ムロツヨシとは何者か? 【てれびのスキマ】
■ ウザくてキレイな野心が武器。ムロ流外交術
あのムロツヨシが、戸田恵梨香の恋人役――。
しかも、TBSの看板枠である「金10」の連ドラ。しかも、コメディではなく本格ラブストーリードラマ、しかも主人公の相手役で、“恋敵”は松岡昌宏……。
失礼ながら、ほんの数年前までは絶対に考えられなかった起用に、多くの視聴者が驚いたはずだ。きっとムロツヨシ本人も驚いたに違いない。
ムロツヨシといえば、本人も「喜劇役者」を自称する通りコメディドラマの名脇役として今や映画・ドラマのみならずコント番組にも引っ張りだこだ。もちろん、シリアスな作品でシリアスな役柄を演じることもあるが、純粋な恋愛ドラマでメインの役どころは記憶にない。愛だの恋だのという話にはかなり遠いイメージがある。けれど一方で、その愛されっぷりは、テレビで活躍する俳優の中でも図抜けている。
「役者? ムロツヨシ」
まだ仕事がなかったころ、ムロツヨシはそんなふうに書かれた名刺を自作していた。
「待ってたら仕事は来るもんだ」
ムロも役者を始めたばかりのときは漫然とそんなことを考えてフリーとして小劇場界の中でさまざまな舞台に参加していた。だが、もちろん一向に仕事は来なかった。
そもそもムロが俳優を志したのは、学生時代に観た舞台がきっかけだった。深津絵里を生で見たいというミーハーな気持ちで見に行った芝居に「俺がやりたいのはこれだ!」と確信。すぐに養成所に入ったが鳴かず飛ばずの日々が続いた。1年で養成所を辞めると、劇場を自ら予約するという驚異的な行動力を見せ始める。たった一人で全てを手配し、一人舞台を行った。2日間の公演には、友人・知人ばかりだったが、満員の客が詰め掛けた。だが、まったく笑ってもらえず失意のムロはバイト生活に明け暮れた。
それでも役者の夢を諦めることはできなかった。そこから数多くの劇団に客演をしながらムロは自ら売り込むことにした。
ある舞台の打ち上げに、本広克行が訪れていることを知らされる。言わずと知れた「踊る大捜査線」(フジテレビ系)シリーズの演出を手掛けた大物だ。
ムロはこのチャンスを逃すわけにはいかないと、本広の隣に座り矢継ぎ早に話し掛けた。
「ムロツヨシです、使ってください」「ムロツヨシはこう思う」「ムロツヨシはこう考えてます」「ムロツヨシもそう思います」とひたすら名前を連呼し、名刺を渡し、自分の名前を必死で覚えてもらおうとした。
「うぜーな、おまえみたいなの苦手なんだ」と本広に嫌がられても、ムロは引かない。
「分かります。ムロツヨシも嫌いです」
そのウザい売り込みが功を奏し、ムロは本広が監督を務めた映画「サマータイムマシン・ブルース」(2005年)に起用される。
「おまえの野心はキレイだ」
本広はカッコつけず「売れたい」と主張するムロの態度を気に入った。
初の映像作品の仕事、いや、それどころか、初めてちゃんとギャラをもらった役者仕事だった。
その後、ムロは「踊る」シリーズなどをはじめとする本広作品の常連となっていく。深津絵里見たさで行った舞台がきっかけで役者を始めたムロが、彼女の代表作の一つであるシリーズに出るようにまでなったのだ。
ムロツヨシは、相手にウザいと思われたとしても気にしない。むしろ、そこからがムロの人間関係構築の始まりだ。積極的に近づけば近づくほど、それをウザいと嫌う人もいる。けれど、嫌われた人にもさらにグイグイ近づいていく。すると、いつの間にか、相手が根負けするのか、あるいは、慣れてしまうのか、嫌っていた人にも受け入れられ仲良くなっていくのだ。ひとたびムロのそのウザさに慣れてしまうと、それがいなくなってしまうと無性に寂しくなる。だから、ムロの周りには多くの人たちが集まってくるのだ。小栗旬、山田孝之、森山未來、松田龍平……、そして小泉孝太郎から果ては元総理の小泉純一郎までムロの交友関係は俳優界随一だ。それはテレビでも同じ。最初は、何だこの悪目立ちしている奴は、と思っていたら、いつの間にか、中毒のようにムロがいないと物足りなくなってしまった。ウザさは愛おしさの裏返しにもなるのだ。
(文・てれびのスキマ)
◆てれびのスキマ=本名:戸部田誠(とべた・まこと) 1978年生まれ。テレビっ子。ライター。著書に『1989年のテレビっ子』『タモリ学』『笑福亭鶴瓶論』など多数。雑誌「週刊文春」「週刊SPA!」、WEBメディア「日刊サイゾー」「cakes」などでテレビに関する連載も多数。2017年より「月刊ザテレビジョン」にて、人気・話題の芸能人について考察する新連載「芸能百花」がスタート(ザテレビジョン)