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TBS日曜劇場の「再放送」がこんなにも緻密な訳 再編集で「イッキ見」、苦肉の策に新たな価値

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2020/05/23 07:25 氏家 夏彦
コロナ禍で、テレビドラマは新たな価値を生み出しつつあります(東洋経済オンライン編集部撮影) © 東洋経済オンライン コロナ禍で、テレビドラマは新たな価値を生み出しつつあります(東洋経済オンライン編集部撮影)

 5月初旬、NHKはなんとリモートでドラマを制作するという冒険に挑戦しました。リモートドラマシリーズ第1弾として放送された1話目は、見ているのがかなりつらく実験の域を出るものではありませんでしたが、2話目は竹下景子、小日向文世の存在感と演技にも助けられなかなか良いものでした。

 そして3話目は柴咲コウ、ムロツヨシ、高橋一生と猫が入れ替わるという『君の名は。』のような設定ですが、これはもう十分おもしろい!テレビの新たな可能性を見せつけてくれるものでした。こんな実験は、経済がシュリンクする中でも安定した受信料収入に支えられているNHKにしかできないものです。

 新型コロナの収束が見えず緊急事態宣言が延長され、民放テレビ局も対応に追われています。バラエティー番組は総集編や名場面集などでは足りず、感染防止と制作を両立させるためリモート出演で乗り切るなどさまざまな努力が行われています。

 ニュースや情報番組も感染防止のため、局内に出演者がいるにもかかわらずスタジオ外の別の場所から出演させたり、出演者の自宅からSkypeなどを使ったリモート出演をしてもらうなど、スタジオ内の人数と密度を抑える工夫をしています。しかしドラマは無理です。各局とも撮り溜めているものがなくなると、同シリーズ過去番組の再放送などで切り抜けようとしています。

ドラマは再編集で圧縮された濃密な内容に

 民放テレビ各局が苦労する中で注目しているのがTBSのドラマ再放送です。TBSは4月スタートの新ドラマすべての放送予定は未定となったままで、過去番組の再放送を続けています。

 たとえばTBSの日曜劇場枠は、TBSの中でも旗艦ブランドです。テーマも軽い恋愛ものは少なく、普遍的で重厚なものがほとんど。キャスティングも制作費もほかより贅沢に使われるのですから、おもしろいのは当然ですが、今回の再放送のおもしろさは別のところにもありそうです。

 放送延期になっている「半沢直樹」の原作者である池井戸潤氏原作の過去のドラマ「下町ロケット」や「ノーサイド・ゲーム」の再放送は、2時間枠3回の中に、初回拡大版なども含め全10話分を再編集し、大胆にカットして詰め込んでいます。この圧縮された濃密な内容がとてもいいのです。

 普段のドラマの感覚で見ていると、大切なセリフを聞き逃してしまったりするので、とにかく集中して観ていなくてはなりません。スマホなどをいじりながらでは話の展開についていけなくなり、CMになるとやっと気を抜くことができます。これほどCMタイムがありがたいと感じたのは久しぶりです。

 そもそも再編集で元の作品をぶった切るのは、制作者にとってはとても抵抗があることです。私もバラエティ番組を制作していましたが、長い時には4時間以上の膨大な収録素材を、オンエアの時間の約45分までどんどん縮めていきます。

 半分の2時間くらいまでは簡単にできるのですが、それからが大変です。おもしろくて切りたくない!という部分でも泣く泣くカットしなければなりません。それを繰り返し、おもしろさを凝縮し、これがベスト、これ以上のものは作れないと確信したものを誇りを持って世に出します。

 私は総集編も作ったことがありますが、1カット1カットに作り手の思いがこもった作品を切り刻むのですから、本当に大変です。この気持ちは、実際にテレビ番組などを作った者でないとわからないかもしれません。

 ですから再放送と聞くと、なんとなく手抜き感が感じられるかもしれませんが、けっして手は抜いていませんし抜けません。まず短くしてもストーリーがつながるように、どこをカットしどこにつなぐのかを決めますが、それを単につなぐのでは画(え)が飛んでしまうので、違和感が感じられないように別の部分から画を持ってきたり、業界用語で画先行(えせんこう)という次のカットに前のカットの音をわずかに残したりする、非常に丁寧な編集作業をしなければなりません。

「ビンジウォッチング」という再編集ドラマの楽しみ

 さらにその後で、効果音や音楽、ナレーションなどを付け加えるMA作業をします。特に再編集でカットした前後をつなぐと、音がブツッという感じがしてしまうので前後のカットの空気音をうまく調整しなければなりません。

 紹介したのはさまざまな編集技術のごく一部ですが、こうした作業を積み重ねて総集編は作られますから、まさにディレクターズカット版と言えます。「ノーサード・ゲーム」では主演の大泉洋さんのナレーションを新たに録っていますし、視聴者からみても、とても楽しめるコンテンツになりました。「ノーサイド・ゲーム特別編」の2時間放送は、それこそあっという間に終わっていました。

 また「仁」は全22話を再編集し、3時間ごと6日間にわたる放送時間でしたが、まさにNetflixでビンジウォッチング、つまり一気見をしているのと同じ感覚で大きな満足感を得られます。これは多くの人に当てはまるようで、4月20日から26日のドラマの世帯視聴率と個人視聴率で「JIN−仁−レジェンド」26日(日曜14時)放送が6位、25日(土曜14時)放送が9位と2本ともがトップ10に入っています。

 10年も前のドラマでしかも昼間の時間帯です。新型コロナウイルスで非常事態宣言が出されていたために、在宅者が多かったこともあるのでしょうが、再編集という新たな付加価値によって予想外の健闘をしたと言えるでしょう。

 世帯視聴率も個人視聴率も、調査対象の世帯・個人のうちどれくらいがテレビの前にいたかという指標なので、どれくらい番組に集中していたかはわかりません。ところがそれがわかる新しい指標があります。TVISION INSIGHTS社の『視聴質』です。

 視聴質は非常にユニークな調査で、調査対象家庭のテレビにセンサーを設置し、テレビの前に誰がいるのか(滞在度)、そしてその人の顔の向きを測定しテレビ画面を注視しているのか、それともスマホなどを見ながら見ているのか(注視度)を調べ、それを合わせて指標とするもので、番組がどのように視聴されているかという視聴の質をデータとして客観的に評価することができます。

 そのTVISION INSIGHTS社の視聴質調査では、3月1日から4月19日に放送された再放送ドラマの視聴質ランキングに、「JIN−仁−レジェンド」4月18日放送が1位、19日放送が6位に入っています。また「下町ロケット・特別総集編」が3位、4位、7位に入っています。

 新型コロナの感染拡大で人々の心が不安定になっているときに、「人の命とは」「人の命を救う医療の本質とは」「人がすべてをなげうってでも実現すべき生き甲斐とは」など、本質的で普遍的なテーマを掲げたドラマを再編集で濃密にしたコンテンツは、初めて見る人だけでなく、一度見た人でも十二分に楽しめるということを証明しました。

 そして本格派のドラマは、再編集によって新たなコンテンツに生まれ変わり、視聴者に高く評価されるという新たなコンテンツ価値を創造することも証明したと言えます。

コロナ禍で生まれ変わるテレビドラマのアーカイブ

 これまで地上波放送でのドラマ再放送は、手間をかけずに安定した視聴率を稼ぐという消極的なイメージしかありませんでしたが、再編集によってむしろ新しい番組として再生するという積極的なイメージを生み出すことに成功しました。

 新型コロナ感染を乗り切った後のアフター・コロナ、ウィズ・コロナの世界では、これまでの産業のあり方、仕事のやり方、社会の仕組みも大きく見直され変わっていくことが予想されます。

 テレビ番組についても、企画打ち合わせをリモートで行ったり、感染防止対策がされた制作過程の見直しなどに加え、再編集をすればゴールデンタイムでの再放送にも活用できるようなドラマのテーマの選び方なども模索され、テレビ業界にも変化が出てくるでしょう。新型コロナウイルスを災いとだけ受け止めるのではなく、それに後押しされてより良い未来に変化を加速するようにしたいものです。

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