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『この世界の片隅に』が「希少価値の高いドラマ」である理由…なぜ視聴者は深く感情移入?

ビジネスジャーナル のロゴ ビジネスジャーナル 2018/08/20 16:00 株式会社サイゾー

 原作漫画とアニメ映画版のヒットに加え、「夏に戦時中の物語を放送する」という挑戦作だけに、スタート前から話題を集めていた『この世界の片隅に』(TBS系)。

 視聴率は、10.9%、10.5%、9.0%、9.2%、8.9%(ビデオリサーチ、関東地区)と2ケタ前後で推移。「2ケタで御の字」といわれるなか、当作が放送されている『日曜劇場』は視聴率15%前後をキープする民放トップの枠だけに、数字上は成功とはいえないだろう。

 一方、視聴者からの評判は、「内容も俳優も朝ドラっぽい」「現代パートが邪魔」などの批判と、「心温まるやり取りに癒される」「キャストがハマっている」という称賛で、まさに賛否両論。ただ、前回放送の5話では、北條すず(松本穂香)、北條周作(松坂桃李)、水原哲(村上虹郎)の複雑な心の動きが描かれるなど、回を追うごとに俳優とキャラクターが一体化し、「脚本を手がける岡田惠和の筆が乗ってきた」という印象も受ける。

 視聴率低迷の原因はなんなのか? どんな狙いがあり、どんな誤算があったのか? じっくり紐解いていく。

●女性中心の物語と『日曜劇場』のミスマッチ

 低視聴率の原因は、『日曜劇場』とのミスマッチに尽きる。この2年間を振り返ると、『日曜劇場』は『ブラックペアン』『99.9 –刑事専門弁護士-』『陸王』『小さな巨人』『A LIFE ~愛しき人~』を放送。それ以前も、『下町ロケット』『半沢直樹』などの池井戸潤原作ドラマで“男同士の熱い戦い”を描いてきた。

 それだけに、女性たちを中心に描く『この世界の片隅に』と『日曜劇場』の視聴者層とのマッチングには疑問が残る。家事や人間関係、夫や幼なじみなどの男性像が女性目線で描かれているだけに、しっくりこない男性視聴者は少なくないだろう。

 キャストも、松坂桃李、村上虹郎というど真ん中のイケメンをそろえた男優に比べ、尾野真千子、二階堂ふみ、伊藤沙莉ら女優は演技力重視のセレクト。ヒロインの松本穂香も、美しさより役柄との相性で選ばれているように、全体的に女性視聴者向けのキャスティングといえる。「朝ドラっぽい」といわれるのは、このような女性目線によるものではないか。

 もともと、高視聴率を連発する『日曜劇場』が唯一苦手としているのが夏の時期。2017年夏の『ごめん、愛してる』、2015年夏の『ナポレオンの村』、2014年夏の『おやじの背中』が全話平均視聴率1ケタに沈み、2016年夏の『仰げば尊し』も10.5%にとどまった。毎年、『日曜劇場』らしい“男同士の熱い物語”ではなく、さまざまな作風でチャレンジしているが、視聴率という結果は残せていないのだ。今夏も作風こそ異なるものの、同じ道を歩んでいるのかもしれない。

 ただ、すでに多くの人々がわかっているように、視聴率はリアルタイム視聴のみを切り取った限定的なデータにすぎない。作品の質との関連性はほぼないだけに、低視聴率報道にとらわれず、みなさんの目で見極めてほしいところだ。

●生々しい濡れ場を“お約束”に

 前述した女性目線という点で際立っているのは、ロマンティックで生々しい濡れ場。すずと周作のキスシーンがたびたび描かれたほか、5話では水原がすずに頬を寄せて、「すずはぬくいのう、やわいのう、あまいのう……」とキスを迫る色気たっぷりのシーンがあった。いずれも「イケメンが優しく女性をリードする」という構図であり、当作におけるお約束シーンとして女性視聴者を喜ばせているのは間違いない。

 そもそも、原作者のこうの史代も、ドラマ版のプロデューサー・佐野亜裕美も女性であり、脚本の岡田惠和も『ちゅらさん』『おひさま』『ひよっこ』の朝ドラ3作を手掛けただけに、濡れ場に限らず女性目線の物語に説得力がある。その意味で、5話の繊細なシーンは視聴者の心を大きく揺さぶった。

 まず水原は、場違いであることを承知で、死ぬ前に想い続けてきたすずの嫁ぎ先に押しかける。豪快に振る舞いながらも、2人きりになって気持ちを抑えきれない水原はすずに迫ってしまう。しかし、周作への愛情を知って、「困らせたのう。悪かった。1日くらい、今日くらい、甘えとうなった。許せ」と冷静になり、「すずが普通で安心した。ず~っとこの世界で普通で、まともでおってくれ」「わしが死んでも、笑うて思い出してくれ。それができんようなら忘れてくれ」と切なさを振り払うように語った。水原を演じる村上虹郎にとっては、「文句なしの見せ場だった」といえるだろう。

●3人の葛藤を集約した径子のセリフ

 そんな水原を見る周作の心は、さらに複雑。すずと水原を納屋で2人きりにさせるべく鍵をかけたのは、「2人はずっと両想いだったのではないか」と感じた上に、水原には兵として前線に出ていない者が抱える後ろめたさも感じていたから。

 さらに深読みすれば、白木リン(二階堂ふみ)の代わりにすずを選んだ結婚のいきさつ、口の悪い小姑・径子(尾野真千子)と足の悪い姑・サン(伊藤蘭)の世話をさせている苦労、すずと北條家に子どもを授けてやれないことに対する男としての不甲斐なさを感じていたようにも見える。

 そして、すずは2人の特別な男の間で揺れていた。周作に鍵をかけられたことに動揺しながらも、水原から迫られて「私はいつかこういう日が来るのを待ちよったんかな。そういう気がする……」と過去の思いに溺れかける。しかし、ギリギリのところで「でも、こんなにそばにおっても、ウチは今、あの人に腹が立って仕方がない!」と我を取り戻して、周作への怒りを水原にぶつけた。

 そんな3人の葛藤を集約していたのは、鍵をかけてすずを締め出した周作に語りかけた径子のセリフ「あんたも複雑じゃね」。近年、連ドラはわかりやすさを重視するあまり、説明セリフやナレーション過多になりがちだが、当作は視聴者に「登場人物の心情に思いをはせる」余白を与えている。「ゆったりとしたテンポで心の機微を丁寧に描こう」という志の高さも含め、当作の希少価値は極めて高い。

© Business Journal 提供

●地味で暗いが、愛おしく心に染みる物語

 だからこそ、視聴者は放送を重ねるたびに、すず、周作、水原に感情移入し、愛着が湧いていく。『この世界の片隅に』は、普段の『日曜劇場』のような悪を成敗する爽快感は得られない。そのため、「地味」「暗い」などといわれがちだが、市井の人々を力まず急がず淡々と描く当作は、「地味だが愛おしい」「暗いけど心に染みる」、そんな作風になっている。

 19日放送の第6話は、空襲に見舞われるなど、いよいよ戦争の陰が色濃くなるなか、すずとリンの再会や、すずと周作が離れ離れになるシーンなどが描かれる。原作やアニメ映画版を見た人は悲劇的な展開を知っているからこそ、それをドラマ版のスタッフとキャストがどう脚色するのか? 彼らにとっては腕の見せどころだけに、ぜひ注目してほしい。
(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)

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