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イタリアで営業再開。アフターコロナの外食産業は「サステナブル重視」が加速

Forbes JAPAN のロゴ Forbes JAPAN 2020/05/30 18:00 齋藤由佳子

© Forbes JAPAN 提供 新型コロナウイルスの最も凄惨な打撃を受けた国の一つ、イタリアの本格的な封鎖解除がいよいよ始まった。

特に大きな影響を受けたレストラン事業者は喜び勇んで再始動へと張り切っていると思いきや、その多くが戸惑いを隠せないでいる。新たに打ち出された営業再開のルールが困難を極めるからだ。

「ガストロノミー」は過去のものに?

まず店舗の大きさに左右される。顧客と顧客の距離が最低でも2m離れなければならず、1度に同じテーブルにつけるのは基本的に2名まで。しかも客同士は対面で座ることはできず、斜めに座ることになるので2名席でも4名分のテーブル面積を要する。これでは100平米を超える店でもたった4、5組のゲストを入れるのが限界だ。

面積に限りがある店では、テーブルの真ん中に接触を避けるガラスのパーテーションを付ける案も浮上している。まるで刑務所の面会のようだという感も否めない。おまけに席を立つ時はマスクを着けねばならず、食事中は常に監視されるとあっては、とてもくつろいで美食に舌鼓を打てる雰囲気ではないだろう。

感染防止に必要な設備投資をして再開したところで採算が取れる見込みもない。よって最善の判断としてうかつに動かない事業者も出ている。

イタリアで再開するレストラン © Forbes JAPAN 提供 イタリアで再開するレストラン

屋外でも席ごとに区切られ、営業再開するローマのレストラン (GettyImages)

一流と呼ばれるレストラン、いわゆるファインダイニングは、食という快楽に直結した喜びを最大化させるべく進化を遂げてきた。洗練されたサービスとラグジュアリーな空間。数十人の多国籍チームが働く躍動感のあるキッチンから芸術的な一皿が生み出され、非日常の体験が提供される。世界中にいる顧客が何カ月も前から予約を取り、お金と時間をかけてたどり着き、数時間かけて幾皿ものコース料理を堪能するといったことが今までは普通に行われてきた。

しかし、このような「ガストロノミー」はもはや過去のものとなってきている。この封鎖期間中に、世界トップクラスのシェフたちはインスタグラムやウェビナーで盛んにそう発信していた。

これまで当たり前にしてきたことの多くが不要不急だったことに気付かされた今、もう元の世界や価値観にはしばらく戻らないと未来を見据えるシェフたちが実に多い。これは悲観的な未来予測ではない。

元々世界のガストロノミーの流れは、世界中の豪勢で貴重な食材をふんだんに使うスタイルから、地域に根ざした食材を卓越した技と美意識によって調理する自然重視のスタイルへと大きく舵を切っていた。新型コロナがその流れを加速させるだろうという見方なのだ。

外食産業の経済的基盤は? 保険会社や国に補償の訴え

コロナ禍によって、世界中の外食産業が、その華やかさと裏腹に、驚くほど脆弱な経済的基盤に支えられていることに改めて気付かされた。世界最大規模と言われるアメリカの外食産業はGDPの4%を占め、1200万の雇用を生み出す重要な産業であるにも関わらず、多くの小規模なレストランは良くても10%程度の営業利益を確保するのが精一杯だという。

高騰する家賃や食材費のためキャッシュはほとんど留保できず、多くのレストランオーナーは時間的にも経済的にも余裕がない。非常時に政治的支援を引き出すロビイング力の不足も露呈している。

このリスクは3つ星レストランであろうと同様で、カルフォルニア州ナパのフレンチ・ランドリーのオーナーシェフ、トーマス・ケラーは1200人の従業員を解雇せざるをえない状況に陥った。

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ミシュラン3つ星を獲得したシェフトーマス・ケラー(左)。華やかな世界のようだが、実情はどうか(GettyImages)

農家の人権保護は国連においても叫ばれているが、外食産業の人権保護は一体誰が手を差し伸べてくれるのか。そこでケラーは国ではなく保険会社を相手に訴えを起こした。現在はBIGというNPO法人を設立し、この非常時に支払いを渋る保険会社を相手取り、業界全体への大規模な救済策を本格的に引き出そうとホワイトハウスでロビー活動をしている。

日本でも大阪のHAJIMEのオーナーシェフである米田肇をはじめ、複数の団体が立ち上がり補償を求めて署名運動を起こすなど声をあげているが、7兆円規模の市場を誇り、世界有数の美食の国と称えられる日本でも同じような状況だ。文化的にも社会的にも成長が期待される外食産業は、元々構造的な変革を余儀なくされている業界だったと言えるのかもしれない。

外食産業が地域の基幹産業として重要視されているイタリアでさえ、この新型コロナの段階的な封鎖解除において再開が後回しにされている。

とはいえ、感染拡大のピーク時にもスーパーや小売店での食品やワインなどの販売は「不要不急」とはみなされず、人々は旬の美味しいものを食べるということを求め続けてきた。豊かな食材と、たっぷりと手の込んだ料理にかける時間、そして著名シェフたちによって惜しげもなくウェブに公開されたレシピがあれば、自宅でも十分美味しいものにありつけるということが多くの人に体験された。

さらに最近は自宅でもレストランの味を楽しめるデリバリーやテイクアウトという選択肢が新たに加わった。しかし付け焼き刃の安全管理で、食中毒のリスクや環境に配慮しない使い捨て容器が増えていくようであってはいけない。この点が改善されなければ、先はそう長くないだろう。

このような世界の変化の中で息が詰まりそうになる制約も多いが、果たしてレストランという場所は私たちにどのような価値を提供していく場になるのだろうか。

「エネルギーを与え、人々を癒す」古くて新しいレストランの役割

ヨーロッパの知性と呼ばれる経済学者ジャック・アタリは、その著書「食の歴史」で壮大な食の人類史を振り返り、食がもたらす社会的な役割に言及している。食事をするということは、人生と自然を分かち合う一つの方法であり、 ”食は文化と創造の発展に不可欠なのだと断言する。食事を共にし、くつろぎ、会話することは古代から続く極めて社会的な行為なのだ。

レストランという言葉の原点は16世紀のフランスに遡ると言われている。当時の食堂は、大皿で盛られた料理を見知らぬ同席者とシェアして食べるというスタイルだったが、1765年にあるパリの店が一人前ずつ好きなものを注文できるという新しいシステムを生み出した。そしてレストレ(Restaurer)というスープを提供し始めた。

これは体調がすぐれない人にエネルギーを与える栄養価の高いもので「回復させる」という意味を持つ名前を名付けたのだった。このスープを出す店が広がり、やがてレストラトゥール、今のレストランの語源となる。

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フランスでロックダウン中に振舞われたテイクアウト用のスープ。レストランの語源には深い学びがある (GettyImages)

ここに2つの学びがある。レストランの始まりは、気兼ねなく、食事を味わう顧客のための新しい仕組みを提供するというイノベーションだったということ、そしてその原点は人を癒すという価値の提供だったということだ。その後、1789年のフランス革命後に貴族の宿に雇われていた料理人が仕事を失い、次々に街にレストランを立ち上げたことがフランスの美食文化を確立した土台となった。失うことで、返って繁栄することもある。

いま世界が向かうレストラン再開は大きな障壁に阻まれているかに思える。果たして新型コロナ以後の世界に不要な存在となってしまうのか。その問いには明確に「ノー」と答えたい。

近年、レストランは単に食事を提供する場としてだけでなく、社会的なコミュニティとしての役割が高まっている。世界で起こっている変革は明らかだ。地域の小規模な生産者の支援、障害者など社会的弱者の雇用機会の創出、サステナブルなフードテクノロジーの研究や教育の場の提供、貧困対策や食糧廃棄へのソリューション、医療など地域サービスとの連携など、今までにない価値を創出している社会的なプラットフォームとしてのレストランが、欧米だけでなく南米にもオーストラリアにもアジアにも台頭し始めている。

そして美食家といわれる人たちの価値基準にも、いかにそのレストランが「地域全体のサステナビリティに貢献しているか」という新たな評価軸が加わってきた。

地域の人々に「癒し」を提供する屋外ワインバー

イノベーティブな一部のレストランを中心に何年も前から始まっていたこの動きは、近年では日本でもローカルガストロノミーなど徐々に注目されてきた。本来ならばこのようなサステナブル重視や食と自然との関係性を考える動きは数年かけて広がり定着していくような変化だと思われるが、コロナによって急速にこの転換が進むという見方が強まっている。

おそらく、今回の荒波を乗り越えるのは、食べることプラスアルファの魅力を提供し、コミュニティとしてのエコシステムを従業員や顧客や地域と形成できている店だろう。

例えばつい最近コペンハーゲンの食文化を代表する世界的レストラン「noma」が打ち出したのは、予約なしで気軽に立ち寄れる屋外ワインバーだ。オーナーシェフのレネは再開のファーストステップは地域の誰にでも開かれた場にしたいと発信した。そして「みんなが癒される必要がある」と呼びかけた。

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地域社会に貢献するnomaの屋外ワインバー。解放的な雰囲気に心も体も癒される

この世界的なstay homeを体験した後で、誰かと外で食事をするという行為が今まで以上に特別なことだと感じるようになったのは間違いない。食べることは命に関わり、自分の肉体の癒しである。そこには食の安心安全など人類共通の価値が望まれるが、食が与える精神的・社会的・環境的な癒しの感じ方は人によって様々だ。

今こそ「レストランとはこうあるべき」という概念(場所、サービスや時間、課金の仕方など)に捉われず、「癒やし」を軸に医療や福祉や教育、アーティストなど異分野の様々なプレイヤーと連携し、食の提供の内容やあり方を自由に考えてみてはどうだろうか。

今までの価値観から転換するのは生易しいことではないが、どんな著名なシェフでも先を見通しているわけではない。誰もがこの新しい世界でもがき、今できる最善と思えることに取り組んでいる。外食産業全体が世界的に変革するとしたら今が最大のチャンスだ。

体にも環境にも良くない食事を大量に作って廃棄し、働く人を経済的に疲弊させるような古いシステムは過去に置いて前に進む時だ。人を癒す場として、そして地域や地球をも癒すことができるレストランという本質的な価値の創造に向け、レストランという産業が社会と生命を支える重要なソーシャルインフラとして世界に新たな扉を開くと信じていたい。

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