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「ドン・キホーテ」、居抜き出店戦略の結果生まれるさまざまな外観

HARBOR BUSINESS Online のロゴ HARBOR BUSINESS Online 2018/07/31 09:33

 昨年11月にグループ全体で400店舗を達成した大手ディスカウントストア「ドン・キホーテ」(東京都目黒区、以下、ドンキ)。1978年に西荻窪で「泥棒市場」として創業、1989年に「ドン・キホーテ」1号店を出店した同社は近年急成長を遂げており、2020年には500店体制も視野に入れているという。

 こうした急成長の大きなカギとなっているのが「居抜き出店」だ。

「居抜き出店」とは、他の店舗が撤退した建物跡にそのまま店を構えること。店舗によっては照明、昇降機などの内装設備や一部の什器をそのまま活用するため、建物を新築するよりも安い費用で店舗を拡大できるメリットがあり、雨後のタケノコのように店舗網を拡大させているドンキの「お家芸」ともいえる。そうした居抜き店舗には、世間でよく知られるような「定番」から、これから増えそうな「新参者」、インパクトある「イロモノ」まで様々な物件が存在する。

 今回はそんな居抜きの達人の「前世」にスポットライトを当て、居抜き店舗の奥深さを探ってみよう。

◆「スーパー跡」に「家電量販店跡」…街でよく見かける定番物件

 ドンキの居抜き出店において「定番中の定番」といえるのが、総合スーパーや家電専門店など「量販店跡」への出店だ。

 とくに総合スーパー跡への出店拡大は、ドンキが2007年に大手スーパー「サンバード長崎屋」を傘下に収め、生鮮品・惣菜の販売や大型店運営のノウハウを獲得したことが大きな契機となった。

 総合スーパー跡への出店は、ここ3年ほどの間だけでもダイエー(立川店、綾瀬店)、イトーヨーカドー(豊橋店、姫路広畑店)、イズミヤ(八千代16号バイパス店)、ユニー(大垣インター店、伊勢上地店)各店の跡など、数をあげるとキリが無い。都内でも、長年親しまれた地場総合スーパー「ダイシン百貨店」(大田区大森)を傘下に収めメガドンキへと転換させたことが大きな話題となった。今年2月からはユニー・ファミマHD運営の総合スーパーをドンキが共同運営する「MEGAドン・キホーテUNY」の展開も開始。今後も店舗の拡大が見込まれる。

 総合スーパーは近年「業態不振」が叫ばれ閉店が相次いでいることもあり、ドンキは旧店舗跡の不動産を保有する大手総合スーパーにとってみても「救世主」となりつつある。

 スーパーと同じく「大型量販店」である家電専門チェーン跡への居抜き出店も少なくない。ロードサイドでしのぎを削る「ヤマダ電機」(横浜青葉台店、名四丹後通り店、豊郷店など)や「コジマ」(下館店、松原店、長崎時津店など)、「ケーズデンキ」(津桜橋店など)、「ベスト電器」(八女店)など大手各店跡をはじめ、そうした大手勢力の台頭に負けた「さくらや」(池袋東口店)、「そうご電器」(札幌店・今年4月閉店、手稲店、平岡店など)など、廃業したローカルチェーン跡への出店も多く見られる。

 AKB48劇場が入居することで知られるドンキ旗艦店・秋葉原店も、元はといえば「T-ZONE」や「ラオックス」が入居していた建物であった。

◆大規模百貨店跡は再利用の難度も高い

 このほかにも、2007年に買収したホームセンター「ドイト」跡(春日部店、厚木店など)、衣料品スーパー「ファッションセンターしまむら」跡(驚安堂松伏店)、ドラッグストア「セイジョー」跡(驚安堂福生店)、大阪地盤の大型スポーツ用品店「タカハシ」跡(道頓堀御堂筋店)など、古今東西様々なジャンルの大型量販店・専門店跡がドンキへと姿を変えている。

 ドンキはこのところ駅前・繁華街立地の小型店「ピカソ」の出店ペースも上げているほか、今年からはファミリーマートと提携したコンビニ店舗「ファミリーマート Produced by ドンキ」の展開も開始しており、今後はあっと驚くような小さいサイズの店舗跡まで「ドンキ化」していく可能性もあろう。

 もちろん、量販店跡よりも数は少ないものの、百貨店やファッションビル跡へのドンキ出店も見られる。例えば「大丸」跡に出店した和歌山店、「西武」跡に出店した宇都宮店(長崎屋が運営)、名鉄系ファッションビル「メルサ」跡に出店した岐阜柳ヶ瀬店などがそれにあたる。

 都内だと、「建物がかなり古めかしいドンキ」として有名な亀戸駅前店はかつて存在した月賦百貨店「丸興」(クレジットカード「OMCカード」「セディナ」の前身企業)の本店跡を再活用した、築50年を超えるアンティーク物件だ。

 さらにこうした「居抜き」のコラボのような店舗もあり、広島八丁堀店は総合スーパー「イズミ」(ゆめタウン)の1号店から「ファッションビル」→「家電量販店」を経てドンキへとたどり着いた建物だ。

 しかし、百貨店やファッションビルは元々の規模が大きいため量販店跡よりも再活用は難しいようで、大型テナントを導入することで穴埋めしているところも少なくない。

◆小売店以外の定番は「パチンコ店跡」

 大型量販店などの小売店と並ぶ、もう1つの定番居抜き店舗が「パチンコ店跡」だ。

 近年、パチンコ店は娯楽の多様化や規制強化により急激に数を減らしつつあるが、駅前・郊外問わず好立地店が多いことや、一定以上の売場面積を確保できるということもあって、ドンキにとっては格好の「居住先」になっている。

 なかでも代表的なのが、パチンコ大手・マルハンの都心旗艦店跡に出店することで店舗規模を大きく拡大した「MEGAドン・キホーテ渋谷本店」(渋谷店)だ。

 その一方で、パチンコ店とドンキの売場が一つの建物に同居する「共存型店舗」(新宿東南口店、新世界店、丸亀店など)も居抜き・新築を含め相当数存在しており、ドンキとパチンコ店というアミューズメント要素がある両者の「親和性の高さ」も感じさせられる。

 こうした共存型店舗は、元々のパチンコ店の面積を縮小するかたちでドンキが出店、結果的に「両店共存」となった例もあるのが面白い。

 なお、今年2月に施行された改正風営法の出玉規制は、パチンコ業界により一層の打撃を与えている。今後はパチンコ店の閉店ラッシュが見込まれるだけに、より一層「娯楽の殿堂」が「驚安の殿堂」へと変わっていくかもしれない。

 このほか、ドンキは1970年代に「娯楽の王様」であったボウリング場跡や、少子高齢化により閉店する店舗が増えつつあるロードサイドタイプのゲームセンター跡の建物に出店する例も多く、「建物さえあれば何にでも対応する」ところが同社らしい。

◆これから増える?「書店跡」「CD店跡」のドンキ

 パチンコ店ほどではないにせよ、今後増えそうな「新参者」物件が「書店・CD店」や「レンタルCD・DVD店」跡だ。

 出版不況でその数を減らしつつある書店跡への出店は、JR長野駅前の「平安堂」跡(長野店)や、なんばグランド花月前の「ジュンク堂書店千日前店」(なんば千日前店)など、とくに好立地な店舗が多くみられる。

 CD店やレンタル店に関しては、とくに最大手の「TSUTAYA」が大規模な店舗閉鎖に乗り出しているため、各地で物件がダブついている。

 例えば、昨年6月に閉店した福岡市中心部・天神のTSUTAYA旗艦店「TSUTAYA福岡天神店」跡には、僅か5ヶ月後にドンキ福岡天神本店が居抜き出店。こうした好立地の大型物件を押さえ、素早く出店する様は「さすがはドンキ」と称賛したくなるほどだ。

ハーバービジネスオンライン: ドンキによる総合スーパー跡への居抜き出店例(MEGAドン・キホーテ立川店)。2014年に閉店した「ダイエー立川店」は築50年近いため当初は解体も噂されたが、ドンキによって見事に「魔改造」された © HARBOR BUSINESS Online 提供 ドンキによる総合スーパー跡への居抜き出店例(MEGAドン・キホーテ立川店)。2014年に閉店した「ダイエー立川店」は築50年近いため当初は解体も噂されたが、ドンキによって見事に「魔改造」された

 大手書店・レンタル店跡は、量販店やパチンコ店と比べると面積が小さいことも少なくない。その一方で、多くが駅前やロードサイドの好立地にあるため、営業時間が長いドンキにとっては魅力的な物件であろう。

◆名建築も“まさか”のドンキ化……インパクト大の「イロモノ物件」も

 ここからは趣向を変え、何かと特徴のある「イロモノ物件」を見ていこう。

 まず紹介するのが、ドンキで最も有名な旗艦店の1つ「新宿歌舞伎町店」だ。靖国通り沿いからゴジラ像を望む位置にあるこの店舗、一見普通のビルに出店しているようにも思えるが、その歴史は決して普通ではない。なんと「大手銀行跡」なのだ。

 同店はかつて大和銀行新宿支店(現・りそな銀行)として営業していたが、金融ビッグバンによるメガバンクの誕生を前にして閉店。跡地に出店したドンキは、お得意の24時間営業で眠らない街・歌舞伎町の消費を支えてきた。

 近年、銀行業界では合併と支店の統廃合が頻繁に行われており、大都市の一等地に大型の空きビルが出ることも少なくない。こうした銀行跡のドンキは他にも「西新井店」や「高田馬場店」など都市部を中心に見られるが、お堅い金融業から夜を彩る華やかな業種への転身は、松本清張の名作「黒革の手帖」の世界さながらだ。

 見た目のインパクトでは、那覇市の繁華街にある「国際通り店」を忘れてはならない。

 こちらは2013年に閉店したファッションビル「那覇オーパ」(旧フェスティバルビル)跡に出店した店舗。1984年竣工のビルを設計したのは、かの有名建築家・安藤忠雄だ。

 この建物の最大の特徴は沖縄特有の建材「花ブロック」を用いた外壁で、その他にもビルの中央を貫く「吹き抜け」、屋上の「ガジュマル」の大木など、随所に凝った造りが施されている。しかし、2013年に出店したドン・キホーテは外観を「ドンキカラー」に塗り変えるなど、あくまで「通常運転」。那覇唯一の店舗かつ大型店とあって店内は地元客や観光客で連日賑わいを見せているが、「安藤建築の良さを活かせていない」として、かつてのファッションビル時代を懐かしむ声も少なくない。

 最後に紹介するのはその「歴史」も「見た目」もかなり強烈な物件だ。

 かつて団体旅行の聖地だった石和温泉(山梨県笛吹市)のロードサイドに立地する「いさわ店」(2003年出店)は、「モスク風」のド派手な外観で訪れた客のド肝を抜く。しかし、それだけで驚くなかれ。建物の前身は性の殿堂「秘宝館」なのだ。

 いさわ店の前身であるオトナの博物館「元祖国際秘宝館石和甲府館」は、団体旅行ブーム真っ只中の1981年に開館。しかし、僅か5年後の1986年に閉館し、その後はホームセンターを経てドンキとなった。

 見る物全てをショックに陥れる外観と、「性の殿堂」を「驚安の殿堂」に変えてしまったインパクトはあまりにも絶大で、いさわ店こそが「イロモノ」居抜き物件の頂点に立つ店舗であろう。

 定番からイロモノまで、実に奥の深い「ドン・キホーテ居抜き物件」の世界。もちろん、今回紹介した以外にもユニークな居抜き物件は多数存在する。あなたも近所にあるドンキの「前世」を調べてみてはいかがだろうか。

 なお、こうしたコストを抑えた居抜き出店は同社の「フットワークの軽さ」にも大きく影響を与えており、昨年10月に僅か8ヶ月で閉店した「神保町靖国通り店」(ゴルフ用品店跡)のように早々と店じまいする例や、ヤドカリのように更に好立地にある「別の空き店舗」へと移転する例も少なくない。気になるドンキの「前世めぐり」はお早めに。

<取材・撮影/淡川雄太 若杉優貴 文/佐藤庄之助(都市商業研究所)>

【都市商業研究所】

若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken」

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