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イギリスの超天才が歩んだ数奇で波乱な人生 アラン・チューリングを知っていますか

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/06/15 17:00 モノ・マガジン編集部
1954年没の彼が今でも語り継がれるワケは?(写真:phonlamaiphoto / PIXTA) © 東洋経済オンライン 1954年没の彼が今でも語り継がれるワケは?(写真:phonlamaiphoto / PIXTA)

モノ情報誌のパイオニア『モノ・マガジン』(ワールドフォトプレス社)と東洋経済オンラインのコラボ企画。ちょいと一杯に役立つアレコレソレ。「蘊蓄の箪笥」をお届けしよう。

蘊蓄の箪笥とはひとつのモノとコトのストーリーを100個の引き出しに斬った知識の宝庫。モノ・マガジンで長年続く人気連載だ。今回のテーマはイギリスの数学者、アラン・チューリング。あっという間に身に付く、これぞ究極の知的な暇つぶし。引き出しを覗いたキミはすっかり教養人だ。

この連載の一覧はこちら

01. 「アラン・チューリング」(1912年6月23日~1954年6月7日)はイギリスの数学者、論理学者である

 02. インド高等文官を務めていた父ジュリアスと母エセルの子としてイギリス・ロンドンで誕生する

 03. しかしアラン誕生後も父のインドでの任期は続いており、両親はインドとイギリスを往復する生活を送った

 04. アランは兄ジョンと共にイギリスにある両親の友人宅に預けられるが、幼い頃から数学に秀でていたという

 05. 6歳でセント・マイケルズ学校に入学。1926年、14歳になった彼は古風な公立校・シャーボーン学校に進学した

 06. しかし登校初日がゼネラルストライキ予定日と重なったため、彼は学校までの100kmを自転車で行こうと決める

 07. 前日から自転車で走り始めた彼は途中で一泊し、無事に初登校した。そのニュースは地元紙にも掲載されたという

 08. シャーボーン学校に入学後、彼は数学と科学の分野でその才能を開花させる

 09. 初等微分積分を教わる前にさらに難解な問題をこなし、16歳でアルベルト・アインシュタインの文章を理解

理解しただけではなく、範囲外の予測も

 10. そこに明記のなかったニュートン力学について指摘し、アインシュタインの疑問を外挿(がいそう)したという。

 11. そのころアランは近所に住んでいた1歳年上の少年クリストファー・モルコムに恋愛感情を抱く

 12. モルコムは親友でもあり、理系科目が得意だった二人はサイエンス全般について語り合った

 13. ところがモルコムは1930年トリニティ・カレッジの入学直前に18歳の若さで牛結核症によって急死してしまう

 14. この出来事にショックを受けたアランは無神論者となり脳の働きなどの現象も唯物論的に解釈するようになる

 15. しかしその後も彼が数学を続けたのはいずれ天国でモルコムと再会した際、数学の話をするためだったという

 16. 一方、歴史などの勉強をおろそかにしていたアランは1931年トリニティ・カレッジの奨学金を断られてしまう

 17. 仕方なく第2希望だったケンブリッジ大学キングス・カレッジに進学。本格的に数学の世界へ足を踏み入れた

 18. きわめて優秀な成績で卒業したアランは、1935年「中心極限定理」を証明した論文で特別研究員に選ばれる

 19. 1936年9月~1938年7月にかけ、米国・プリンストン高等研究所で数学者アロンゾ・チャーチに師事する

 20. 自然科学、数学、社会科学、歴史学の4部門を持つこの研究所は世界で最も優れた学術機関の1つである

 21. 1938年にプリンストンで博士号を得たアランはその博士論文のなかでチューリング還元の概念を提案した

 22. 彼はまた純粋数学のみならず「暗号理論」も学び、電気機械式乗算器の試作にも挑戦していた

 23. 同時期のプリンストンでは、のちに原子爆弾の開発等で知られる数学者ジョン・フォン・ノイマンも学んでいた

 24. 2人は親交があり、ノイマンはアランにそのまま米国に残ることを勧めたともいわれている

 25. 米国からケンブリッジ大学に戻ったアランは、そのころ哲学者ウィトゲンシュタインの講義にも参加している

 26. ウィトゲンシュタインは「数学は絶対的真実を発見するものではなく発明している」という立場をとっていた

 27. それに対しアランは〈数理哲学〉ともいわれる「形式主義」を擁護する立場をとったといわれている

 28. 1938年9月、アランはパートタイムの形でイギリスの暗号解読組織「政府暗号学校」(GC&CS)で働きはじめる

 29. GC&CSは元イートン荘園の一部「ブレッチリー・パーク」にあり、〈StationX〉という暗号名でも呼ばれていた

 30. それに先立つ1938年7月、ポーランドの暗号局はイギリス、フランスの情報担当官とワルシャワで会合していた

 31. 東西をロシアとドイツに挟まれた地理を持つポーランドは第一世界大戦後も各国の暗号解読に精を出していた

「エニグマ暗号」に遭遇

 32. ところが1926年、ポーランドの暗号解読班は突如〈解読できない暗号〉に遭遇する

 33. それがドイツの「エニグマ暗号」だった。エニグマとはドイツ語で〈謎〉を意味する

 34. エニグマは文字の置き換え方式による暗号で、平文の文字をある変換ルールにのっとって置き換えて解読する

 35. この変換ルールが解読の〈鍵〉になるが、エニグマの鍵は159,000,000,000,000,000,000通りも存在した

 36. GC&CSで働き始めたアランは数学者を中心に編成された暗号解読チームでこのエニグマ解読に挑むことになった

 37. ポーランドはそれまで収集したエニグマのローター回路情報とドイツ軍用エニグマ(旧式)のレプリカを進呈

 38. それをもとにアランは数学と高速な計算機械を使用して、〈鍵〉の探索時間を短縮するアイデアを思いつく

 39. 1939年秋、彼は電動式の暗号解読装置「チューリング・ボンブ」の設計を行った

 40. 完成したボンブは膨大な可能性のなかから〈当たり鍵〉を15分ほどで見つけることができたという

 41. 歴史家で暗号解読にも従事していたエイザ・ブリッグズは当時のアランについて「天才だった」と述べている

 42. しかしブレッチリー・パークでの彼は〈変人〉として通っていた

 43. 毎年6月の第1週は花粉症に悩まされるため、ガスマスクをして自転車でオフィスに通った

 44. また彼が愛用していた自転車は故障しており、定期的にチェーンが外れてしまう

 45. それを修理する代わりにアランはペダルをこいだ回数を数え、危なくなると自転車を降りてチェーンを調整した

 46. マグカップが盗まれるのを防ぐため、それをラジエーターパイプに鎖でつないでいた

 47. 長距離走が得意だった彼はロンドンで行われる重要会議に出席するため約64kmを走っていったともいれている

 48. しかもそのタイムは当時のマラソンの世界記録に匹敵するほどの速さだったというエピソードも持つ

 49. がっしりとした体形ながら声は甲高く、話し好きで、機知に富み、少々学者ぶったところもあった

女性とのロマンス、そしてプロポーズ

 50. アランは幼い頃から同性愛傾向を自覚していたといわれるがブレッチリー・パークの同僚女性とも交際している

 51. ジョーン・クラークというその女性は同じ数学者で暗号解読にも長け、二人は趣味も性格も似ていたという

 52. アランはクラークと一緒に働けるよう自分の勤務シフトを調整し、また多くの自由時間を共に過ごした

 53. 1941年春、アランはクラークにプロポーズし、フィアンセとして自分の家族にも紹介している

 54. クラークには同性愛者であることも告白し、彼女もそれを理解し受け入れていたが1941年夏に二人は破局

 55. この別れはアラン自身の判断によるものだったといわれるが、その後も親友として二人の友情は続いた

 56. 1942年アランは暗号に関する情報交換の一環として米国・ワシントンを訪問する

 57. 彼は米海軍の暗号解読者たちにドイツ海軍版エニグマとチューリング・ボンブの構造を伝授

 58. 英米間の盗聴不可能な音声通信手段として当時ベル研究所で開発中だった秘話装置の評価作業も行った

 59. 1943年アランはブレッチリー・パークに戻るが、彼が不在の間に責任者が交代していた

 60. 部門の日常業務に興味を持てなくなっていた彼は、以降「暗号解読コンサルタント」のような立場になる

 61. しかし暗号解読という機密事項を扱う仕事ゆえ、ブレッチリー・パーク外で彼の業績を知る者は誰もなかった

 62. 家族も例外ではなく「軍関係の研究をしている」と聞かされた母は身なりに構わない彼に落胆するばかりだった

 63. 彼らの仕事は戦時中も戦後も極秘とされ、1974年に内実を記した書籍が出版されるまで公にはならなかった

 64. 暗号解読に関与した数学者や科学者たちは功績に見合った評価を得られず、戦後も不遇な日々を送る

 65. 1945~47年アランはロンドンのリッチモンドに暮らし、イギリス国立物理学研究所(NPL)に勤務した

 66. ここでプログラム内蔵式コンピュータの初期設計の一つ「ACE」に携わるが、その完成を待たずに異動している

 67. ケンブリッジに戻ったアランは、1948年マンチェスター大学の数学科助教授として招かれた

 68. 初期コンピュータ「Manchester MarkⅠ」のソフトウェア開発に従事すると、数理生物学に興味を広げていく

対峙しているのは人間か、それとも機械か

 69. より概念的な仕事にも取り組み、『計算する機械と知性』という論文では人工知能の問題を提起

 70. 今日「チューリング・テスト」として知られる〈ある機械が知的かどうかを判断する〉ための実験も提案している

 71. 人間の質問者が機械と会話をして人間か機械か判別できない場合にはその機械が〈思考〉しているというもの

 72. 論文のなかでアランは、機械に子どもの精神をプログラムし教育によって育むのがよいとも示唆している

 73. このころ彼はまだ世の中に存在していなかった「コンピュータ・チェス」のプログラムを独自で書き始める

 74. しかし当時のコンピュータは性能が低く、アランは自分自身でコンピュータをシミュレートして実験を行った

 75. その対戦時の棋譜は現在でも残っているが、プログラムが一手打つためには30分を要したという

 76. 彼の同僚との対戦ではプログラムが負けているが、別の同僚の妻との対戦ではプログラムが勝利している

 77. 数理生物学のなかでも〈形態形成〉の研究を深めた彼は1952年『形態形成の化学的基礎』という論文を発表

 78. 彼が生前に発表した唯一の生化学系論文といわれるが、そのなかで形態形成についての仮説を提唱した

 79. アランは反応拡散方程式を用いたが、これは今日の形態形成分野では非常にポピュラーな手法となっている

 80. 1952年1月アランはマンチェスターの映画館でアーノルド・マレーという19歳の青年と出会う

 81. ランチデートのあと、アランは週末を一緒に過ごそうと自宅に招くが、マレーはその誘いを断った

 82. 次の月曜日に二人はマンチェスターで再会。数週間後、マレーはアラン宅を訪問し一夜を共にしたとみられる

 83. その後、アラン宅に泥棒が侵入し、彼は警察に通報するが、その捜査の過程でマレーとの関係が明るみになる

 84. 泥棒を手引きしたのはマレーだったが、当時のイギリスで同性愛は違法だったためアランも逮捕されてしまう

 85. アランは有罪となり、〈入獄〉か〈化学的去勢を条件とした保護観察〉かの選択を迫られ、彼は後者を選んだ

 86. 選択は屈辱的ではあったが、当時、性欲を抑えると考えられていた女性ホルモン注射の投与を受け入れた

 87. 1954年6月8日、自宅の寝室で亡くなっているアランの姿を家政婦が発見する

 88. 検死の結果、青酸中毒死と判明。部屋には青酸の瓶が多数あり、彼のベッド脇にはかじりかけのリンゴがあった

 89. そのリンゴに青酸化合物が塗布されていたかどうかの分析はなされなかったが、死因審問で自殺と断定された

 90. アランの母は自殺を否定し、実験用化学物質を不注意に扱ったための事故であると主張した

「白雪姫」のワンシーンをまねて…?

 91. しかし当時の同僚は映画『白雪姫』を観た直後、〈魔法の秘薬にリンゴを浸けよう〉と彼が呟いたのを聞いていた

 92. それゆえアランが『白雪姫』のワンシーンを真似て、このような死を選んだのではないかという説もある

 93. 彼の死後、1966年にはコンピュータ科学者による国際学会ACMがその名を冠した「チューリング賞」を開設

 94. コンピュータ科学分野で革新的な功績をおさめた人物を表彰するもので、この分野で世界最高の権威を持つ

 95. 2009年8月、イギリスのプログラマー兼作家のジョン・グラハム・カミングがアランの名誉回復の請願活動を開始

 96. 請願には数千人の署名が集まり、当時のイギリス首相ゴードン・ブラウンは同年9月に政府として正式謝罪した

 97. 2012年英国貴族院に正式な恩赦の法案が提出。翌2013年12月24日エリザベス二世女王の名で恩赦が発効された

 98. 2014年ベネディクト・カンバーバッチ主演の映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』が公開

 99. アランの銅像は数あるが、マンチェスター大学に隣接するサックビル・パークの銅像はリンゴを手にしている

 100. その背後のベンチには〈Father of Computer Science〉をエニグマで暗号化した文字列が記されている。

 (文:寺田 薫/モノ・マガジン2018年7月2日号より転載)

参考文献・HP/『エニグマ アラン・チューリング伝』(勁草書房)、『チューリング 情報時代のパイオニア』、(NTT出版)『暗号解読』(新潮社)、ベネディクト地球歴史館、ロボマインドほか関連HP

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