〈朝倉染布〉の超撥水加工の風呂敷は、“身近な工芸品”になるか
「工芸」と聞いて、みなさんはどんな印象をお持ちでしょうか。
わたしは現在、地域のものづくり産業に関連するブランディングやプロモーションを担当していますが、冒頭にこのような質問を投げかけているものの、今の仕事を始める前は工芸と聞くと身近なものではなくて、とても特別な存在のように感じていました。特に伝統工芸というと、金額が高いイメージが先行して、日常で使うものではないという印象が強かったのを覚えています。また、新たに今、フロムジャパンのものやこと、それに携わる人々が気軽に集うことができ、欲しいつながりを獲得できるプラットフォームをつくりたいと考え、「JAPAN BRAND FESTIVAL(ジャパンブランドフェスティバル)」という企画をメンバーとともに運営しています。仕事で地域に関わることも多く、訪れた地域でよく耳にするのが、「いいものはたくさんつくってるんだけど、発信がうまくなくて買いたい人になかなか届かないんだよね。どうやったら知ってもらえるんだろう」という話。この知られていない、伝える方法がわからないという問題は、工芸を巡る全国的な課題になっています。
では、買う側の視点はどうでしょうか。「工芸品って古い印象。伝統工芸品って高そうだし、あんまり買うイメージがない」「どこで買えるの? 東京でも買える?」と、話す友人が使っていたのが、曲げわっぱのお弁当箱。「それ、伝統工芸品だよ」と伝えると、「えっ、そうなの?」という反応。さすがに曲げわっぱを工芸品だと認識していなかった友人にもびっくりしましたが、有名なコーヒーショップのドリッパーやカップ、ソーサーが有田焼でつくられていたり、織物メーカーがネクタイやハンカチをつくっていたりと、考える以上に普段の暮らしに寄り添うように工芸は存在しています。この連載では、そんな身近にある工芸の魅力を、多くのみなさんにできるだけわかりやすくお伝えできればと思っています。
使ってみないとわからないでは、どうしたら工芸の魅力をみなさんに伝えられるのでしょうか。あれこれ考えてみても、やっぱりその物のよさは使ってみないことにはわからないと思いました。そこで、工芸品をさまざまな年齢や職種の方に暮らしのなかで使ってもらい、その感想をうかがいながら、工芸品の良さや魅力を伝えていきたいと思います。
最初にご紹介するのは、群馬県桐生市で染色を中心にテキスタイルの販売なども手がける〈朝倉染布(あさくらせんぷ)〉さんの“超撥水”加工を施した撥水風呂敷〈ながれ〉です。創業120年ほどの老舗のメーカーながら、技術革新にも積極的に取り組み、“超撥水”加工のテキスタイルを開発し、現在、風呂敷を中心にテキスタイルとしての可能性をさまざまな商材に展開しています。
このプロダクトで気になったのは“超撥水”というワードです。傘や雨合羽、その他アウトドア製品でも、防水や撥水というワードはよく目にしますが、実際は何が違うのでしょうか。
完全に水を遮る防水の多くは、ビニールや塗膜などで完全に遮断することで水を通さないという性質を持っています。ですが、同時に空気も遮断するため、通気性がよくありません。実際、カッパなどを着たときに嫌な蒸れを感じたことがある方もいらっしゃるかと思います。一方で水や汚れを弾く性質を持つ撥水は、繊維自体に水を弾く加工を施すことで水を通しにくくするもので、完全に水を防ぐことはできませんが、濡れにくくなり、空気も通すので蒸れにくいことが特徴です。
この撥水加工技術を極限にまで高めることに成功したのが〈朝倉染布〉さんの“超撥水”加工です。もとは赤ちゃんのおむつに使われていた技術で、現在は競泳の水着などにも採用されており、繊維1本1本にフライパンのテフロン加工のようなイメージで炭化フッ素コーティングを施すことで高い撥水効果を生み出しています。
“超撥水”は、極限にまで高めた撥水性によって、面に対して150度を超える接触角で水滴が接する現象のことです。接触角とは、落とした液滴と物質の表面とで形成される角度のことを指し、表面の濡れやすさを測定する方法のひとつです。例えば、テフロンなど撥水性に優れた物質の表面の接触角は180度に近く、このとき、乗った液滴はほぼ球形になるとのこと。
一般的な布地の接触角は100度〜120度程度なのに対し、撥水風呂敷〈ながれ〉の接触角は150度で、高い撥水性能を持っていることが明らかにわかります。また、“超撥水”の性能は、約50回洗濯にかけてもほぼ変わらず、安心して洗濯ができます。「ここ、結構自慢なんです」と〈朝倉染布〉さんは控えめにおっしゃっていましたが、“超撥水”の布地の実現と、さらには洗濯耐久性を両立させるということは、とても高度な技術を要するものです。この技術が、古くから繊維業で栄えてきた群馬・桐生の織の技術と融合して、超撥水の風呂敷として生まれ変わりました。
”超撥水”という言葉だけ見るとイメージがしにくいかもしれません。百聞は一見に如かず、ということで、実際に撥水風呂敷〈ながれ〉に水をかけてみました。
すごい、確かに弾く! 布の質感なのに、まるで水滴を浮かせているかのように水を弾くのです。指で水を押すと、まるで踊るように布の上をするすると転がっていきます。正直、わたしも想像以上でした。現在は、撥水加工の素材としてはもちろん、風呂敷やコート、傘入れなど水と関係するさまざまな商材に展開しています。
驚くほど水を弾く”超撥水”加工のテキスタイルでつくられた撥水風呂敷〈ながれ〉を、東京在住でIT企業に勤務する石川ゆかこさん(20代)に普段の暮らしの中で使ってもらいました。
石川さんは、日常的に風呂敷を使ったことはないようでしたが、「週末に友人と出かけることも多く、利用シーンは結構ありそう」とのことで、あまり制約は設けずに1週間程度の期間で使い方やシーンなども考えてもらいました。
実感するのは技術の高さと手軽さ最初に撥水風呂敷〈ながれ〉をお渡ししたときは「風呂敷って普段使わないからうまく使えるかな」と、あまり使うイメージが湧いていないようでした。ですが、1週間後にお話をうかがったときには、「一見、柔らかな普通の布なのに、まったく水に濡れない。水がコロコロと転がる様子にびっくり!」「風呂敷というものに馴染みがなかったけれど、かさばらず、軽量で持ち運びもしやすいし、日常のちょっとしたことに使えてすごく便利なツールだと感じました」という反応が。風呂敷は家の中よりも外出時に使用することが多く、石川さんは以下のようなシーンで活用していたとのことです。
・外出時にテーブルクロスとして使用・スーパーで購入したものを包む・カバンに入れるペットボトルなどの水滴が付着するものを包む
水だけでなく水分はほとんどを弾くことができ、汚れも付着しにくく落としやすい撥水風呂敷〈ながれ〉は、使用後も濡れや汚れを気にせず持ち運べるので、ピクニック・花火・ホームパーティ・野外フェスなど、これからの季節、活躍の場は多くなりそうです。
ほかの活用方法はないかと尋ねると、「雨の日はカッパとしても使えそう。 通気性が良くてビニールみたいに蒸れないから、さらりと羽織れてすごくいいですね」「傘をさしていてもカバンが結構濡れるので、これで包めば書類とかパソコンが濡れなくてよさそうです」「氷嚢をよく使うのだけど、普通のタオルだとすぐに濡れてしまうので、これで包むといいかもしれません」など、石川さんからさまざまな活用用途のイメージをいただきました。「観葉植物のポットでちょうどいいものがないので、代わりに使えないかな」など、なるほど! と思う提案も。
バリエーションで広がる可能性今回は平織り105センチの撥水風呂敷〈ながれ〉を使用してもらいました。「もう少しサイズを小さくして、柄や色がもっとポップだと、若い女性も好んで使用してくれるんじゃないか」「少し生地がかたいので、本格的なファッションとしては取り入れにくいかも」という意見もありました。そのような声に応え、現在〈朝倉染布〉では、大きさや色の展開がどんどん増えており、オーダーメイドの相談もできます。お手入れも洗濯をするだけで簡単なので、手入れが苦手なわたしでも大丈夫そうです。
最後に石川さんから「日常での利用シーンがたくさんあるので、普段使いができる。今後も持ち歩きたいです」という言葉をいただきました。”超撥水”という言葉からは想像できないほど、身近で気軽で、活用の幅がありそうな撥水風呂敷〈ながれ〉。わたしもカバンに1枚常備したいと思います。
information
朝倉染布株式会社
古くから織物のまちとして知られている桐生の地に「朝倉織物整理工場」として1892年(明治25年)に創業。創業125年を超えた現在でも、一貫して新たな加工技術の開発・研究に取り組み、dewelry®(超撥水加工)や吸水速乾加工をはじめとする、さまざまな最新技術を誕生させている。
http://www.asakura-senpu.co.jp/
http://www.nagare-furoshiki.com/ja/concept.html
●今回の商品撥水風呂敷〈ながれ〉
writer profile
Tomohiko Nihonyanagi
二本栁友彦
にほんやなぎ・ともひこ●大学在学中からさまざまなアートイベントにスタッフとして携わり、建築設計事務所勤務を経て民間初の廃校活用施設「IID 世田谷ものづくり学校」を運営する株式会社ものづくり学校に入社。企画室長・広報を務める。2014年IIDを卒業、渋谷道玄坂でFabCafe東京の運営も手がけるクリエイティブエージェンシー〈株式会社ロフトワーク〉に入社。主に行政、地域に関連する業務を担当している。同時期に〈Wonder for Bridge.LLC〉立上げに参加、共同代表を務める。ふぐ食文化の日常化を目指す「世界ふぐ協会」理事。お酒(主に日本酒)を媒介に東京と地域のコミュニティをつなぐ「だめにんげん祭り」幹部。大阪のクリエイティブクラスター「メビック扇町」のエリアサポーター。清澄白河のギャラリー&スナック「ちんぷんかんTOKYO」の共同オーナー。ジャパンブランドに携わるあらゆる人々に開かれたオープンプラットホーム「JAPAN BRAND FESTIVAL」代表など、さまざまなプロジェクトに関わる。「世田谷パン祭り」や「二子玉川ビエンナーレ」をはじめ、イベントの立上げや実行委員としての活動も行っている。