古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

マスコミの誤解だった「ミカンは肌によくない」

JBpress のロゴ JBpress 2019/05/17 06:00 漆原 次郎
ミカン科のミカン属、カラタチ属、キンカン属の植物を総称して「柑橘(かんきつ)類」とよぶ。 © Japan Business Press Co., Ltd. 提供 ミカン科のミカン属、カラタチ属、キンカン属の植物を総称して「柑橘(かんきつ)類」とよぶ。

 美容を気にする一部の人たちの間で「美肌のため柑橘類を食べない」という動きがあると聞いた。2015年に米国で発表された論文を受けての報道や、その論文にも言及されている成分の作用をめぐる医学ジャーナリストのコメントが影響しているようだ。

 柑橘類は、長らく私たちが国産品も輸入品も含めて食べてきた果物のひとつ。概して「健康によい」と考えられてきた。「美肌のために柑橘類を食べないほうがよい」というのは、どこまで信憑性ある話なのだろうか。巷で流布されている情報について整理し、体への作用をできるだけ広く捉えるべきと考えた。

 そこで、柑橘類の体への作用を多面的に研究してきた専門家に話を聞くことにした。応じてくれたのは、同志社女子大学生活科学部教授の杉浦実氏だ。2018年まで、国の研究機関である農研機構でカンキツ研究領域ユニット長を務め、静岡県内の住民を対象に、ミカン摂取量の違いによる疾病リスクの差異を調べる疫学研究も主導してきた。

 前篇では、「美肌のために柑橘類を食べない」という行動の要因とされる諸情報について、どう考えたらよいか杉浦氏に聞いてみたい。後篇では、疫学研究などで解明されてきた、ミカン摂取の私たちへの体への作用について、詳しく聞くことにする。

発端となった論文の影響力は高いが・・・

――柑橘類摂取の皮膚への作用をめぐっては、まず2015年8月、米国臨床腫瘍学会の雑誌『ジャーナル・オブ・クリニカル・オンコロジー』に「柑橘類摂取と悪性黒色腫(メラノーマ)のリスク」というテーマの論文が発表されました。この論文では、米国の医療従事者約10万人をおよそ25年間にわたって追跡調査したところ、1日1.6回以上グレープフルーツを摂った人たちのメラノーマ発症リスクが、柑橘類全般を2週に1回未満しか食べなかった人たちの1.36倍になったと報告しています。日本でも一部報道機関が「柑橘系果物、大量摂取は肌の大敵?」などと報じました。

 論文を、どう受け止めましたか。

杉浦実(すぎうら・みのる)氏。同志社女子大学生活科学部食物栄養学科食品機能学研究室教授。薬学博士。1990年、京都工芸繊維大学大学院繊維学研究科修士課程修了。民間企業で天然物からの生理活性物質の探索研究に従事。1999年、農林水産省に入省、果樹試験場カンキツ部研究員。改組を経て、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)果樹茶業研究部門カンキツ研究領域カンキツ流通利用・機能性ユニット長に。静岡県引佐郡三ケ日町(現浜松市北区三ヶ日町)において2003年度から10年間にわたり実施した栄養疫学研究「三ヶ日町研究」を主導。2018年4月より現職。現在は、食品が有する生体調節機能の解明などをテーマに研究と教育を行う。 © Japan Business Press Co., Ltd. 提供 杉浦実(すぎうら・みのる)氏。同志社女子大学生活科学部食物栄養学科食品機能学研究室教授。薬学博士。1990年、京都工芸繊維大学大学院繊維学研究科修士課程修了。民間企業で天然物からの生理活性物質の探索研究に従事。1999年、農林水産省に入省、果樹試験場カンキツ部研究員。改組を経て、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)果樹茶業研究部門カンキツ研究領域カンキツ流通利用・機能性ユニット長に。静岡県引佐郡三ケ日町(現浜松市北区三ヶ日町)において2003年度から10年間にわたり実施した栄養疫学研究「三ヶ日町研究」を主導。2018年4月より現職。現在は、食品が有する生体調節機能の解明などをテーマに研究と教育を行う。

杉浦実教授(以下、敬称略) それなりの衝撃は感じました。この研究グループは栄養疫学分野では世界でもトップクラスの成果をこれまでいくつも発表してきたグループです。食物頻度調査法という手法を確立した著名な研究者も含まれていましたし、また、同誌はインパクトファクターとよばれる影響度の高い雑誌でもあります。

 けれども、この論文については、気になるところもありました。

――どんなところですか。

杉浦 その後、他の研究グループから同様のテーマの論文がまだ出てこない点です。もし、他の研究で同様の解析結果が出れば、あるいは関連性が見られないという結果になっても、他の研究グループから柑橘摂取とメラノーマリスクとの関連について何かしら論文が出るはずです。そうした論文をまだひとつも見ていません。

 また、米国人の皮膚がんの実態と比べ、論文での皮膚がん発症数がやや多いことも気になります。米国人の部位別がんのなかでも皮膚がんは、肺がんや前立腺がん、乳がんに比べるとかなり少ないのですが、同論文ではおよそ25年間の追跡期間で、約10万人のうち1840人が皮膚がんになったとしています。これは、米国人での皮膚がんの累積罹患率を考えるとずいぶん多い数字と受けとめています。

 もともと皮膚がんのハイリスクな集団なのかは分かりませんが、およそ25年間の追跡期間で、約10万人のうち1840人が皮膚がんになった集団の結果をそのまま日本人に当てはめて考えることはできません。また、医療専門職を対象に行われた疫学研究ですから、一般の人よりも健康に対する意識が高い集団といえます。その点も、今回の結果を一般化するためにはさらに研究が必要と思います。

 疫学研究では、ひとつの結果だけで評価が固まることはありえません。いくつもの調査が行われ、全体として、食物摂取と病気に関連性があるかが解析されていくものです。

――現状は、これから評価が定まっていく過程において、ひとつ目の研究結果が出た段階にすぎない、と。

杉浦 そのとおりです。

成分がどれだけ皮膚に到達するかは分かっていない

――この論文では、柑橘類の品種によっては多く含まれる「ソラレン」という成分が、メラノーマのリスク上昇に関与すると述べられています。この物質はどういったものでしょうか。

杉浦 「フラノクマリン」または「フロクマリン」とよばれる物質のひとつです。フラン環とよばれる構造が、クマリンという基本的な骨格にくっついたものを、フラノクマリンといいます。

 フラノクマリンは、かねてから光過敏性、つまり、日光などに対して体が過敏に反応することの原因になるといわれてきました。

 また最近では、降圧剤や抗高脂血症薬、抗不安薬、免疫抑制剤などの薬が効きすぎるといった症状も、フラノクマリンがこれら薬剤を代謝する酵素の働きを阻害するためであることが明らかになっており、グレープフルーツジュースだとコップ1杯(200~250mL)で薬物の血中濃度が有意に高くなるという論文は多数報告されています。どれくらいのグレープフルーツ、あるいはどれくらいのジュースでこのような作用が出るかは薬の種類、また個人差にもよりますが、服薬するときにはこれら柑橘類の摂取を控えるように指導されています。

――皮膚の状態に光過敏の影響を与えるといった点での、ソラレンなどのフラノクマリンの作用についてはいかがでしょうか。

杉浦 経口で摂取されたフラノクマリンが肝臓まで行くのは分かっていますが、その後の血液循環でどの程度が皮膚まで到達し、光過敏症を起こす原因となるのかは、まずまったく分かっていない、というのが現状です。ただし、生果のグレープフルーツの皮を手で剝いて食べるような場合は、果皮に含まれているフラノクマリンのいくらかは直接手に触れることにもなりますので、この点についても今後さらに検証が必要かもしれません。

「とにかく柑橘類は肌によくない」という飛躍

左からグレープフルーツ、温州ミカン、オレンジ。含まれている成分は相当に異なる。 © Japan Business Press Co., Ltd. 提供 左からグレープフルーツ、温州ミカン、オレンジ。含まれている成分は相当に異なる。

――けれども、この論文が出て以降、テレビの情報番組などで「柑橘類を特に朝に摂取すると、ソラレンが紫外線を吸収しようとはたらきかけて、肌にシミをつくる」といったコメントが、医学ジャーナリストを称する人物たちから聞かれています。

杉浦 マスメディアが飛躍し、「とにかく柑橘類は肌によくない」と伝え出したなという印象を受けていました。

――「飛躍」ですか。

杉浦 そうです。まず、柑橘類の中でも、いま説明したフラノクマリンが多く含まれているものと、そうでないものがあります。

――そうなのですか。美容分野のネット記事などでは、「ソラレンを多く含む食べ物」として、グレープフルーツ、ミカン、オレンジなどが挙がっていますが・・・。

杉浦 それは、誤解や曲解にもとづいた情報です。

 たしかに、グレープフルーツやブンタンなどの「ザボン区」に分類される柑橘類には、ソラレンを含むフラノクマリンが比較的多く含まれています。けれども、どのくらい皮膚に対して光過敏症を起こす原因になるかは分かっていないということは、いま伝えたとおりです。

 一方の、温州ミカンやオレンジには、フラノクマリンはほとんど含まれておらず、含まれていたとしても極微量です。また、国内では、ミカンとオレンジの交配品種「清見」や、清見を交配親として育成された「デコポン」などの品種も出回っていますが、これらはいずれもフラノクマリンはほぼ含まれていません。

 少なくとも、ミカンを食べることが肌のシミにつながるということは、あり得ないことです。

木だけ見る人、森を見る人

――かねてから、柑橘類の摂取は健康によいことが多いと考えられてきました。柑橘類全般に通じる健康効果については、どんなことがいえますか。

杉浦 生活習慣病の予防などの健康維持への効果が多くの柑橘類に共通してあります。柑橘類には、ビタミンCや葉酸が多く含まれおり、これらが循環器系疾患のリスクを下げることは、これまで多くの研究で示されています。グレープフルーツやオレンジは心臓病の予防によいという評価もすでに定まっています。

 柑橘類のフラボノイドの作用についてもさまざまな研究が行われています。グレープフルーツのナリンジンや、ミカンのヘスペリジンなどの「ビタミンP」とよばれてきた成分は、血管系の病気の予防によいといった研究結果も出ています。

 皮膚がんのリスクが高まるおそれがあるから摂取を控えるというよりも、摂取をしてその他の健康につながる効果を得ることのほうが、身体への重要性はよほど高いといえます。そのあたりのことを、多くの方々に分かっていただけるような情報発信がなされるべきだと思っています。

――後篇ではさらに、日本人がよく食べる「ミカン」の体への作用を中心に、日本での疫学研究の結果などの話を伺っていきます。

後篇につづく)

* 記事初出時に、降圧剤などの薬についての記述で「これらの薬の摂取を控えるように指導されています」とありましたが、正しくは「これら柑橘類の摂取を控えるように指導されています」でした。記事では修正済みです。(2019年5月20日)

JBpressの関連リンク

image beaconimage beaconimage beacon