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あえて“相続せず”に逝く! 増える「遺贈寄付」の実態

AERA dot. のロゴ AERA dot. 2019/04/19 11:30
公正証書遺言の例 (c)朝日新聞社 © Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 公正証書遺言の例 (c)朝日新聞社

「相続」しない生き方が広がっている。財産の行く先を、思い思いにあらかじめ定める「遺贈」。逝くときには、身辺はスッキリさせておきたい。そんな選択に乗り出した人のいまを追う。

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 眼鏡の奥の眼差しがやさしい。90歳を過ぎた林文子さんがカメラに向かい、穏やかに語りかけた。「自分から生み出した『ほかほか』って、与えられた『ほかほか』と違って、本当に幸せ」

 一般社団法人「全国レガシーギフト協会」が、遺贈寄付を勧める記録映像の収録場面だ。林さんが温かな思いに包まれたのは、その遺贈を決めたから。

 個人が亡くなったとき、遺言によって、財産の一部あるいは全部を民間の非営利団体や国、地方公共団体などに残す遺贈。それを進める意思を、公正証書遺言に残したという。

「将来私が残したお金が、若い人たちに使われていくっていうことを、徹底的に理解していればそれは喜びに変わるんじゃないか。何か役に立ちたいという希望だけで、それ以外何もありません」

 高校教員だった。それだけに、若い世代の人への思いが強い。「自ら」の意思で、人の役に立ってほしいと願っている。だから先を行く者としてお手本を示したい、と思う。

「日本財団」には、2012年度には49件だった遺贈への問い合わせが、13年度は75件、14年度80件、15年度は150件と増えている。16年度には遺贈寄付専門の窓口「日本財団遺贈寄付サポートセンター」を設置。個別相談や遺言書作成のサポートに取り組むようになった。同年度の問い合わせ件数は1443件と激増した。

 おひとりさまや、子どものいない夫婦も目立つようになった。東日本大震災以降、寄付に対する意識の高まりを受け、財産を「遺贈する」という選択肢が注目されるようになった。

 特定非営利活動法人「国境なき医師団日本」が昨年6月、全国の20~70代の男女1200人を対象に行った「『遺贈』に関する意識調査」では、70代の8割以上が「遺贈」を認知していた。

 個人が生前に遺言書を作成しておき、死後に専門家によって実行される場合と、相続人によって相続財産の一部(あるいは全部)が寄付される場合がある。後者の場合、必ずしも遺言書がなくても、相続人により決定される。

 こう説くとおカタイが、つまり、人生最後に残すお金が自分が選んだ手段で使われることだ。自分以外の人のために。そこに喜びをおぼえる人は多い。

 いまは亡き西田房子さんは、オーケストラと阪神タイガースが大好きで、日本センチュリー交響楽団の大ファンだった。「楽団の発展のために」と信託銀行を通し、2億円の遺贈をした。「ご存命のとき、寄付の意思表示をされました。弦楽器メンバー4人でお住まいまで行って『六甲おろし』を演奏しました」(公益財団法人「日本センチュリー交響楽団」専務理事で楽団長の望月正樹さん)

 他界した父親がすごく勉強好きだったが、貧しくて進学ができなかった。だからあるNGOを通して父親の遺産でラオスに中学校を建てた、という女性もいる。「奨学金を送ったり、中学校を建てたことで、なんか自分もすごく幸せな気持ちで暮らせているという感じがしています」

「理解のある人からの遺贈は本当にありがたいものです」と言うのは、「日本補助犬協会」の朴善子さんだ。盲導犬、聴導犬などの補助犬を障がい者に貸与する公益財団法人の代表理事。

 忘れられないのは、視覚障がい者を雇用していた会社経営者が死後に寄付してくれた1千万円だ。

「活動は寄付が頼りで、非常に不安定。利用希望者からの申し込みがあっても、寄付が集まらないとお断りしないといけない。この状況をよくご存じの方でした。こういった手段で社会参加できるんだ、と職場で日々感じられていたようです」

 小谷みどりさん(50)は私財を投入し、カンボジアにパン屋をつくり今月オープンさせた。のちに寄付するため、これも長い目で見れば遺贈だ。

 店の名は「U&ME」。小谷さんはスタッフから「マイマム」と呼ばれる。小谷さんがくたびれると、懐も寒いのに市場や屋台でコオロギの素揚げや甘い飲み物などを買ってきて食べて、とすすめてくれる。時に困惑しながらも楽しい。「私は子どもがいないので、20代のかわいい息子や娘が何人もできたみたい」(小谷さん)

 パン屋をつくったのは、雇用を生み出す仕組みをつくるためだ。

「学校をつくっても、そこに教育者がいなければただの箱ですから」

 彼らだけで運営ができるようになったら、「最後はお店ごとプレゼントするつもり」で、それまでは、材料費から彼らの給料までのすべてをサポートする。その額、毎月20万円。

 小谷さんは8年前、夫と死別。夫の財産の一部は夫の出身地である新潟県の小・中学校、それからフィリピンの村にも贈り、夫の名前を付けた文庫を立ち上げた。寄贈式には、日本から義母とともに参加した。

 義母は100人の村人を前に、「どうか皆さん、たくさんの本を読んで、夢をもって生きていってくださいね」と語りかけていた。

「42歳の息子を失った母に、彼の生きた証しが残せた。母にとってもいいことをしたなと思いました」

 タレントで歌手の故やしきたかじんさんは遺産を大阪市に寄付するとの遺言を残し、2億円の寄付をし、「紀州のドン・ファン」こと和歌山県の資産家、故野崎幸助さんの遺言状にも「全財産を田辺市に寄付する」と記されていたことが伝えられたが、いずれのケースも本人の没後、トラブルになっており、着実な準備が求められる。

 遺贈寄付に詳しい樽本哲弁護士によると、遺贈の場合、遺言書作成は必須だ。自筆証書遺言よりも、公証役場で作成する公正証書遺言が望ましい。

 そのうえで、それを実現させる「遺言執行者」を指定しておくこともポイントだ。「相続人が相続財産から寄付をする場合は、故人が亡くなってから10カ月以内に、寄付税制の対象となる団体に寄付をして申告をすれば、寄付した財産は一定の条件の下に相続税が非課税となる特例があります」

 最後に、遺贈へのステップを聞いた。

 遺贈寄付に関する著作があるライターの星野哲さんは、「恩返ししたいと思う人や団体といった対象はたくさん思いつくでしょう。お世話になった大学でも福祉でも。そういうところに寄付をすればいいのではないでしょうか。寄付に金額なんて関係ありません。1万円であろうが、10万円であろうが託す意味は変わりません。難しく考えず、社会への恩返しと考えればよいでしょう」と言う。

 さらになぜこのお金を寄付することを考えたのかという「付言事項」を明記することも大切だという。法的効力こそないが、残された人の理解も高まるからだ。

「日本財団遺贈寄付サポートセンター」の担当者も言う。

「まず、どんなところに寄付したいのか、興味のある分野を考えることです。子ども、障がい者、難病支援か、あるいは街づくりに役立てたいのか。もし団体への寄付を考えているのならば、候補となる団体それぞれから、活動の実績がわかる資料を取り寄せます。税制適格かどうかもここで調べておくと良いでしょう。その後、いくら遺贈するのか財産の整理をします。遺贈には二つの形があり、財産を特定して遺贈する『特定遺贈』と、財産の全部または一定の割合で指定して遺贈する『包括遺贈』があります。包括遺贈はもし故人に負債があればそれも財産の一部となるため、団体によっては包括遺贈の受け入れが難しいところもあります」

 現金は受け付けるが、不動産の遺贈は受けていないところもある。一般財団法人「あしなが育英会」は土地・家屋などの不動産の遺贈を受けている。

「日本財団遺贈寄付サポートセンター」には、子どもの自立を機に遺贈を考える人からの問い合わせも多いという。甥や姪にあげて争族になるのを避けたいから、という人もいる。

 お金は天国まで持っていけない。身内に残して火種をつくるぐらいならば、自分で「生前整理」のひとつとして、死後の財産の受取先を指定しておくのもよいのかもしれない。

 人生の折り返し点を過ぎると、年齢を重ねるうちに「残りの人生の蓄えはいくら必要か」と多くの人が考えるだろう。その一方で、これまでの生き方を振り返ることも多くなる。実は記者は猛省している。自由奔放に生きてきた。このまま死んだら、何も自分は残せない気がする。若いころには戻りたいけど戻れない。だから、若い世代にお金を託したいと考えている。(本誌・大崎百紀)

※週刊朝日  2019年4月26日号

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