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"お金は汚い"という洗脳を受けた子の末路

プレジデントオンライン のロゴ プレジデントオンライン 2018/10/10 09:15 高井 浩章
"お金は汚い"という洗脳を受けた子の末路: ※写真はイメージです(写真=iStock.com/Ruslanshug) © PRESIDENT Online ※写真はイメージです(写真=iStock.com/Ruslanshug)

クレジットカードのリボ払い、高リスクの投資信託……。詐欺のような犯罪だけではない。実生活にはお金にまつわるさまざまなトラップがあり、リテラシーがなければ誰かの「養分」にされてしまう。経済記者として20年超の経験を持つ高井浩章氏は、娘にお金の大切さと怖さを教えるために、経済をテーマにした青春小説を書き下ろした。最大の狙いは「お金は汚い」という洗脳を解くことだった――。

「カネもうけ」はなぜガティブなのか

「カネもうけ」。この言葉、ちょっとネガティブな感じがしませんか。不当な利益を上げる商売、といったような。「不労所得」というのもネガティブワードですよね。汗水たらして働きもしないで、株式の配当や賃貸収入でもうけるケシカラン輩、といった感じの。「目指せ憧れの不労所得生活」なんて文句には、「『ズルしてる側』にまわりましょう」というニュアンスがある。「カネがカネを生む」なんていう、資産運用はいかがわしいとにおわせる表現もあります。

最近では、「経済成長」という言葉にまでネガティブに反応する人がいます。頭の中で「無理な」といった枕詞が補われているのでしょうが、それが社会の歪みを生む諸悪の根源みたいな文脈で「経済成長」という単語が用いられるのを見ると、ちょっとクラクラきます。

こういう感覚の根っこにあるのは、古くからある「お金は汚い」「金銭にこだわるのは卑しい」「株式投資はギャンブルみたいなもの」といった価値観なのでしょう。日本には、大人になるまで、場合によってはいい大人になった後でも、「お金のことを考えるのは後回しにしてしまおう」という傾向が強いように思います。

そういうある種の金銭忌避の「洗脳」を解きたくて書いたのが、「おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密」です。

娘のために7年かけて書いた青春小説

この本は、経歴不詳の変な先生と男の子と女の子の3人が「そろばん勘定クラブ」という課外活動でお金と経済について学び、その過程であれこれ起きる、ちょっと変わった青春小説です。「経済」と「青春」は相性が悪そうですが、もとが自分の娘を読者に家庭内で連載していた小説だったので、気ままに書いているうちに変な本になってしまいました。連載開始が2010年、三姉妹の長女が5年生になったころで、完結したのが2016年でした。

私の本業は新聞記者で、株式や債券などのマーケットや国際ニュースの取材や編集を20年ほどやっています。家庭内連載版の小説が完結したとき、知人に配ったら評判が良かったので、試しにKindleで個人出版したら、これが1万ダウンロードを超えるヒットに。それを大幅リライトして商業出版したという、成り立ちもちょっと変わった本です。

書いてあるのは、「自分の娘には最低限、大人になる前にこれくらいは知っておいてほしい」と私が思う経済と社会のイロハです。かいつまんで言えば、「金もうけ」で付加価値を生まないと社会は豊かになれない。経済成長には「不労所得」のように見える資産運用や投資家が重要な役割を担っている、といった市場経済のメカニズムと、そこに自分が参加するうえでの心構えや意義がメインテーマです。

一般向けの経済入門書というのはたくさんあります。私自身、けっこうな時間をかけて「娘に読ませる良い本はないかな」と本屋巡りしました。

でも、金銭忌避の「洗脳」を解いてくれそうなテキストには出会えませんでした。よくできた解説書は多いけど、どれも腹にズシンと響くようなインパクトがない。“教科書的”なんですね。それならば「もう、自分で書いてしまおう」と家庭内連載を始めたのでした。

お金や経済に関する無知は「養分」への一本道

おそらく、日本では多くの場合、「子供」が経済に正面から向かい合うのは就職活動をするときでしょう。仕事の中身や年収から、人生設計をぼんやりと考える。家庭の事情などで学費の手当てに苦労するといったケースはあるかもしれないが、それは「お金に困っている」だけで、経済の仕組み、世のカラクリにまで考えは及ばない。

就活を何となくやり過ごしてしまうと、経済と向き合うのは結婚や転職を検討するあたりまで先延ばしになる。運が良い(悪い?)と「老後は大丈夫かな」と気になる年齢まで、「お金のこと」「経済の勉強」を先送りできたりします。

これは、やっぱり、まずいわけです。

現代社会では、ごく一部の例外を除いて、誰もが否が応でも金銭や経済に関わって生きていくのです。経済の基礎は、言ってみれば「大人の世界のルールブック」です。ルールも知らないでゲームに参加するのは「カモにしてくれ」と言っているようなものです。

福本伸行さんのマンガに「養分」という絶妙な文句があります。素人なのに投資に手を出して損する側に回るヒト。詐欺にコロリと騙されるヒト。高利のローンや保証人制度といった借金地獄にはまるヒト。もっと広い意味で言えば、低賃金で非人間的な働き方を強要されるブラック企業の従業員も、このカテゴリーに入るかもしれません。誰かが肥え太るための「養分」というわけです。

「痛い目に遭ってから」では遅い

何も詐欺師のような裏社会の連中だけが「養分」を狙っているわけではありません。経済合理性に欠けるクレジットカードのリボ払いや、虎の子の退職金を高コスト・高リスクの投資信託に誘導する銀行など、合法的に「カモる」手法は世にあふれています。

こうして実体験で痛い目にあえば、「お金のことをちゃんと考えないなんてありえない」と悟って、目からウロコが落ちるかもしれない。でも、それでは手遅れなのです。目が覚めるほどの実体験が、致命的な額の借金だったり、職業選択での大間違いだったりすると、リカバリーするのはかなり大変だからです。

「『養分』にならない」という個人の自己防衛の理由だけでなく、日本という国全体で考えても経済・金銭教育は重要です。

「貯蓄から投資へ」という言葉は、私が経済記者になった1990年代半ばから、延々と掲げられてきたスローガンです。個人のマネーが投資に回り、それが新しい産業と雇用を生んで、経済成長を後押しする。そんな市場経済が持つ本来の好循環を回すための土台は、日本人一人ひとりの金融リテラシーのはずです。

何も、誰もが投資の達人になる必要はない。そのために資産運用のプロがいるわけですから。でも、ある程度は「なぜ自分が資本市場に参加するべきなのか」「どんな選択肢が合理的なのか」というコンセンサスが社会に定着しないと、お金を回すサイクルは機能しない。

実践的な知恵を身につけてから「大人の世界」に参加すべき

マネーの面だけではなく、労働者や起業家として経済成長の一翼を担うこと、一言でいえば「なぜ人は働くのか」という問題についても、自分の中に軸のようなものがあるのとないのとでは、職業選択や働き方にも大きな差が出てくるでしょう。

誤解がないように付記すると、何も「金銭忌避」から「金銭崇拝」に振り子をふれ、と言っているわけじゃありません。ご一読いただければわかりますが、『おカネの教室』のテーマは、「お金の大切さと面白さ、そして怖さを知ろう」というものです。

私は経済・金銭教育の目標は、「たかがお金、されどお金」と言えるようになることだと思っています。でも、学ぶ順番は、この文句と逆であるべきです。お金が人生の目的ではない、なんてのは当たり前のことです。だからこそ、現代社会におけるお金の重要性を理解したうえで、「でも、それはしょせん、お金でしかない」と冷静に言い切れる。そんな実践的な知恵を身につけてから、人は「大人の世界」に参加したほうがいい。

金銭忌避という「洗脳」をどう解くか

「洗脳」とは、ある価値観を所与のものとして頭に刷り込むことです。金銭忌避は日本社会全体に組み込まれている古い価値観ですから、ひっくり返すのは簡単ではない。

娘に「転ばぬ先の杖」を与えようと私が選んだのが小説という手法でした。実体験のように「目からウロコが落ちる」ようなインパクトと、経済に興味のない読者=わが娘に腹落ちする読書体験をもたらすには、物語のもつ力、読者に共感をもたせる力が助けになると思ったからです。『おカネの教室』は多くの読者から「初めて経済の仕組みがすっきり分かった」という感想をいただいています。「そろばん勘定クラブ」の一員になる「体験型学習」の効果だと思います。

一方で、金融リテラシーの高い読者からは、「大人があらためて読む内容ではない」という感想もいただいています。でも、そうした反応は、10人中1人いるかいないかくらいです。それほど、金銭忌避の洗脳と「経済はめんどくさい」というバイアスは強い。日本社会が数百年がかりで築いてきた洗脳システムは、かなりの強敵なのです。

物語の力と並んで、根を張った強敵と戦うのに有効な武器は「肌感覚」です。亡くなったコラムニストの山本夏彦さん流に言えば、「財布の中の千円札から天下国家を語る」スタイルです。

お金を手に入れる6つの方法を自分事として考える

『おカネの教室』は、「お金を手に入れる6つの方法」を通じて経済の理解を深める構成になっています。生徒2人と読者は、「かせぐ」「もらう」「ぬすむ」「かりる」「ふやす」という5つの方法をたどるうち、最後に6つ目の、お金の本質を握る意外な方法にたどり着きます。専門用語を避け、使い慣れた言葉に落とし込めば、経済はそんなに難しいことではない。金額も大事な要素で、10円玉や1万円札が講義のメインアイテムにしています。億円、兆円といった単位の話は、経済を自分事として考えるのが難しくなってしまう。

市場経済の基本以外にも、福祉国家のありさまや「神の見えざる手」のメカニズム、格差問題やタックスヘイブンまでカバーしています。洗脳解除のためには、お金を軸とした「ルールブック」の全体像を示す必要があるからです。

こうしたファクターは、ストーリーの流れ、2人の生徒の成長の過程で必然的な要素として語られます。不自然に要素を詰め込む「小説もどき」では、物語としての力が落ちて「ズシン」とくる読書にならないからです。ミステリーのような要素もあり、「小説としても面白い」という感想をたくさんいただいています。経済解説と物語、「一粒で二度おいしい」が作者の願いです。

2022年には成人年齢が18歳に引き下げられます。高校を卒業したら、もう「大人」という時代がすぐに来ます。遅くともそれまでには、金銭忌避の洗脳を解く教育が必要ではないでしょうか。若者には、「たかがお金、されどお金」と自信をもって言えるようになってから、大人の世界に参加してほしいのです。

もちろん、何かを学ぶのに遅すぎることはありません。お金や経済に苦手意識がある大人の方もぜひ、「そろばん勘定クラブ」のメンバーになる読書体験を味わってらえれば幸いです。

高井浩章(たかい・ひろあき)

新聞記者

1972年、愛知県生まれ。経済記者・デスクとして20年超の経験をもつ。専門分野は、株式、債券などのマーケットや資産運用ビジネス、国際ニュースなど。三姉妹の父親で、初めての単著となる本書は、娘に向けて7年にわたり家庭内で連載していた小説を改稿したもの。趣味はレゴブロックとスリークッション(ビリヤードの一種)。(写真=iStock.com)

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