現場にやって来た(実際は事前ミーティングが複数回行われていたのだが、私は一度も参加することができなかった)。いったいどんな作品が見られるアートイベントなのだろうか。

出会った人を異空間へと誘う鑑賞者参加型作品

TERATOTERA祭りは2011年に初めて開催され、2017年で7度目。ここ数年は三鷹で開催されているが、これまで吉祥寺〈PARCO〉の屋上や、中央線沿線各駅で行ったこともあるという。

そして今回は、三鷹駅周辺の全7か所に10組のアーティストによる作品が点在し、駅前でパフォーマンスも行われた。しかも今回はすべて「鑑賞者参加型」だという。いったいどのような作品が現れるのかとワクワクしていた私は、当日心底驚くことになる。

まず駅の隣にある〈武蔵野芸能劇場〉では、アーティスト山本篤さんが、目隠しをした状態で鑑賞者の指示のみを頼りにピカソの作品『ゲルニカ』を模写する。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

また駅前のスペースでは、日曜日の青空の下に突如、太鼓や笛の音が鳴り響いた。通りかかった多くの人が、和楽器バンド〈切腹ピストルズ〉によるパフォーマンスに足を止める。

このように、TERATOTERA祭りとは、三鷹のまちなかに突然アートが出現し、そこを訪れた人は、この突如現れる異空間、あるいは、事件を目にして、何かを感じる3日間なのだ。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

毎日通う駅前に突然見慣れないものが現れるなんて、まるでテロが起こっているかのようである。だが作品の前を通り過ぎる人々は冷静だ。

このときのお客さんの反応を思い返すと、三鷹の人々はTERATOTERA祭りをどのように捉えているのか、三鷹の人々にとってこれはどのようなイベントなのか、という疑問が私の中に湧いてきた。三鷹の人々にTERATOTERA祭りは受け入れられているのだろうか、それとも特に関心を向けられていないのだろうか。

三鷹の人たちにとってのTERATOTERA祭り

「地元の人はこのイベントをどのように捉えているのか」この疑問を解くために、参加者と一番近く触れ合うテラッコのひとり、佐藤卓也さんに話を聞いた。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

テラッコの佐藤卓也さん(右)と、アーティストの二藤建人さん(中央)。

佐藤さんは普段は設計会社に務めており、2016年からテラッコとして活動開始。イベント当日は、アーティスト二藤建人さんの作品のサポートをした。

二藤さんの作品は、自分の肩に乗った相手や、足の裏を合わせた相手の純粋な「重さ」を、装置を使うことによって受け止められるというもの。佐藤さんはそのなかで、作品の説明や体験のアテンド、興味を持って立ち寄ってくれた方への声かけを行っていた。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

二藤健人さんの作品。手前は肩車で、奥は足の裏で相手の「重さ」を受けとめる。

触れ合ったお客さんの反応について尋ねると「よくわからないけれど何かやっているみたいだから来た、という人も多いですが、去年もやっていましたよねという反応も増えている気がします」と、佐藤さんは話してくれた。

特に昨年、アーティストの遠藤一郎さんがテラッコとともに河童の格好をして公園に出現したというパフォーマンスや、泥絵のライブペインティングをしたアーティスト淺井裕介さんの話が話題に多く出たそう。

またこのように声をかけてくれる人がいる一方で、目に入れつつも通り過ぎていくという反応も多かったという。

「二藤さんの作品の前の道にバス停があり、そこにたくさん人がいました。でもみなさん“何かやっているぞ”とがやがやするけれど、参加する方はいなかったですね」

この反応は、切腹ピストルズのパフォーマンスを見ていた人々の反応に似ている気がする。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

この「目に入れつつも通り過ぎていく」という反応について佐藤さんに聞いてみると「僕らみたいなおじさんよりも、若い人たちのほうが寛容で、逆に興味がないようにも見える」と言う。

その例として、2016年のTERATOTERA祭りでは、河童の格好をした遠藤さんを見かけた人が警察を呼んでしまったのだとか(パフォーマンスとして事前届出をしていたので、結果的には問題なかったのですが)。

「僕ら世代の人は怪しいからなんとかしなくちゃ、と思ってしまうんですよね。けれどいまの若い人たちは、アートイベントのようなものが非日常ではなくなりつつあるからこそ、受け入れてしまうのかもしれないです」

この佐藤さんの見解には、若い世代の者として妙に納得してしまった。たしかに若い世代にとって、地域イベントやアートイベントという言葉は物珍しくなくなっているのかもしれない。

最後に佐藤さんに、三鷹の人にとってTERATOTERA祭りは何だったと思うかと問うと、不定期開催のイベントのひとつと答えてくれた。「TERATOTERA祭り」という言葉はあくまで運営側の言語であって、地元の人にとっては後づけのタイトルでしかないということらしい。佐藤さんのこの考えは決して否定的ではなく、むしろ肯定的だ。

「何かやっているなぁという感覚が、そのとき参加に結びつかないとしても、そのあと『去年もやっていたよね』と思い出してくれたり、『いま何やっていたんだろうね』と会話になったり、コミュニケーションにつながっていくかもしれないので、そのような捉え方でもまあいいかなと思ったりします」と、笑顔で答えてくれた。

ディレクターにとってのTERATOTERA祭り

三鷹の人にとって「不定期開催イベントのひとつ」と捉えられているかもしれないTERATOTERA祭り。では、この祭りはそもそもどのようにして始まり、誰のための祭りなのだろうか。

吉祥寺にある芸術複合施設〈Art Center Ongoing〉の代表であり、TERATOTERAディレクターの小川希さんに話をうかがうことにした。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

2月中旬の午後、私がインタビュー待ち合わせ場所のOngoingで待っていると、小川さんが寝起きの顔で入ってきた。聞けばこの日がOngoing10周年記念本の入稿日だったそうで、朝5時まで作業をし、入稿を終え、いままで眠っていたのだという。しかも寝る前にお酒を飲んだせいで、頭痛がひどいそうだ。

そんな状態でも嫌な顔をひとつせず、小川さんは静かにインタビューに答えてくれた(頭を抱えながら)。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

〈Art Center Ongoing〉の10年間の活動をまとめたドキュメント本。

小川さんがTERATOTERA祭りをやろうと思った理由は、Ongoing以外で活動をするなら、まちに出たかったのだという。

「パブリックな場所に変わった表現があることで、それを見ようとまったく思っていなかった一般の人が、意図せずそれに出会ってしまうことにおもしろさを感じます」

この小川さんの言葉を聞いて私は、小川さんの思惑に私たちはまんまとハマっていると感じた。

切腹ピストルズのパフォーマンスに集まった人々や、二藤さんの作品を目に入れつつ通り過ぎた人々。作品や作家に直接触れなくとも、目に入れた時点で、その人は作品に出会ってしまっているのだ。そして必ずしも鑑賞者が参加者になることを、小川さんは望んでいるわけではない。

では、これは三鷹のためのお祭りなのかと尋ねると、「地域にとって」という気持ちはないと、小川さんははっきり答えた。

「作品がまちなかにあるかギャラリーにあるかで見え方は変わってくるとは思いますし、作家が場所を意識して作品をつくると自ずと三鷹のオリジナリティは作品に滲み出てくるかもしれません。でも作品をつくることの意味は地域にとってどうこうではなく、作家が作品をつくれて、鑑賞者がそれを見て何を感じるかがすべてだと考えています」

三鷹で行っているのは、ここ数年使用しているということもあり、使いやすい場所が多いからだという。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

祭りの最終日には、参加アーティストと小川さんによるトークイベントが行われた。

次に今回のテーマ『Neo-political ~わたしたちのまつりごと~』について聞いてみた。毎年立てているコンセプトは、普段生きているなかで小川さんの中に沸々と溜まってきた問題意識が、最終的に言葉になったものなのだという。

「今回は“政治と芸術”の関係性を考えたときに、最近よくあるポリティカル(政治的)な表現というのがあまりしっくりきていなくて、それがなぜなのかを考えた末、ああいうコンセプトになりました」

小川さんにとって今回のテーマは、今後も扱っていけるものだと感じたらしい。

「みんなの個人的なことが政治的なことにつながっていくというのは結構大きいテーマで、まだまだずっと考えられることだなと思いました。同じようなテーマでメンバーを変えたりしながら、もっとやれる気がします」

私にとってのTERATOTERA祭り

佐藤さん、小川さんの話を聞き、私の中にあったTERATOTERA祭りの謎が徐々に解かれてきた。

では、私にとってTERATOTERA祭りは何だったのだろう。それは「思考停止するな」というメッセージをもらった3日間だったように思う。その理由は、私が当日お手伝いをしたアーティスト、うらあやかさんの作品での体験がきっかけだ。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

うらあやかさんのパフォーマンス作品の様子。

うらあやかさんのパフォーマンス作品が行われたのは、駅から徒歩3分ほどにある玉川上水緑道。作家と観客は正反対の方向を向いた状態で横に並び、行きはカウントアップ、帰りはカウントダウンをしながら、ともに一本道を行って帰って来る。

そして最初の場所に戻ったとき、行きと帰りの歩数の差が記され、白いボタンがひとつ縫いつけられた黒い布が観客に渡される。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

体験を終えた多くの人が「結構差が出た」とか「後ろ歩きが怖かった」と呟く。その表情はみんなどこか曇りがちで、しばらく立ち止まり、作品について思考し続ける人が多かった。正直私も、作品の感想を求められてもすぐに言語化できず、もやもやしていたひとりだった。

「初めて自分の悩みのようなものを作品にした」

お酒で頬を赤らめたうらさんが、打ち上げの席で私にそう言った。その言葉を聞いてから、あらためて小川さんの書いたコンセプト文を読んだとき、私なりに彼女の作品への糸口を掴めたような気がした。

コンセプト文にはこうある。

作家たちは、個人的な興味や問題から作品を制作し、一見すると政治的な表現とはほど遠いイメージを持つものが多い。ただ僕には、彼ら、彼女らの個人的な表現が、どこかでより大きな問題へと繋がっているように感じてならない。大文字の政治ではない、個からしか辿り着くことのできない新たな政治的な表現。

おそらくあの参加者たちの曇りがちな表情は、うらさんの「自分ではどうしようもない」という気持ちが作品を通じて参加者に伝播していたからなのだろう。つまり、うらさんの私的な問題が、公的なものに変わった様子を私は目撃していたのだと気づいた。

小川さんの意図通り、私もまた変わった表現に出会ってしまったひとりだったのである。そして、それぞれのアーティストが表現した個人的な問題を、小川さんからの「思考停止するな」というメッセージのように私は受け取った。

あなたにとってのTERATOTERA祭り

TERATOTERA祭りがどういうイベントであるのか、この記事の執筆を通じて、私自身徐々にわかってきた。しかしあの3日間という時間のなかで起きていたであろう出来事を、すべて知ることはできない。それぞれの人が異空間での体験あるいは事件を通じて、それぞれの思考を巡らしていたのだろう。

この記事を読んでいるあなたは、あの日偶然この祭りに遭遇していたのだろうか。それとも、TERATOTERA祭りの存在をいま初めて知ったのだろうか。あなたにとってのTERATOTERA祭りは、不定期開催イベントのひとつだろうか。それとも毎年恒例のアートイベントになるだろうか。

いろんな捉え方があって、それに正解はない。ぜひ、あなたにとってTERATOTERA祭りが何なのか確かめるために、不思議な3日間に出会いに来てほしい。

© MAGAZINE HOUSE Co.,Ltd. 提供

江上賢一郎『路上の学校』の様子。

information

TERATOTERA祭り 2017 Neo-political~わたしたちのまつりごと~

*今年もTERAKKO募集を予定しています。詳しくは近日公式サイトでお知らせします。

http://teratotera.jp/events/matsuri2017/

●東京アートポイント計画地域・市民が参画するアートプロジェクトを通じて、東京の多様な魅力を創造・発信することを目指し、東京都とアーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)が展開している事業です。まちなかにある様々な地域資源を結ぶアートプロジェクトを、アーティストと市民が協働して実施・展開することで、継続的な活動を可能にするプラットフォームを形成し、地域社会の担い手となるNPOを育成します。主催:東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)https://www.artscouncil-tokyo.jp/

●TERATOTERA主催:東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、一般社団法人Ongoinghttp://teratotera.jp/

writer profile

Yuri Miyazaki

宮﨑有里

みやざき・ゆり●千葉県出身。大学生。2017年からアートプロジェクトに興味を持ち、勉強のためさまざまなイベントに参加。展覧会情報サイト『Tokyo Art Beat』のインターンを経て、現在はTERATOTERAのボランティアスタッフや、東京都美術館×東京藝術大学による〈とびらプロジェクト〉で活動中。好きな食べ物は芋。

credit

photo:Takafumi Sakanaka

【colocal】Webマガジン・コロカルの記事 →

この機能は、お使いのブラウザーのバージョンではサポートされていません。この機能を使うには、Internet Explorer の最新バージョンにアップグレードすることをお勧めします。

colocalの関連記事

image beaconimage beaconimage beacon