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円安放置で「ガソリン補助金」、政府の輸入物価対策の大愚策

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2021/11/25 06:00 野口悠紀雄
Photo:PIXTA © ダイヤモンド・オンライン 提供 Photo:PIXTA

ガソリン急騰対策で

元売りに補助金出し価格抑制

 政府は、19日とりまとめた経済対策で、ガソリン元売り業者に補助金を出してガソリン価格急騰を抑えることを決めた。元売り業者に補助金を出し、小売価格を抑えるようガソリンスタンドに要請する。また24日、岸田文雄首相は、アメリカと歩調を合わせ、国家備蓄石油を一部放出することを表明した。

 しかし、政府による個別価格の直接コントロールにはさまざまな問題がある。

 ガソリン価格急騰には異常な円安の影響も大きい。いま緊急に必要とされるのは、金融政策を変更して円安の進行を食い止めることだ。

輸入物価全般が異常な上昇

販売価格に転嫁できない可能性

 ガソリン価格に補助金を出すという異例の対策を打ち出した背景には、このところの価格の急騰がある。レギュラーガソリンの店頭価格は10週間連続で値上がりしており、11月8日時点で1リットル169円だ。

 ガソリン価格高騰は、2008年や14年にも経験したことがあり、前代未聞と言うわけではない。 しかし、これから冬場を迎えて需要が増えるので、今後さらに上昇する可能性は否定できない。

 だから、対策は必要だが、ただし価格上昇はガソリンだけではない。

 10月の輸入物価指数の対前年同月比は38.0%という異常な高さとなった。うち石油・石炭・天然ガスは100.6%の上昇だ。 原油だけでなく、原材料価格が一般的に上昇している。

 輸入物価高騰をどの程度、川下の分野や消費者物価に転嫁できるかは疑問だ。本コラム(2021年10月28日付)「日本を衰退させる『悪い円安』、日銀は緊急利上げで阻止せよ」で指摘したように、十分な転嫁ができない可能性が強い。

 そうなれば企業の利益が圧迫されることとなる。

消費者物価にもすでに影響

消費需要が抑えられることに

 消費者物価に転嫁できたとしても、問題がある。

 10月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の対前年上昇率は0.1%と落ち着いているが、これは携帯電話通話料の値下げの影響が大きい。この寄与率はマイナス1.47%なので、この値下げがなかったとしたら、消費者物価の上昇はすでに1.57%になっているはずだ。つまり、輸入物価の高騰はすでに消費者物価にかなり転嫁されているのだ。

 実際、上昇しているのはガソリンだけではない。消費者物価中の「エネルギー」(ウエイト712)は、10月の対前年同月比が11.3%の上昇(寄与度0.79)となっている。

 その内訳を見ると、ガソリン(ウエイト182)が21.4%の上昇(寄与度0.38)だが、そのほかにも電気(ウエイト341)が7.7%の上昇(寄与度0.25)、灯油(ウエイト38)のように25.9%とガソリンを上回る上昇(寄与度0.10)をしているものもある。

 転嫁が進めば、上昇率はさらに高まる可能性が強い。これは消費需要を抑圧するだろう。

円安が原油価格だけでなく、

輸入価格高騰の大きな原因

 こうした事態に緊急に対処する必要があることは間違いない。

 ただし、何よりも先に手をつけるべきは為替レートだ。

 日本の輸入価格が高騰しているのは、原材料価格の上昇だけによるのではない。為替レートが異常ともいえる水準にまで円安になっていることも大きな原因なのだ。

 ドル円レートは、2020年を通じて1ドル=102円程度だったが、21年になってから急激に円安が進んだ。9月には110円程度だったが、10月には114円程度になった。

 アメリカの金利が上昇しているにもかかわらず、日本の金利が低位のまま変化していないからだ。

現在の異常な円安は放置できない

正攻法の利上げで対応すべき

 現在の円レートは中長期的に見ても異常だ。

 円の購買力を示す実質実効レート(2010年=100)は、2021年9月に70.43となっている。アベノミクスが始まる前の12年秋には100程度だったことと比べると、3割程度下落している。

 ドル円レートは、11月中旬に1ドル=115円に近づいているので、実質実効レートはさらに下がっているはずだ。

 9月の水準は1970年代後半のレベルだ。仮に資源価格の高騰がなかったとしても、放置できない水準と言える。それに資源価格高騰が重なったために、輸入物価の激しい値上がりが生じているのである。したがって、現時点で緊急に必要なことは金利水準の見直しを行なうことだ。

 為替レートの決定メカニズムは複雑なので、これによってどの程度の円高になるかを予測するのは難しい。しかし金利見直しが適切に行なわれるなら、現在の状況を大きく変えるだろう。

 為替レートが変化すれば、輸入物価にはすぐに影響する。そして、資源価格の高騰が日本経済に与える悪影響を最小限にとどめることができる。これこそが、現在の事態に対処する正統的な政策であり、最も確実な効果が期待される政策だ。実際、多くの国がすでに利上げに踏み切っている。日本も躊躇することなく、同じ行動をとるべきだ。

 これまで、日本の産業界には円安を求める強いバイアスがあった。

 しかし、すでに指摘したように今回の円安は企業の利益を圧迫するという意味で、企業から見ても「悪い円安」だ。日本銀行が金利引き上げで円安を是正する政策をとったとしても、それに対する反対はこれまでのように強くはない。むしろ、それを求める声が産業界からも出るだろう。

 したがって、政治的に考えてもガソリン補助金というような異端の政策ではなく、円安是正という正統的な政策を行なうべきだ。

ガソリン補助金はなぜ望ましくないか?

政府が資源配分を歪めることに

 ガソリン補助金はなぜ望ましくないのか?

 まず最も基本的なこととして、政府が市場価格を直接かつ恣意的にコントロールすれば、資源配分を歪めることになる。ガソリン価格が上がっているのは、「ガソリンの消費を抑制せよ」という市場のシグナルなのだ。それを殺してしまうことになる。

 なお、ここで言う「価格」とは相対価格のことだ。この場合には、ガソリンと他の財・サービスとの相対価格である。

 為替レートの変動は国内の相対価格にまったく影響しないわけではない。円安は、輸入品と、それを用いて直接、間接に生産される財やサービスの価格を一般的に引き上げる。間接的な産業連関的効果を考えれば、その範囲は非常に広い。

 だから、個別的な相対価格には大きな影響を与えることはない。

 また、現在の円安が適正なものであるという保証はない。むしろ、すでに述べたように現在のレートは中長期的に見ても異常であり間違っていると考えるべきだ。

 だから、現時点で円安を是正する政策を行なっても、それは資源配分を正しくするものであり、歪めることにはならない。

公平の観点からも疑問

効率の悪い社会主義経済への道

 ガソリン補助金が望ましくない第2の理由は、公平の観点からのものだ。

 ガソリン価格の急騰は原油価格の急騰によるが、原油はガソリン以外のさまざまな財・サービスの生産に使われる。そのなかで、なぜガソリンだけが補助金の対象になるのか?

 また、補助金を支出するには財源が必要だ。それは結局は納税者が負担することになる。納税者からガソリン消費者(あるいはガソリン関連業者)への所得移転が公平の観点から見て正当化できるのかは大いに疑問だ。

 ガソリン補助金が望ましくない理由はほかにもある。

 ガソリンスタンドに価格抑制を要請するといっても、ガソリンスタンドが従うかどうかはわからない。つまり効果は確実でない。小売価格がどうなっているかをいちいち調査し、是正を命じるとしたら、大変な手間がかかる。まさに社会主義経済になってしまう。

 また、今回の措置は時限措置だとされているが、一度導入した補助策を撤廃することは難しい。

 さらに同様の措置がガソリン以外にも広がる危険もある。そうなれば、日本経済は効率の悪い社会主義経済と化し経済停滞が止めどもなく進むだろう。

 このように弊害が多い個別価格補助政策に手を出す半面で、緊急に必要とされる円安対策は放置されている。

 これは信じられないことだ。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)

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