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阿川佐和子と加藤綾菜が“看取りトーク”「加トちゃんのオムツ替えはショックすぎる」

週刊女性PRIME のロゴ 週刊女性PRIME 2021/10/14 11:00 週刊女性PRIME [シュージョプライム]
加藤綾菜(左)と阿川佐和子(右) © 週刊女性PRIME 加藤綾菜(左)と阿川佐和子(右) 加藤綾菜(左)と阿川佐和子(右) © 週刊女性PRIME 加藤綾菜(左)と阿川佐和子(右)

 晩年、認知症を患った母を介護ののち見送った阿川佐和子さん。介護の勉強をしながらも、まだ夫の介護への心の準備はできていないという加藤綾菜さん。身内の「介護」「看取り」についての本音トーク。

加トちゃんにすすめられた『看る力』

綾菜 実は、阿川さんの『看る力 アガワ流介護入門』という本、加トちゃんが先に読んでいて、私にすすめてくれたんです。「ずっとご両親の介護をされてきた阿川さんの話は、とても参考になると思うよ」って。すぐに私も読ませていただいて、目からウロコが落ちるような興味深いお話が盛りだくさんでした!

阿川 私は、そんなにたいそうなことをやってきたわけではないんです。ざっと振り返ると、父は足腰が弱ってきて自宅で転倒し、頭から出血したので病院に運んだところ、ケガはともかく誤嚥性肺炎を起こしているとわかって入院したんです。

 それは奇跡的に回復したものの、体力はなくなっているし、そのころから母は認知症が進んでいたので、家に帰すことはできないということになりました。

綾菜 その当時、阿川さんはひとり暮らしをされていたんですよね?

阿川 そうです。最初は、娘の私が仕事を整理して実家に戻り、両親のケアをするしかないかと思ったりもしたんです。でも、友人知人に大反対されて。「そんなことをしたら、いずれあなたがつぶれるよ」って、介護経験者はみんな口をそろえて言うんですよ。

綾菜 いつまで続くのかわかりませんしね。専門家の方にお話を伺った際も「介護離職はしないと決めておくことが大事」とおっしゃっていました。

阿川 本当にそうだと思います。そこで、たまたま友人に紹介してもらった老人専門病院に父を移したのです。『看る力』の共著者でもある大塚宣夫先生が会長をされているところなのですが……。

綾菜 その病院が本当に素晴らしいんですよね。お父さまはずっとそこで過ごされたのですね。

阿川 '15年に94歳で亡くなるまで3年半ほど過ごしました。食べることだけが楽しみのような父が、そこの食事を「おいしい!」と。昔から「俺を老人施設に入れたら死んでやる」とまで言ってたのに渋々OKしてくれました。

綾菜 お母さまは、ずっと自宅で過ごされていたのですか?

阿川 私が子どものころに住み込みのお手伝いさんをしてくれていた方が70代になっていて、週に何回か来てくれることになりました。昔から母のことをとても慕ってくれていて、私にとっても姉のような存在。

 心から信頼できる方に手伝っていただけたのは、とてもラッキーでしたね。彼女が来られない週末は、私と兄弟やその家族がシフトを組んで実家に泊まることにして、母を1人にしないようにやりくりしていました。

今の状態を受け入れるとケアするほうも楽になる

綾菜 入院中のお父さまと認知症のお母さま、双方のケアは大変でしたね。

阿川 わがままな父は病院で「ウナギが食いたい」なんて言うんです。さすがにそれはダメだろうと思って先生に聞くと「いいですよ。食べたいものはのどを通るんですよ」って。お酒もOK、外食もOKで、私もせっせとお酒や食材を運んでいました。後半は、病室ですき焼きまでしていましたからね(笑)

綾菜 それはすごい! いい病院ですね~。

阿川 一方の母は認知症になっても性格は穏やかなままで助かりました。最初のころは、何とかして元に戻そうとしてイライラ、カッカしていたんですが、途中からだんだん“今の状態の母”を受け入れるようになってきて。

 そうすると、笑えることも多くなってきたんです。例えば、私が来て3時間ほどたつのに突然「あら、びっくりした! いつ来たの?」って(笑)。トイレに行って戻ってきたらまた私の顔を見て「あら、びっくりした!」その繰り返し。

 忘れていることを思い出させようとか、真実を伝えなければならないという考えを捨てて、今ここにいる母との会話を楽しむという方向で対処すると、ケアするほうも楽になるんですね。

綾菜 過去のことや5分後のことで思い悩むより“今”が大切ですものね。でも、なかなかそこまで達観するのは難しいように思います。

阿川 これは一般論ですが、男性のほうが母親に対する理想像があって、なかなか現実を受け入れられないところがあるような気がします。

 女性は毎日起きることにどう対処するのか、ご飯はどうしようか、とかすぐさま対応策を考えますよね。とっても現実的なんです。

綾菜 悲観してばかりもいられない。そこは女性のほうが強いのかもしれません。でも、介護中にカーッとなったりしたことはありませんか?

阿川 もちろん、ありましたよ。でも、幸いなことに、認知症の人って引きずらないのね。私が“何度言ったらわかるの!?”と叱ってしまい、母は泣いていても、5分もたつとケロッとしているの。それはありがたいことでしたね。

綾菜 認知症も初期のころは、本人も苦しいんですよね。

阿川 そうなんです。母も初期のころ、物をため込んで捨てられなくなっていたんです。家中に不用なものがあふれかえっているのを見て、ある時私がこっそり整理をしていたら、その中に母のメモがあって「忘れた、忘れた、バカ、バカ」って書いてあったんです。それを見たときは、とても切なくなりました。

綾菜 お母さまは、お父さまが亡くなられてから病院に入ったのですか?

阿川 コロナの始まる少し前に、父がお世話になった病院にショートステイのつもりで預けたら、そこで軽い脳梗塞を起こし、昨年その病院で他界しました。父の最期には、仕事が終わってから駆けつけたので間に合わなかったんですが、母の最期には、弟と一緒に7時間くらいずっとつき添って、看取ることができたんです。

 LAに住んでいる弟もテレビ電話でつないでお別れできました。母が死ぬときは号泣すると思っていたのに、私も弟も泣かなかったんです。息を引き取るまでの母と付き合えたということがとても大事だったと実感しました

大切なのは、心の準備をすること

綾菜 看取りって、時間をかけてだんだんと死を受け入れていくことなのかもしれませんね。亡くなる本人のためというより、送る側の気持ちを整理していくのに必要なプロセスのようにも思います。

阿川 本当にそうですね。両親が亡くなったときも思ったんですが、お通夜やお葬式、初七日、四十九日という一連の儀式で少しずつ、少しずつ死を納得して受け入れていくことができたように思うんです。そう考えると、コロナなどで突然、近しい人を失ったりすると、なかなか納得できないのではないでしょうか。

綾菜 志村けんさんの死もあまりに突然だったので、加トちゃんはまだちゃんと受け入れられていないような気がします。親友の小野ヤスシさんが亡くなったときは、看取ったんですよ。あんなに泣いているのは初めて見たほど号泣していたのですが、それで唯一無二の親友の死を受け入れて、前に進もうという気持ちになれたように思います。

阿川 心の準備ができることは、とても大切ですね。

綾菜 加トちゃんの74歳になる仲よしのお友達が、この前会ったとき「自分は独身だし、両親もいないし、死ぬときは独りぼっちだな」と言ったんです。すかさず「私が看取りますから大丈夫です!」と言っておきました(笑)。

阿川 それは、そのお友達も心強いね。綾菜さんは介護のプロだし(笑)。

綾菜 でも、こんなふうに介護のことをいろんなところで話したりしていますけど、将来、加トちゃんの介護をする心がまえはできているかというと、正直、全然できていないんですよ。ほかの人ならオムツ替えでも何でも平気なのですが、加トちゃんがもしそうなったらと考えるとあまりにショックすぎて想像もつかない……。

阿川 40代のころにふと、親の介護をする日が来るんだろうかと想像したことを覚えているんです。そのころのほうが、ずっと怖かったように思います。体験した人の話などを聞いても、あれこれと想像すると恐怖心が大きかったんです。

 でも、実際にそうなると、とにかく対処するしかないですから、考える間もなくやっちゃうものなんだと思います。もちろん、大変なことはたくさんありましたよ。一度なんか、夜中にトイレに立った母が中で転んじゃって、助けようにもドアが開かなくなっちゃったりして。

「鍵、開けて~!」と外から叫んでもダメ。中でどんな状態で倒れているかもわからないし、ようやく何かの拍子に母が鍵をガチャッとはずしたのはよかったんだけど、今度は母の身体が邪魔してドアが開かない。

 手を引っ張ろうとすると痛がるし、悪戦苦闘してもうヘットヘトでした。肝心の母はケロッとしていて、私の顔を見て「あんた、きれいね~」なんて言ってるんですけどね(笑)。

綾菜 私の祖父はトイレで倒れて亡くなったんです。母が用事で東京に行っていて、私は当時、高校2年生だったんですが、弟と祖父の家に泊まっていました。夜中おばあちゃんに「おじいちゃんが倒れた」と起こされて、すぐ救急車を呼んだのですが、意識は戻らなくて……。

 母はトンボ返りで戻ってきて、みんなで付き添っていると、祖父はボロボロと涙を流していました。聴覚は最後まで残ると聞いたことを思い出して、必死で「おじいちゃん、ありがとう!」と話しかけたんですけど、結局そのまま意識が戻ることなく亡くなりました。

阿川 それは大変な経験をしましたね。聴覚が最後まで残るというのは、私も亡くなった聖路加国際病院の日野原先生からお聞きしたことがあります。おじいさまにもきっと、綾菜さんの声が届いて、気持ちは伝わっていましたよ。みんなでしっかりお別れできてよかったですね。

案ずるより産むが易し

綾菜 祖父はその前にも何回か倒れていて、一度「死ぬのが怖い」という話になったんです。その時、母と私が「おじいちゃんはこんなに頑張ってきたんだから、死ぬのは怖くないよ。次に生まれ変わってくるためのスタートだよ」と伝えて、それを手紙に書いて渡していたんです。祖父が亡くなってから部屋を片づけていたら、その手紙が布団の下から出てきたんですよ。

阿川 おじいさま、きっとその手紙をお守りのように大事にしていたんですね。

綾菜 祖父はそうやって看取れたけど、加トちゃんのときは私、どうなってしまうのかな……。考えるほどに怖くなりますけど、さっきの阿川さんのお言葉のとおり、案ずるより産むが易し、ですね。

 今、加トちゃんは減塩しているんですけど、私があんまり厳密にやりすぎて、私が作る料理がおいしくないって言うんです。試しに、宅配の減塩食を頼んでみたら「すごくおいしい!」って。最初はショックだったけど、週に数回頼むだけでもラクになったんですよね。少し力を抜いて、ボチボチやっていこうと思っています。

阿川 そのほうがいいです。あまり尽くしすぎると「こんなにやっているのに」とストレスがたまるのは、介護も日常生活も同じ。私も、父が入院していたころはよく仕事中でも電話がかかってきて「あれを買ってこい、これをしろ」と要求が厳しくて。ストレスがたまると、父から預かっていたお金で下着やタイツをこっそり買って憂さ晴らしをしていましたよ。

綾菜 かわいい憂さ晴らしですね(笑)。少しうしろめたさを感じるほうが優しくできたりもしますよね。私も、予行演習のつもりで頑張りすぎないようにします! 今日はありがとうございました。

【最近の加トちゃん家】

 本連載にお付き合いいただきありがとうございました。たくさんの方とお話しさせていただき、介護への向き合い方や看取りについて深く学ばせていただきました。阿川さん、これまで対談していただいたみなさま、本当にありがとうございました。これからも介護を学び続けていきますのでまたお会いしましょう!

 では、最近の加トちゃん家です! いつも買い出しは私ひとりで行くのですが一緒に行きたいと言うので久々に2人でスーパーへ。私が食材を選んでる間に旦那は上の階の日用品売り場へ。嫌な予感。久々の買い物でうれしいのか犬のおもちゃや自分のおやつなど特大サイズの袋で4袋分購入してました。本人は大満足なご様子。うん。やっぱり次からスーパーはひとりで行こう(笑)。

PROFILE●加藤綾菜(かとう・あやな)●1988年4月12日生まれ。2011年に加藤茶と結婚し、45歳の年の差婚で注目を集めた。夫を支えるため介護を勉強。「介護職員初任者研修」(旧ホームヘルパー2級)、「介護福祉士実務者研修」(旧ホームヘルパー1級)を取得。TWIN PLANET所属。

PROFILE●阿川佐和子(あがわ・さわこ)●1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。他に『ことことこーこ』『ばあさんは15歳』『聞く力』『看る力』など。

《取材・文/中村裕美(羊カンパニー)》

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