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樹木希林さん葬儀:本木雅弘が“最期”を語る 「毎晩、裕也さんに会いたがっていた」に家族も驚き

MANTANWEB のロゴ MANTANWEB 2018/09/30 12:16 MANTAN Inc.
会見した本木雅弘さん © MANTANWEB 会見した本木雅弘さん

 15日に東京都渋谷区の自宅で死去した女優の樹木希林さん(本名・内田啓子)さん(享年75)の告別式が30日、光林寺(東京都港区)で営まれた。女優でエッセイストの長女・内田也哉子さんの夫で俳優の本木雅弘さんが、告別式の前に会見を開いた。本木さんは、樹木さんの入院中、看護師から「『毎晩、(内田)裕也さんに会いたいとおっしゃってます。お会いになった方がいいんじゃないですか?』と言われて、それには家族で驚いた」と明かした。

 さらに本木さんは、亡くなる直前、入院中の樹木さんが「私、帰る!」と言い出したことを明かし、「自宅で24時間介護ができるよう整え、無事に帰宅できました。その夜は孫が学校の友人と撮影した『おかえりばあば』って言っているビデオをうれしそうに眺めていました」と語った。その日に急変したという。

 最期は、本木さんら家族が樹木さんの手をさすり、頭をなでたりした中、内田裕也さんに電話をつないだという。本木さんは「電話口で裕也さんが『おい、しっかりしろ!』と声をかけていた。『意識と体の状態が離脱する状態だったのですが、やはり聞こえているようで。そういう反応があるというのを(内田さんに)実況した。そのうち、感覚がなくなっていって……」と説明した。

 現在の心境を聞かれると、本木さんは「家族として落ち着いて振り返る暇、心に余裕がない状態ですが、いろいろな形で取り上げてくださって、私たちが知らない樹木さんのことを知って、まだ生きているような気分」と告白。本木さんは、8月30日のイベントで樹木さんが大腿骨を骨折し、一時危篤状態であったことを明かしていた。「正直、一進一退を繰り返しながらの歩みでした。実は春に余命宣告されていて、私たち家族もそのことと向き合いながら、樹木さんの哲学というか、自然に生きていきたいというのがあったので、それを受け止めるのに、家族も時間がかかった」と、語った。

 同所での告別式は、樹木さん本人の意志で決めたという。本木さんは当時について「『私が好きな光林寺で』と言われ、私たちも下見に来て、春先に。(葬儀の)内容は『とにかく残された者たちのものだから勝手にやって』と(笑い)」さらに、「私が先か、裕也が先か分からないわよ』と、あっけらかんとしていました」と話した。本木さんは「看取ることができて安心しています。婿として本当に大事にしていただきました。常に何かをもたらせてくれる人でした」と樹木さんへの感謝も語っていた。

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