古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

労働になる「時間」、ならない「時間」の微妙な境目 制服の着替え時間は「労働」電車でのメール返信は

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2022/08/05 12:00 榊 裕葵
会社の制服に着替える時間は勤務時間の一部となるのでしょうか(写真:takeuchi masato/PIXTA) © 東洋経済オンライン 会社の制服に着替える時間は勤務時間の一部となるのでしょうか(写真:takeuchi masato/PIXTA)

「まいどおおきに食堂」などを全国で展開している飲食大手「フジオフードシステム」が、従業員が制服に着替える時間分の賃金を支払っていなかったとして、労働基準監督署から是正勧告を受けていたことが報道されました。

勤務に当たり、会社が指定した制服に着替えることが義務付けられているならば、着替えに要する時間は、業務と密接不可分の時間として、労働時間の一部となることは疑いの余地はありません。

厚生労働省が公表している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)においても、以下の時間を労働時間として取り扱わなければならない旨が明記されています。

使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間

上記ガイドラインにおいて、厚生労働省は「労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる」と定義をしています。

労働時間かどうかの判断が難しい

この点、昨今は業務のIT化やリモートワークなどで働き方が変わり、労働時間かどうかの判断が難しい事例も増えてきました。

加えて、女性や高齢者などの社会参加で働く人の多様化が進み、男性も仕事だけでなく家事や育児への積極的な参加が求められる時代になっており、労働者1人ひとりが安心して就労するためには、労働時間かどうかの線引きは、これまで以上に明確にしていかなければならないという社会的ニーズも高まっています。

本稿においては、筆者の実務経験も踏まえ、「労働時間になるもの、ならないもの」の線引きで昨今問題になりがちな事象をピックアップし、検証をしていきたいと思います。

スマートフォンの普及により、どこにいても仕事ができるようになりました。

多くの企業でLINE WORKS、Chatwork、Slackなどのビジネスチャットが導入され、会社から貸与されたスマートフォンや個人のスマートフォンにアプリをインストールし、通勤時間や自宅などで、メッセージの確認や返信を行っている方も少なくはないのではないかと思います。

このような作業を行っていた時間は労働時間になるのでしょうか。

会社がスマートフォンへアプリのインストールを禁止したり、社外での閲覧や返信を禁止したりしているにもかかわらず、自己判断でメッセージの閲覧や返信を行った場合には、使用者の指揮命令下にあるとは言えず、労働時間とはなりません。むしろ、逆に業務命令違反で懲戒処分の対象になりかねません。

一方で、会社が社外でのスマートフォンでの業務を許可していたり、事実上容認をしている場合には、法的には労働時間として賃金支払いの対象となりえます。しかし、実務上はグレーゾーンになっていることが多いという印象を受けます。

曖昧なままにせずルール作りが必要

社外でのスマートフォンやノートパソコンを用いた業務については、一律禁止にするのも一案ですが、筆者の私見としては、労働時間かどうかの位置付けを曖昧なままにせず、各社において労使が話し合い、自社に合ったルールを定めたうえで、スマートフォンでの業務を行うならば、有用な働き方の1つになりうると考えています。

例えば、通勤時間にスマートフォンで業務を行うことができれば、遠方に居住している従業員は、会社で残業をするかわりに、帰路の電車内で仕事を行うことで、早めに家に到着し、家族と食事をするなどのプライベートを充実させることができます。

その際、電車内で業務を円滑に行うことができるよう、会社が認めた場合には、グリーン料金や特急料金を支給する、ということも考えられるでしょう。普通列車のグリーン車や、特急列車の座席にはテーブルが(車両によっては電源も)ありますから、ノートパソコンを用いた作業も可能になります。

また、個人情報や機密情報の保護の観点から、社外でスマートフォンを使用して行ってよい業務の内容についても基準を設けておくべきです。加えて、プライバシーフィルターを利用する、画面を暗くする、電車であればできるだけ乗客の少ない車両に乗る、カフェなどであれば壁を背にする、といった物理的な対策も、可能な限り行うようにしたいものです。

スマートフォンが身近になったことで、休日や退勤後であっても、上司や顧客からチャット、電話などで連絡が入ることがあります。

会社から、勤務時間外は対応する必要が無い旨が明示されている中、自己判断で対応をした場合には、使用者の指揮命令下ではありませんので、労働時間とはなりません。

一方で、会社として明確なルールが定められていない中、例えば、休日に上司から「●●について至急教えてください」というようなチャットが入った場合、多くの人が対応をするのではないかと思います。

このような場合は、黙示の休日出勤命令があったとして、労働時間にカウントされることになります。

お金を払えばいいという問題ではない

しかしながら、このような休日および退勤後の連絡は、たとえ労働時間としてカウントされるにせよ、従業員がプライベートでリラックスしている中、突然仕事モードに入らせることになるので、従業員の心身にとっても大きな負担となります。

お金の問題というよりも、従業員のメンタルヘルスやワークライフバランスに影響を与えることですから、真に緊急の場合以外には、会社から従業員へ安易に連絡を入れることは控えるべきでしょう。

たとえ、「月曜日に回答をしてくれれば大丈夫です」というメッセージであったとしても、休日にそれを従業員が見てしまうと気になりますから、従業員のプライベートを大切に考えるならば、やはり会社からの連絡自体を差し控えることが望ましいと言えます。

顧客に対しても、会社の休日や営業時間外は、緊急時は別としても、原則として対応をできない旨を会社の責任において周知し、従業員が安心してプライベートな期間を確保できるよう努めるべきです。

どうしても24時間体制で顧客対応をしなければならないような場合は、交代勤務制にしたり、輪番で当直者をおくなどの配慮をすることで、従業員のプライベートに無秩序に業務連絡が入ることを回避することが会社として必要な対応です。

法的に「休憩」は、労働から完全に解放されている必要があります。かつては、休憩に関する労働トラブルといえば、「昼休みに電話当番を任された日は、休憩ではなく労働時間ではないか」といったような、休憩時間に労働から解放されない、といった内容が典型的でした。

昨今は、フレックスタイム制や裁量労働制など柔軟な働き方が増え、休憩時間を本人の裁量で自由に取得できるという職場が増えましたが、それに伴い、休憩に関する労働トラブルの内容も変わってきています。

休憩が取れなかったのに、休憩時間が算入されている

その背景として筆者が感じているのは、柔軟な働き方の導入に合わせ、従業員本人がスマートフォンのアプリで出退勤の打刻をできるクラウド型の勤怠管理システムの導入が増えていることの影響です。

もちろん、クラウド型勤怠管理システムの導入自体は決して悪ということではありません。客観的な労務管理のため望ましいことなのですが、休憩時間に関しては、本人の打刻ではなく、システム上で自動的に1時間休憩を取得したことになるという設定がされていることが少なからずあります。

その設定により、実際には忙しくて休憩が取得できなかったにもかかわらず、給与計算において、機械的に休憩を1時間取得したことにされ、休憩が取得できなかった部分の賃金が支払われていないというトラブルが実務上で増えているということです。

このような場合、従業員本人が会社側に相談をすると「うちのシステムではそういう決まりになっているから変更はできない」などと説明をされることもあるようですが、システムによる自動計算が法的な「正」になるわけでは決してありません。

休憩が取れなかった日については、上長や人事労務担当者に申告をして、実際に取得できた時間数に休憩時間を修正してもらい、実働時間を延長した部分の賃金の追加支給を受けるのが法的に正しい処理です。

なお、休憩時間は、就業規則に1時間と定められていたとしても、必ずしも1時間まとめて取得しなければならないものではありません。

例えば、昼休みが40分しか取れなかったとしても、コーヒー休憩やタバコ休憩などの小休止を含めると1時間になるということであれば、就業規則で定められた休憩時間は確保できていることになりますので、この点はご留意ください。

職場の飲み会が労働時間に該当するかどうかは、昔から議論がされている論点ですが、働く人の多様化や、コロナ禍を経て、近年改めて注目されるようになりました。

教科書的には、飲み会は「強制参加であれば業務」とされていますが、何をもって「強制参加」なのかの基準自体は、どうしても不明確な部分が残ります。

この点、従来は、「強制参加とまで言えるかは微妙だが、断りにくいので参加する」という判断をしていた方も多かったのではないかと思います。

業務上の飲み会と業務外飲み会の線引き

しかし、現在においては、新型コロナウイルス感染が収束しない中、自分が望まない飲み会に感染リスクを負ってまで参加をすることは、「職場の協調性」という論理で考えても、その許容範囲を超えています。

また、共働きや男性の育児参加も当然の時代になっている中、とくに子どもが小さくて手がかかる時期、「職場の付き合いで飲みに行く」というような曖昧な理由で帰宅が遅くなると、夫婦関係の悪化につながることもあります。コロナ禍に加え、ワークライフバランスのことを考えても、位置付けのはっきりしない飲み会に無理をして参加する必要はありません。

仮に会社から「重要な接待なので必ず参加をしてほしい」ということを言われたら、それが業務命令であることを確認のうえ、労働時間として賃金の支払いを受けられるよう折衝しましょう。そして、明確に業務命令として参加を指示された飲み会以外は、自己の判断で断っても法的問題はありません。

業務であることが明確であれば、家族に対しても説明がしやすくなりますし、本人としても納得して飲み会に参加をすることができます。このように、ワークライフバランスなどの観点からも、業務上の飲み会と業務外飲み会の線引きは明確であるべきです。

なお、飲み会に強制参加だが、賃金の支払いがされていないという場合は未払い残業の問題となります。また、任意参加とされている飲み会に参加しなかったことで人事上の不利益を受けた場合は会社の人事権の濫用となります。このような状況に苦しんでいて、自身での解決が難しい場合は、労働基準監督署や、弁護士などの専門家に相談をしましょう。

ここまで各論を述べてきましたが、総括しますと、IT化、多様化の時代においては、何が労働時間に当たるのかをしっかり定義し、働く人1人ひとりが主体的にコントロールしなければ、プライベートの中に労働時間がどんどん入り込み、知らず知らずのうちに無償労働をしていたということにもなりかねません。

労使双方が、労働時間と、そうでない時間の線引きを明確にし、働きやすい職場環境を構築していきたいものです。

そうすることによって、働く人側のメリットだけでなく、会社にとっても労働トラブル防止や、従業員満足度の向上など、少なからずのメリットを享受できるはずです。

東洋経済オンラインの関連記事

東洋経済オンライン
東洋経済オンライン
image beaconimage beaconimage beacon