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小栗旬、若き日の“蜷川組”での経験が役者としてのベースに「ずっと怒られてましたからね」<Interview>

ザテレビジョン のロゴ ザテレビジョン 2020/02/05 07:00 ザテレビジョン

小栗旬 © ※提供写真 小栗旬

小栗旬が、満を持して“彩の国シェイクスピア・シリーズ”に帰ってきた。

1998年にスタートし、完結まで残り2作となったシリーズ第36弾に選ばれたのは、英国史上最も悪評が高い王と言われるジョンの治世を描いた「ジョン王」。

吉田鋼太郎演出の下、約14年ぶりに当シリーズで主演を務める小栗は、世の中をシニカルに見つめる若者、私生児フィリップ・ザ・バスターを演じる。

「古典作品を演じるための“演劇筋肉”を鍛え直さねば」と語る彼の“蜷川シェイクスピア”への熱き思いや、同世代の俳優たちに感じてきた焦りや嫉妬などを聞いた。

そして、小栗が考える「王」とは一体?

小栗旬がインタビューに応じた © 撮影=永田正雄 小栗旬がインタビューに応じた

これでまた鋼太郎さんと“共犯関係”になるみたいでうれしい

――彩の国さいたま芸術劇場、そして故・蜷川幸雄氏ゆかりの作品には、2009年の「ムサシ」以来のご出演になりますね。

そうですね、もう少しで干支が1周するところでした(笑)。もう戻ることができないと思っていた場所に戻ってこられたんで、よかったというのが率直な気持ち。

しばらくこのムードから離れていた僕がちゃんと返り咲けるのか、あの当時の筋肉を呼び戻せるのか不安ですが、目いっぱい楽しみたいと思います。

――そして“彩の国シェイクスピア・シリーズ”には「タイタス・アンドロニカス」(再演)以来14年ぶりの登場です。

はい。最近は派手な演劇をやっていて、そこからまた古典のシェイクスピアに戻れるっていうのはちょっとうれしいところもあり。

しかもそれが、自分が今一番受けてみたい演出家・吉田鋼太郎だったので…演劇ってどこか筋肉みたいなところがあって、その筋肉が最近徐々に衰えて来てるんじゃないかなとも思っていたので、もう一度、“吉田再生工場”で再生してもらおうかなと思っています。

――「ジョン王」という作品の印象と、演じる“私生児”について教えてください。

脚本はまだ上がってないんですが、いろいろな翻訳を読んでみると…全然面白くない話だな、と(笑)。

蜷川さんが面白くないシェイクスピアを全部後回しにして旅立たれたので、それを継承する鋼太郎さんは大変な仕事をしているなぁと思っていたんですけど(笑)。

そんな作品を、鋼太郎さんといかに面白く、今の人たちが見られるものにするかっていうのがテーマですね。

そもそも、こういったある種の難しさを持つ作品を一緒にやろうって言われて、どういうふうにお客さんに届けようかって一緒にチャレンジできること自体、共犯関係みたいで、すごく楽しいことだなと思っているので。

しかも、「ジョン王」は演出家によって主役や見せ方が変わる芝居で、今回鋼太郎さんがチョイスしたのは、私生児を立てるということ。そこに自分を選んでくれたのはうれしいですね。

――演出家・吉田鋼太郎についての期待は?

鋼太郎さんはシェイクスピアについて考えてきた人の中でもかなり有数の人ですし、実際「アテネのタイモン」(2017年)の稽古場を見せてもらったときも、役者に対するアドバイスが的確で、役者の気持ちに寄り添いながら組み立てていた。とても優れた演出家として、全幅の信頼を寄せています。

「アテネのタイモン」も「ヘンリー五世」(2019年)も、見る前は「すげえ難しい話やるなぁ」って思ってたけど、あの膨大なセリフもすごく聞きやすい感じの日本語になっていて、ちゃんとエンターテインメントに昇華されていた。

僕自身、昔は正直難しいと思っていたシェイクスピアも、年齢とともに感じ方が変わってきています。ただ、あれだけのセリフを途切れさせずにお客さんに届けるには技術がいるので、そういうところをもう1回見つめ直したいなと思います。

――ご自身のキャリアを俯瞰されて、この作品への出演はどんな意味があり、どんな変化をもたらしそうですか?

変化か…。あまりそういう変化とかを自分の中で求めてやってきたタイプではないので、そこに関してはちょっと分からないんですけど…単純に言うと、さっき言ったように10年以上、いわゆる“古典”というものから離れていて、演劇に対する筋肉みたいなものが衰えているんじゃないかなという思いと、鋼太郎さんや藤原竜也たちがやってる作品を見に行く中で、自分だけあの時から立ち止まってるんじゃないかっていう感覚があって。

みんなはどんどんいろんな筋肉を鍛えてるのに、自分だけそこから置いてけぼりにされて、もしかしたら退化していってるんじゃないかっていう不安がある中で、やっと再びそこに戻れる。

もちろん急ピッチで“筋トレ”をしなきゃいけないんだけど、でも何か、あらためてそこに返り咲けて、みんなとの埋まってない溝や距離みたいなものを図れるいいチャンスだな、なんて思ってます。

じっくりと思いを語る小栗旬 © 撮影=永田正雄 じっくりと思いを語る小栗旬

なりたい時期もあったけど…王様になるのはもうやめました(笑)

――各方面でご活躍されていますが、やはり古典演劇がご自身のベースであるという認識は揺らがなかった?

それは間違いなく蜷川さんと鋼太郎さんのおかげだと思います。鋼太郎さんのお芝居を見ているとやっぱり…すごい抽象的な言い方になってしまうんですけど、超えなければいけない、いや、持続させなきゃいけないエネルギーというか、そういうものがほとばしってる俳優さんだなとずっと思っていて。

そこに憧れ、それを手に入れたいと思いながら生きてきましたが、そこにたどり着くのってすごい大変なことで。それができる人をそばで見られる、それでその人の教えを乞えるっていうのは、自分にとっても貴重なことだなと思っています。

――それだけ、若い頃の蜷川組での経験が大きかったんですね。

いや、もうほんとに毎回大変でした(笑)。蜷川さんにはずっと怒られてましたからね。とにかく“足りない”人間が主演に立ってる状態で、それを“足りてるふう”に見せる作業みたいなことをずっとやっていた。

今となってみたら作品に対する読み解きみたいなものの足りなさを痛感しますし、20代前半だったという人生経験の足りなさもきっと間違いなくいっぱいあったと思います。

もちろん、今この年齢になっても理解できないこともありますが、それでもあの頃よりはかみ砕ける、みたいなこともあるので。その辺の緩急みたいなことは昔よりはできるようになってるんじゃないかと思います。

パワーの強いシェイクスピアの言葉を持続して聞かせられるのは、僕らの世代では今のところ藤原竜也しかいないと思ってるんで僕は。次に自分がどれだけできるのか楽しみです。

――当時を振り返って、「今なら分かる」という言葉もあるのでは。

「楽なところに行き過ぎるなよ、小栗」って言われていた時期が結構あったんですけど、それは「今ならよく分かります」って感じますね。

楽な仕事だと思ってやっている訳じゃないけど、でも、その、ある“答え”が明確に提示されている場所に生き続けているような瞬間が非常に多くて。

そうすると「なぜこうなっていくのか」という経過を探るよりも、みんなでその答えにたどり着くことだけが目的になって、他の選択肢を自分の中で生み出すということをせずに動き出すようになるんですよ。

何かどんどん、自分の精神的な部分で考えることが、とっても安易になっていくというか…。

それを経験してきたので、やっぱりもう一度あらためて、一つの答えではないことをみんなで探すっていう作業みたいなことをすることが、本当にしんどいけど、やらなきゃいけないことだよな~っていう感じですね。

語弊を生みたくはないんだけど、何をもって「楽」かというと、そういうことというか。

もっと言うと…何ていうか、この数年、どんどん“自分も自分に期待しなくなる時間”が増えて来たんです。「まぁいっか、このままやっていけば俺、飯食っていけそうだな」なんて思っている時間が。

何かそういう状態にほとほと疲れ果てたって感じが今なので、本当にいいタイミングでこのお話を頂けたと思っています。

小栗旬 © 撮影=永田正雄 小栗旬

――では最後に、小栗さんにとって、“王”とはどんな存在ですか?

えー!(笑) うーん…吉田鋼太郎なんじゃないでしょうかねぇ。日ごろの振る舞いも王様みたいだなって思うし、傍若無人だなって思う瞬間もいっぱいありますから。

自分も何かの王みたいになりたいなって思った時期もありましたけど、何かもう、時代がそうじゃなさそうだからやーめよって思ってます(笑)。(ザテレビジョン・取材・文=坂戸希和美)

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