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就活指針廃止でも「解禁日」はなくならない 経団連撤退なら、別なルールが設定される

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/09/05 17:00 宇都宮 徹
9月の定例会見に臨む経団連の中西宏明会長。この席で「採用選考に関する指針」の廃止の意向を表明した (写真:共同通信) © 東洋経済オンライン 9月の定例会見に臨む経団連の中西宏明会長。この席で「採用選考に関する指針」の廃止の意向を表明した (写真:共同通信)

 新卒の就職活動のあり方は大きく変わるのか――。

 経団連の中西宏明会長は、9月3日の定例記者会見で、「経団連が採用日程を采配することに違和感を覚える。現在の新卒一括採用についても問題意識を持っている」と発言。経団連が定めてきた採用ルールについて、「廃止」することも考えていると表明した。

 現在、経団連は新卒の採用活動において、経団連加盟企業向けに毎年、「採用選考に関する指針」(以下「指針」)を策定している。募集要項の発表や説明会の実施など「就職広報活動」の解禁日を大学3年生の3月から、面接など「採用選考活動」の解禁日を大学4年生の6月から、と定めている。最大の経済団体である経団連のこの指針が、現在の就職・採用活動の全体のルールにもなっている。

経団連トップの問題提起に首相まで反応

 2019年に採用活動が行われる2020年卒生採用までは、この3月広報解禁、6月選考解禁というスケジュールを堅持することを決定しているが、2021年卒採用以降、この指針をどうするか、議論を進め、今秋以降に結論を出すということになっていた。しかし、この「廃止発言」で、就職業界の関係者だけでなく、安倍晋三首相や閣僚、政府高官までが相次いで発言するなど、動揺が広がっている。

 実は指針の見直しに対しては、2020年開催の東京オリンピックの影響も見逃せない。合同説明会などの会場となる、大型の展示施設がオリンピックの開催準備も含め長期間使用できなくなることに加えて、ボランティア要員として期待されている学生が就活に時間を奪われないようにするため、どの時期が適正かという議論を進めていたところだった。就職業界の関係者の間では、解禁時期の前倒しなどの日程変更が行われるのでは、という見方が大勢だった。

 しかし、中西会長が「日程のみではなく、採用選考活動のあり方から議論をしたい」と”踏み込んだ”発言をしたことで、廃止が有力な選択肢の1つになったと考えていいだろう。今後は経団連でさらに突っこんだ議論が繰り広げられることになる。

 そもそも「指針廃止」は、早い段間から考えられていた。今年3月の時点でいくつかの検討案が出されていたというが、すでにその内容の筆頭には指針の廃止が掲げられていたという。

 ではなぜ廃止という議論に進んでいるのか? 中西会長は会見で、「終身雇用、新卒一括採用をはじめとするこれまでのやり方では、成り立たなくなっていると感じている」と認めているとおり、従来の慣行だった「新卒一括採用」に問題提起をしているのだ。

 ただ理由はそれだけではない。経団連自身が就職・採用活動のスケジュールを取り決めることにも限界を感じているようだ。政府や教育界からの要請に応じて指針を定めても、評価されるどころか、批判の対象になるばかり。さらに外資系やベンチャー企業など、そもそも指針を守らない企業が続出する現状に対し、経団連の関係者から不満の声が後を絶たなかった。

「ルールを守っているほうが損をする」

 象徴的だったのが2016年卒採用時に行われた、選考開始の解禁日を4月1日から8月1日に後ろ倒しにした改定だろう。この時期変更は、大学生の学習時間の確保や留学等の促進を進めたい政府側が変更を要請し、それを経団連が受け入れた形で見直された。首相の音頭で決められたにもかかわらず、「暑い時期に就活なんて」「3月解禁で8月選考は長すぎる」と、結果的に経団連が批判の矢面に立たされてしまった。

 人手不足、売り手市場の昨今、経団連の指針を守らずに採用する企業は後を絶たず、企業の採用担当者の間では、「いい人材を集めるには指針を破らないと」という考えすら蔓延している。実質的に3月以前に行われるインターンシップを、実質的な採用の場として活用している企業が多数となっており、「ルールを守っているほうが損をする」という状況なのだ。

 そう考えれば、形骸化している指針を、無理に続ける必要はない。よい人材を確保したい経団連加盟企業の担当者からすれば、一日も早く縛りをなくし、先行して採用している外資やベンチャーなどに対抗したい気持ちはうなずける。

 ただし、指針がなくなることについて、すべての企業や採用担当者がもろ手をあげて賛成、というわけではない。何より通年採用になると、活動が長期化し、採用担当者の負担はかなり大きくなる。

 現状でも、3月以降の採用・選考だけでなく、夏のインターンシップや冬のインターンシップでも稼働しており、「実質的に一年中採用活動をしているような状況で採用担当者は疲弊している」(就職業界関係者)という声が漏れる。今でも、リクルーティングや面接などの応援も含めて社内でかなりの人材を割いており、効率性という観点からもデメリットは多い。また中途採用者と違って、新卒には研修を経る必要があり、時期がバラバラだと研修の運営も非効率となる。

 また、ある程度の”目安”がないと、いつから動いていいかという不安も生まれる。学業に配慮せず早期に採用を行うと、批判の対象にもなるし、かといって、他社より出遅れて人材の獲得に失敗するのも困る。「まったくスケジュールの日程がないというのは現実的でない。何かしらの目安があったほうがいい」と採用コンサルタントの谷出正直氏は指摘する。

 一方、大学側は対照的に、スケジュールの「維持」を望んでいる。

 経団連の議論を待たずに6月26日、私立大学団体連合会は「就職・採用活動等に関する基本的考え方」を公表。その中で、「2021年卒以降の就職・採用活動の時期については、現行のスケジュールを堅持すべきである」とわざわざ表明している。スケジュールが前倒しになり、早期化が進むことを懸念して出したメッセージだが、数年で時期が変わることは、長期留学などの阻害要因になるとも指摘する。

 ただ、こうした時期に関する議論は過去何度も繰り返されており、中西会長も承知しているはずだ。それでも廃止表明をしたということは、かなりの”決意”があると考えていいだろう。そう考えると経団連が「就職・採用日程を決める立場」から撤退する可能性は高い。

採用日程を決めないと困る人が増える?

 だがしかし、事は単純でない。たとえ経団連がルールを決めなくても、別な機関が「新たな採用ルール」を設けるかもしれないからだ。その候補は、就職情報会社であり、政府(文部科学省や厚生労働省)、そして大学である。

 まず1つ、「リクナビ」「マイナビ」などナビサイトを運営する就職情報会社は、採用広告を企業から集めたり、合同企業説明会を募集したりすることでビジネスを成立させている。その募集のために、自社の営業スタッフだけでなく多くの代理店を使って、掲載企業や説明会への出展企業を集めているのが現状である。

 大学生への配慮や早期化の抑制というのも名目としてあるが、営業スタッフや代理店向けに「いつから何を募集するか」「学生が多く来る時期はどこか」という営業開始時期をこれまで置いてきた。解禁日をいつにするかといった時期を設定する必要がありわけで、経団連がルールを決めなくても、彼らが自主的に設定することが考えられる。

 実際、経団連が「採用広報の解禁」という概念を導入する前の2012年卒の採用までは、業界団体の取り決めとして、大学3年生の10月1日を就職情報サイトの「グランドオープン」にしていた。

 今でもインターンシップの募集などの情報解禁は3年生の6月に設定されているが、これもかつては就職情報会社の業界団体が早期化を抑制するために、「大学3年生の6月以前に採用情報の提供をしない」ことを取り決めたルールの名残りになっている。少なくとも就職情報会社が採用広報の解禁日を設定することは不可能でない。

 とはいえ就職情報会社が企業の選考や内定出しのタイミングまで拘束することは難しい。人材紹介会社を活用した採用や、企業側からの逆求人など就活も多様化しており、サイトの更新だけで企業や学生の高度をコントロールできるか、わからない。

 2つめは文科省や厚労省などが採用活動について”介入”してくる可能性だ。

 当然、憲法では職業選択の自由が定められているため、政府が規制することは難しい。ただ、今でも経団連が決めた指針の日程を踏襲しているとはいえ、政府が経済界に対して採用活動のスケジュールを守るように要請している事実がある。

 政府としては、引き続き企業が自主的にルールを設定してもらいたいのが本音だろうが、企業側がまったく日程を決めなくなれば、勉強に専念する環境を整えたい大学側の意向を踏まえ、日程を決めて、引き続き「要請」を出したり、「ガイドライン」といった形で目安を設定するかもしれない。

 3つめとして、大学の団体や協会が独自に、「企業へのお願い」という形で、目安を設定することも考えられる。大学との関係を維持したい企業側がそれに応じることもあるだろう。

当事者の大学生は翻弄されるばかりで不安

 結局、こうした大人たちの議論に翻弄され、戸惑いを感じているのは、渦中にいる2021年卒採用以降の大学生だ。神奈川県内の大学に通う経済学部2年の女子学生は、「早くなるかもしれないという噂があったが、就活指針廃止の話を聞いて、今後どうなるんだろうという気持ちになっている」と、不安な気持ちを隠せずにいた。

 「長期的には自由化に向かう流れなのかもしれないが、もう半年後には大学2年生の就職ガイダンスも始まり、就活について考える時期に入る。急激な変更は、学生にとって負担になる」と、文化放送キャリアパートナーズの平野恵子主任研究員は懸念を示す。

 経団連が就活で投げかけた波紋。いずれにしても大事なのは、関係者が目先の利害のみで動かず、学生が不安なく学業と就活に打ち込める環境を最優先で決めることではないか。

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