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中国で「飲食店のドタキャン」が起きない理由 テクノロジーが「不信社会」を塗り替える

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2017/11/07 中島 恵
他人を信用できない社会だったからこそ出来上がった画期的なシステム(写真:Rawpixel / PIXTA) © 東洋経済オンライン 他人を信用できない社会だったからこそ出来上がった画期的なシステム(写真:Rawpixel / PIXTA)

 中国で「キャッシュレス化」が急速に進行している。その実態を知るとあっと驚くかもしれない。

 過去記事でも紹介したが、中国は、大都市から内陸部に至るまで、スマホ1台あれば、交通でも食事でも、どんな支払いも決済アプリで簡単にできる「超キャッシュレス社会」に変貌した。最近、アリババ集団では「顔認証だけ」で決済ができるサービスまで開始したという。日本ではなかなか考えられないことだ。

「不信社会」だったからこそ

 そもそも中国の画期的な決済手段といえば2004年に登場したアリペイが最初だった。ショッピングサイト「淘宝(タオバオ)」の決済サービスとして始まり、現在ではウィーチャットペイと並び、中国人のスマホ決済手段として欠かせないものとなっている。

 アリペイの仕組みは至ってシンプルだ。まず消費者が商品を注文し、スマホからアリペイに代金を支払う。アリペイは販売者に注文の連絡をし、販売者は商品を発送する。消費者は受け取ると、商品に問題がないか確認してアリペイに連絡。そのまま購入する場合は、アリペイから販売者に代金が支払われ、不満なら返品するとともに、代金もアリペイから戻ってくる。

 つまり、販売者に直接支払うのではなく、消費者と販売者の間にアリペイをはさむことによって成り立っているビジネスだ。米国発の決済システム、ペイパルと同じで、消費者が商品や決済に関して取るリスクを最小化する。

 なぜ、アリペイが中国でここまで受け入れられ、利用されるようになったのか。答えは簡単だ。中国は他人を信用できない“不信社会”だったからである。

 北京在住の友人と話していたら「中国では、極端な言い方をすれば、誰も他人のことを信じていないんですよ。長い間、この国は不信社会だったんです。でも、そういう社会だったからこそ、逆にこういう画期的なシステムが出来上がり、人々に受け入れられたんじゃないかと思うんですよ」という言葉が飛び出したこともあった。

 中国人が知らない会社からモノを買う場合、まず頭に浮かぶのは「だまされるのではないか」ということ。商品が無事に届くのか、ニセモノではないのか。売る場合も、代金を支払ってもらえるのか、心配で仕方がなかった。

 むろん、日本にもネット販売には多少の不安が伴うが、基本的に双方を信用するのが前提であり、中国人のように「だまされるのでは?」という疑問が真っ先に浮かぶことは少ないだろう。

 しかし、中国ではリスクが現実になる可能性が高かったことや、信用調査が厳しいクレジットカードが世の中に浸透しにくいことなどから、アリペイのようなリスク回避のシステムが出来上がった。

 アリペイが確立したシステムは「お互いを信じる」「安心して買い物ができる」という、日本の商習慣では当たり前の相互信用の考えに基づいて構築されたものだった。北京の友人は「まじめにいい商品を作らなければお客様に買ってもらえないし、きちんと代金を支払わなければ、欲しい商品は手に入らない。そういう日本人から見ればごく当たり前のことや信頼関係を、このシステムを使うことによって中国人は知ったのです」と話していた。

スマホを駆使して社会をよい方向へ

 中国ではかつて文化大革命などがあった影響で、他人に裏切られたり、他人を信用しすぎると自分が生き残れなくなると人々は考えてきた。そのため、社会全体としてはまだ“性悪説”が前提だ。

 信用しても裏切られる。裏切られるから信用しない。だまされる自分のほうが悪いのだ……そうした考え方から、家族や親友だけを「身内」とし、それ以外の人々(他人)にはつねに警戒し、バリアを張っていた。それが中国社会を殺伐とさせていた。だからこそ、スマホ上で管理でき、自分はリスクを負わずに済むアリペイという簡単な仕組みが驚異の発達を遂げたのだ。

 ところが今、こうした中国社会に広がっていた“性悪説”は思いがけない現代的な形で大きく覆ろうとしている。

 スマホを駆使して社会をよい方向に変えていこうという、後発者の中国ならではの取り組みだ。それは、中国人の心に「人を信用し、信用される喜び」を植えつけ、「よい行いをする人」をITで作り出していくシステム「芝麻(ごま)信用」である。

 これはアリペイのアプリの1つで、簡単にいえば、自分の評価をまとめた採点表のようなもの。採点の結果、よい行いをすれば自分の評価が高くなって、悪い行いをすれば評価が下がるというものだ。アメリカにある「クレジットスコア」という仕組みとほぼ同じだ。

 政府に認定された正式な評価基準ではないが、2015年1月に導入されて以降、急速に利用者が増加し、2017年6月現在、約3億5000万人もの人が利用している。これまで中国では個人の信用を客観的に測るものがなかったので、初の試みだ。

ポイントが高いほど「社会的信用」が高まる

 アリペイは自社の決済システムを利用した人々から、膨大な情報を得ている。そのビッグデータを今後政府と連携して、社会のあらゆるものに活用していくプロジェクトが動き出しているが、そのデータをもとに個人情報を自動的に分析、それを点数で評価しているのが、この芝麻信用だ。

 たとえば、シェア自転車をきちんと返却したか、公共料金を毎月支払っているか、交通違反をしていないかなど、アプリに残るさまざまな履歴データを分析し、素行がよければ、芝麻信用のアプリに自動的にポイントが加算されていく。

 評価基準は明確には公表されていないが、ポイントが高ければ高いほど、その人の「社会的信用」が高まり、日常生活がしやすくなる。日本人的には、そこまで個人情報を取り出されることに空恐ろしさも感じるが、もともと情報が管理されていることが当たり前だった中国では、個人情報やプライバシーに対する意識は薄く、人々の間では個人情報を吸い上げられるというマイナスよりもスマホ決済のメリット(利便性)を優先する気持ちのほうが勝っている。

 具体的には、ポイントが高いとホテル予約の際に保証金が不要になったり、婚活サイトでは優先的にいい条件の相手を紹介してもらえたり、海外旅行のビザが早く取得できたりする。逆にポイントが低いと住宅ローンが借りにくくなったり、シェア自転車が使用できなくなったり、就職試験で不利になったりする。

 スマホ決済をすれば残高も丸見えなので、スマホ決済自体が使えなくなる。スマホのアプリなので、外部の人にはわからないが、自分から(あるいは企業などから開示を求められた場合は)開示できる。

 スマホ決済の利用ですべてが透けて見え、ここまで明確な形での“ご褒美”や“ペナルティ”が課せられるというのは、日本人の私から見ると違和感があるが、杭州の友人はうれしそうにこう評価する。

 「中国を“いい国”に変えて、中国人の行いをよくしていくためには、とても必要なことだと思います。シェア自転車も日本にはメリットが伝わっているようですが、実際には自転車にいたずらする人がいたりして、問題大ありです。そういう“悪いこと”をする中国人の芝麻信用の評価を低くすれば、自転車を借りられなくなるし、悪いことをしたら制裁があるのだ、と身に染みてわかります。よい行いを積み重ねていけば、社会はよくなり、自分にもメリットがあり、いつかお互いを信用できるようになる。芝麻信用で考えを改め、中国人の行動が変わるきっかけになればいいと思います」

 「逆に社会のルールをきちんと守っている人はもっと報われるようになり、いつか中国も健全な社会になっていく……。中国は日本のような民主主義ではないので、何かをやろうと思えば一気呵成にできる。私は最近、こういう“性悪説”を改めようとする中国の取り組みを肯定的に見ています」

飲食店では、決済まで事前に済ませてしまう

 私は近著『なぜ中国人は財布を持たないのか』の中でも、不信社会がスマホによって変化しつつある事例を挙げているが、つい最近、新たに始めた中国人観光客に関する取材で、中国と日本の“性善説”“性悪説”に結び付けて考えられるような、おもしろい話を耳にした。

 それは来日する中国人が利用する飲食店予約代行サイトの取材をしていたときだ。日本にある代行サイトの経営者によると、中国人は来日前に日本の飲食店に予約を入れるだけでなく、“決済まで事前に済ませてしまう”ケースが多いという。

 中国の予約サイトでレストランの予約、注文、決済まですべて完了してしまえば、来日後、お店でちんぷんかんぷんな日本語のメニューを見て困ることがないし、日本で現金を持つ必要もなく安心だからだ。

 支払いは代行サイトの運営者を通じ、日本の飲食店に日本円で支払われる仕組みが構築されている。代行サイトの経営者は、いわばアリペイと同じ役割を担っているというわけだ。この話を私は感心して聞いていたが、事前決済は中国国内では以前から主流であり、別に珍しいことではないという。

 私も中国で飲食店を探すときに、中国版「食べログ」のようなサイト「大衆点評」をチェックすることがあるが、予約はたいてい地元に住む中国人の友人に頼んでやってもらっていた。そのため、中国では予約だけでなく、支払いまで事前に決済サービスで済ませてしまうこともできる、ということを知らなかった。

 上海の友人に改めて聞いてみると、中国では予約してあっても、本当にお店に客がやってくるかどうかわからないし、お客といえども(中国では)簡単に信用できない。席や料理を確保しておいたお店にとって、もし来店されなかったら、大きなリスクになってしまう。客にとっても、電話で予約した場合、どんな従業員が電話に出るかわからず不安だし、ちゃんと予約が入っているか信用できない。

 その点、スマホなら履歴が残って証拠になるうえ、決済機能を使って先払いしておけばお互いに心配がなくなる。不信社会、性悪説の中国だからこそ、双方がリスク回避できるいい仕組みなのだと聞いて、私はとても驚いた。

 その中国式の仕組みを、今度は海を越えて、日本の飲食店の予約の際にも取り入れているというのだ。個人旅行をする中国人は日本の電話番号も持っていないし、言語の問題もあるので、日本の飲食店予約サイトから予約するのは難しい。そのため、それを代行するビジネスが立ち上がったのだが、この方法だと双方にとっていいことずくめなのだ。

 中国人は安心して日本の飲食店を訪れ、おススメ料理が食べられるし、飲食店側も、昨今、日本で社会問題化しているno show問題(予約だけして来店しない、トンズラする、時間を過ぎたのでお店側がお客に電話しても無視する)などを回避できて安心だ。万が一、お客が来なかったとしても、お店側には代金がきちんと支払われるし、アリペイのように仲介業者がいるので安心できる。

 このような仕組みを日本でも導入すれば、飲食店が泣き寝入りしなくて済む。また、ずっとインバウンドの取材をしてきた私から見ると、中国人観光客のイメージアップ(事前払いの推進になり、トンズラしない)にもつながるので、とてもよい話だと思った。

 しかし、考えてみれば、日本では飲食店で先払いする、という話はあまり聞かない。なぜその仕組みがあまり浸透していないのか、はっきりとした理由はわからないが、日本では「お客様は神様」であり、双方に最初から暗黙の了解で一定の信頼関係があり、性善説で物事が動いていて、お互いのレベルがある程度均一な狭い国土に住んでいるという生活環境により信用社会が確立していたから、というのが理由ではないだろうか。

 お客は予約したお店を訪れるのは当たり前。店のほうも電話1本の予約でそれを信用するのが当たり前。「誰もが社会のルールをきちんと守るのが当たり前」の社会がこれまでの日本だった。だが日本でも多様化が進み、かつての”大前提“が少しずつ崩れ、日本人のマナーの低下が叫ばれてきたとき、片方が大変なリスクを負ったり、不正が発覚したりという悪循環が少しずつ始まっているのではないか、と危惧してしまう。このような構造は、今、日本で起きている諸問題にも当てはまるのではないかと感じている。

 考えてみると、海外のホテルなどはネット予約サイトでは先払いか、予約の際にクレジットカード番号を入力しておき、現地払いをするというのが基本だ。どの国でも顔の見えない相手にはリスクヘッジをするのが当然だ。もしかしたら、先払いがあまり浸透していないのは、日本などいくつかの国だけなのかもしれない。

信用社会に向かって

 繰り返すが、性悪説に立つ中国は「誰もが世の中のルールを守るとは限らない」「どこに、どんなリスクが転がっているかわからない」「他人のことは信用できない」社会だった。社会システムやルールが出来上がっていなかったから、濃密な個人の人間関係が頼りだった。

 だが、だからこそ、アリペイをはじめ、信用を1つずつ積み重ねていくよい仕組みがこの国から生まれたのではないだろうか。世界がますます多様化していく中で、善人も悪人もいるという前提で合理的な仕組みを取り入れるというのは健全でよいことではないか。

 信用社会に向かって、1歩ずつ前進する中国社会の取り組みを見て、思いがけず、日本について考えさせられる機会になった。

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