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東映特撮の危機を救い、新たな未来を切り拓いた男! 東映TVシリーズ『スパイダーマン』とは何か

マイナビニュース のロゴ マイナビニュース 2020/03/23 17:43 秋田英夫
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日本コロムビア『エキセントリック・サウンド・オブ・スパイダーマン』レコードジャケット(イラスト:板橋しゅうほう/著者私物)

特撮TVドラマシリーズ『スパイダーマン』東映TVシリーズより、「超合金魂 GX-33R レオパルドン&マーベラー召喚セット」、アクションフィギュア「S.H.Figuarts スパイダーマン(『スパイダーマン』東映 TV シリーズ)」のほか、玩具菓子(食玩)「スーパーミニプラ スパイダーマン レオパルドン」、Tシャツやアクセサリーなどのアパレルグッズ、カプセルトイなど多数の新商品が、2020年5月より順次発売されることが23日、発表された。

『スパイダーマン』といえば、アメリカ・マーベルコミック社が1962年に生み出したスーパーヒーローであり、現在までに何度も映画化され、世界中に熱狂的なファンを生み出している人気キャラクターである。そんなスパイダーマンだが、今から42年前となる1978年には、日本の「特撮ヒーロー」として子どもたちから愛された"事実"があった。ここでは、東映が製作したテレビシリーズ『スパイダーマン』について振り返ってみたい。

『スパイダーマン』(東映TVシリーズ)とは、1978年5月17日から1979年3月14日まで全41話を放映し、1978年7月22日に劇場版が上映された、東映製作の特撮テレビドラマである。それまで日本における『スパイダーマン』といえば、池上遼一&平井和正によるコミック版『スパイダーマン』や、アメリカのアニメ版(日本語吹替え)が認知されていたが、東映の『スパイダーマン』はそれらとはまったく異なる世界観、設定で作られることになった。

1978年はマーベルコミック社が日本への本格的進出を狙い、自社コミックのプロモーションを積極的に行っていた時代だった。同年に光文社から『スパイダーマン』『ファンタスティック・フォー』『ミズ・マーベル』といったアメコミ作品が日本語版として刊行されたのも、マーベル社の日本進出戦略のひとつだった。そんな中、マーベル社は東映とのキャラクター使用(約3年間)の契約を結び、これがきっかけとなって『スパイダーマン』が東映のテレビドラマとして企画されたのであった。

1978年といえば、東映の特撮ヒーロージャンルにとって"危機的状況"にあった時代だと認識されている。1976年に作品本数でピークを迎えた東映特撮だが、1978年を迎えるまでにはそのほとんどが終了。さらには『ジャッカー電撃隊』(1977年)の後番組がファミリー向けファンタジードラマ『透明ドリちゃん』(1978年)となり、『ロボット110番』(1977年)の後番組がこちらもファミリー向け青春スポーツドラマ『がんばれ!レッドビッキーズ』(1978年)となり、あくまで一時的だが「特撮ヒーロー」あるいは「キャラクター」をメインにした東映作品が姿を消す現象が起きた。このころの東映では、特撮キャラクターに頼らない"ファミリー向け"ドラマの方向性を探っていたこともあり、良質の作品が次々と生み出されてはいたものの、このままでは特撮ヒーロー&キャラクター作品が作られなくなるかもしれない、という懸念も(視聴者サイドに)少なからずあった。

そんな中、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978年)やアメリカのSF超大作『スター・ウォーズ』(1977年/日本公開1978年)の大ヒットを受けてSFブームが巻き起こり、東映でも特撮映画『宇宙からのメッセージ』(1978年)およびテレビ版『宇宙からのメッセージ銀河大戦』でブームを盛り上げていた。東映版『スパイダーマン』はちょうどこのようなSFブームを見すえて企画され、作品世界にSF風味――具体的には「宇宙」――を盛り込む流れが自然に起きていた。

『スパイダーマン』の企画は当初、大人向け1時間ドラマとして構想が練られていたが、早い段階で30分枠の特撮テレビドラマへと修整されていく。この時点で、東映特撮テレビ史上かつてない「大胆なアイデア」が投入された。それは「スパイダーマンが巨大ロボットに乗り込んで敵と戦う」というものだった。

東映としては本作以前に『大鉄人17(ワンセブン)』(1977年)ですでに巨大ロボットが活躍する特撮テレビシリーズを作っており、ロボット形態から要塞&飛行形態へと「変型」するシステマチックなギミックを搭載した商品(ポピーDX超合金)も好評だった。さらに、70年代後期の東映特撮ヒーロー作品では、『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975年)のバリブルーン、バリドリーン、『ジャッカー電撃隊』のスカイエース、ジャックタンク、『アクマイザー3』(1975年)のザイダベック号など、等身大ヒーローのアクションと共にメカニック特撮の魅力をも積極的に打ち出す傾向があり、スパイダーマンにも巨大ロボット(飛行メカ・マーベラーからレオパルドンに変形)を力強い味方としてつけるアイデアが必然的に生まれたと考えられる。

こうして製作された東映版『スパイダーマン』は、JAC(現:JAE)の精鋭メンバーによってスパイダーマンの超人的アクションが具現化され、東映ヒーローファンに加えてアメコミのオリジナル『スパイダーマン』ファンをも驚かせた。カメラを反転させて床を天井に見せるカメラトリックや、巧みなワイヤーアクションを用いて、建物のあちこちをスルスルと渡っていくスパイダーアクションが評判となり、スーツアクションを務めた古賀弘文は中盤以降のオープニングで「スパイダーマンアクション/古賀弘文」と単独でクレジットされるようになった。

アメコミの『スパイダーマン』にも見受けられる「苦悩する等身大のヒーローキャラクター」というイメージは、本作のプロデューサー・吉川進氏の方向性と合致しており、『スパイダーマン』(東映TVシリーズ)には吉川氏が手がけた『ジャッカー電撃隊』の前半にも共通する「アダルトタッチのシリアスドラマ」というムードが貫かれている。鉄十字団に故郷を襲撃されたスパイダー星人ガリアの"復讐"を受け継ぐと同時に、宇宙考古学者の父を殺された自身の"復讐"を果たすべく、スパイダーエキスを注入された青年・山城拓也はスパイダーマンとなってモンスター教授に挑んでいく。スパイダーマンの左手にはめられたスパイダーブレスレットはスパイダーネットやスパイダーストリングスを射出するほか、スパイダーマシンGP-7やマーベラーを呼ぶ通信機の役割を果たす。

『スパイダーマン』(東映TVシリーズ)が放送されていた1978年は、円谷プロの『ウルトラマン』シリーズが再ブームとなったほか、往年の人気ヒーロー(特撮・アニメ・コミック)の活躍をふりかえる「リバイバルブーム」が起きていた。ウルトラマンに続けとばかりに児童雑誌『テレビマガジン』(講談社)や『テレビランド』(徳間書店)では「仮面ライダー」のリバイバル特集が大人気となり、1979年秋の『仮面ライダー(新)』"復活"の道筋を作っている。そして1979年2月には、制作体制を一新して、再スタートを切ったスーパー戦隊シリーズ『バトルフィーバーJ』が放送され、東映特撮ヒーローはふたたび勢いを取り戻し始めた。

東映特撮ヒーローが危機的状況にあった1978年、子どもたちの絶大なる支持を得た『スパイダーマン』(東映TVシリーズ)だったが、東映とマーベルとの契約終了にともない、長らく映像そのものの視聴が困難な時期があった。そんな中、2005年に『スパイダーマン 東映TVシリーズ DVD―BOX』が東映ビデオから限定販売され、ファンからの注目を集めた。同時にバンダイからも「超合金魂GX-33レオパルドン&スパイダーマン」が発売。マーベラーから完全変形する「レオパルドン」、「ソフビ魂スパイダーマン」「キャラウィール スパイダーマシンGP-7」のセットという豪華内容で、世界の『スパイダーマン』ファンを歓喜させた。

3月26日に発売される『フィギュア王』No.266(ワールドフォトプレス)では、今回新しく商品化される「S.H.Figuartsスパイダーマン」「超合金魂レオパルドン&マーベラー召還セット」に連動し、『スパイダーマン』(東映TVシリーズ)の大特集が組まれている。キャラクター紹介、マシーンベム&鉄十字団オール図鑑、グッズコレクションなどに加えて、スパイダーマン/山城拓也を演じた藤堂新二、当時東映とマーベルとの橋渡し役を務めたキーパーソンのジーン・ペルク、そしてレオパルドンなど主役メカのデザインを手がけた村上克司のスペシャルインタビューが掲載されている。『スパイダーマン』(東映TVシリーズ)をこよなく愛するファン諸兄はもちろんのこと、今回初めて東映特撮ヒーローとしての『スパイダーマン』の存在を知ったという方まで、ぞんぶんに楽しめる内容だといえる。

(C)2020 MARVEL Based on original 1978 Spider-Man TV Series created by TOEI Company, Ltd.

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