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大前研一が「年金2000万円問題」を斬る! 終身雇用「崩壊」時代はこう乗り切れ

ITmedia ビジネスONLiNE のロゴ ITmedia ビジネスONLiNE 2019/08/09 07:00
「年金2000万円問題」を斬る大前研一氏 © ITmedia ビジネスオンライン 「年金2000万円問題」を斬る大前研一氏

 「年金だけでは老後資金が2000万円不足する」と試算した金融庁の市場ワーキンググループの報告書を巡り、国内では混乱が広がった。しかし、「この問題を巡る議論はウソと誤解ばかりだ」と、ビジネス・ブレークスルー(BBT)大学学長の大前研一氏は一蹴する。

 大前氏は、日本人が生涯にわたって豊かに生き続けるために必要なのは、常に学び直す「リカレント教育」だと訴える。『稼ぐ力をつける「リカレント教育」』(プレジデント社)を6月に上梓した大前氏に、「リカレント教育」の必要性や、日本の教育の問題点などを聞いた。

●「人生100年時代」と「老後2000万円不足」の誤解

――人生100年時代を迎え、年金だけでは老後に2000万円不足するという金融庁の市場ワーキンググループの報告書に対して批判が巻き起こり、麻生太郎金融相が報告書の受け取りを拒否するなど、政府も国民も混乱しました。この問題をどのように見ていますか。

 まず「人生100年時代」の言葉自体がまったくのウソです。この言葉は安倍晋三政権の「人生100年時代構想会議」のアドバイザーをしている、ロンドンビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏が、著書『LIFE SHIFT』で提唱しました。しかし、彼女は人口動態から2007年に生まれた日本人の半数が107歳まで生きると予測しているだけです。みなさんに当てはまる話ではありません。

 年金だけでは老後に2000万円不足する試算も、国民全体のことだと誤解されています。これはあくまで現在60歳から65歳の人が、厚生年金を受給して、95歳まで生きると仮定した場合の試算です。しかし実際には、日本人で95歳まで生きる人は4人に1人しかいません。さらに約半分の人は、65歳までにすでに2000万円以上の金を貯(た)めているので、老後資金が不足すると考えられるのは8人に1人。約12.5%ということになります。

 あたかも国民全体が、老後に2000万円足りなくなるかのような議論をしたことで、安倍首相は墓穴を掘りました。そもそも国民全体に当てはめたことが間違いなのです。

 いまの日本で、実際に老後資金が不足すると考えられるのは、国民年金を受給する人です。国民年金だけだと、生活費が月々16万円ほど不足します。長生きすることはおめでたいことなので、足りない人については国が全て面倒を見ます、という対応ができればそれで終わる話です。議論を解きほどく力を持った政治家がいなかったために、問題が大きくなったのだと思います。

●日本人の金融資産は1800兆円

――ということは、老後資金の不足という問題の解決策は、報告書が勧める資産運用ではなく、別のところにあるということでしょうか。

 日本人は老後資金を問題にすること自体がおかしいほど、世界でも高いレベルで老後に対する備えができています。典型的な現象は、この20年間経済が低迷していると言われながら、個人金融資産が倍増して1800兆円にのぼっていることです。

 金融資産を持っている人たちは、老後に何の心配もありません。足りない人には、持っている人から取り上げる方法もあるでしょうし、金利を上げる方法もあります。1800兆円に対して、金利を4%つければお釣りがきます。足りないといわれている2000万円が、金利だけで出てくるわけです。

 私は、金利が高い方が、日本の景気はよくなると考えています。消費税を1%上げた場合、税収が2.5兆円増えるだけで消費自体は冷え込むでしょう。ところが、1800兆円に1%金利がついただけで、増えた18兆円が消費に回れば、盆と正月が一緒に来るようなものです(笑)。

 安倍首相と日本銀行の黒田東彦総裁による「アベクロ政策」は、借金が多い企業を救うことが目的でしょう。しかし、結果的に日本の豊かな個人金融資産を、価値のないものにしています。何をやっているのかと思いますね。

――金融資産を持っている高齢者が、なかなか金を使わないという別の問題もありますよね。

 日本人の貯金額が最大になるのは死ぬ時で、だいたい3000万円くらいのキャッシュを持っています。この金を使えば景気はよくなりますが、われわれの世代は金を貯めろといわれてきたので、なかなか使うことができません。銀行に金を集めて、産業界に低い金利で貸す政策をとっていた時代の犠牲者とも言えます。また、いざというときのために残しておきたいという不安もあるでしょう。人生を楽しむことに金を使わないまま、死んでいくのです。

 イタリア人は、死ぬ瞬間に持っているお金がなくなるように使います。死ぬ時に金が残っていたら悔やむくらい、バケーションなどに金を使って人生を楽しんでいます。そう考えると、2000万円足りないといって騒いでいるのは、世界を知らなさすぎます。日本人は因果ですね。

●日本人に必要なのは「リカレント教育」

――大前さんは日本人が生涯にわたって豊かに生き続けるには、「リカレント教育」が必要だと提唱しています。そもそもリカレント教育とは、どういうものなのでしょうか。

 リカレント教育は、基礎学習を終えた社会人が、10年ごとなどに学び直しを繰り返し行うことです。1969年にスウェーデンの文相でのちに首相になったオロフ・パルメ氏が、69年の第6回ヨーロッパ文相会議のスピーチで触れたことがきっかけで、特に北欧諸国に普及しました。北欧企業が、国際競争力が高いのは、リカレント教育が源泉だと考えられています。

 一方、日本ではリカレント教育の普及を呼びかけようにも、いくつかの深刻な問題があって進んでいないのが現状です。問題の1つは、日本の高校や大学で学ぶことが、これから社会に出る人にとって全く役に立たないことです。

 現在の中学生が40歳前後になる2045年には、人工知能(AI)が人類の知能を超える技術的特異点、いわゆるシンギュラリティを迎えると予測されています。つまり、いま勉強していることが、世の中に出てちょうど活躍する頃には役に立たなくなってしまうのです。こういう時代がくることを分かっていながら、文部科学省が進めている教育は従来通りのままで、問題点を少しずつ修正するだけです。これでは、優秀であればあるほど、本来学ぶべきこととは違った方向で勉強していることになります。

 2つ目の問題は、大学を出て10年、20年と働いてきた30代や40代の人たちが、古い仕事のやり方しか学んでいないことです。会社の人事部や教育係は、本来はこれから必要になる新しい仕事のやり方を教育すべきだったのに、これまでの古いやり方しか教えていません。

 これでは30代や40代が、これから入社してくるフレッシュな人材にも古い仕事のやり方を教えることになります。シンギュラリティを待たずとも、近い将来、間接業務を中心に半分くらいの仕事がAIやロボットに置き換えられる可能性が高い中で、先輩が後輩に仕事を教えることがそもそも正しいことなのかを疑うべきでしょう。この点を理解している会社はほとんどありません。

 3つ目の問題は、政府がリカレント教育という言葉を間違って使っていることです。リカレントは何回も起こる、繰り返すという意味です。人生で何回も勉強し直す必要があるというのが、リカレント教育の本来の意味です。

 安倍首相は17年11月に「人生100年時代構想会議」の中で、リカレント教育の必要性を訴えました。しかし、ここで使われた「リカレント教育」は、くたびれたおっさんたちに対して、サラリーマンを卒業したあとも自分で稼げるように再教育をする、という趣旨です。

 政府が年金を払えなくなるので、70歳まで働いてもらう。補助金を出すから勉強しろと、政府に都合のいい使い方をしています。こんな政策は全く意味がありません。これはリカレントではなくワンタイムです。リカレント教育は、若い頃から繰り返し学ぶことなのです。

●日本のビジネススクールがダメな理由

――社会人が学び直そうと思っても、日本の大学院やビジネススクールでは費用が高く、かといって大前さんが必要だと訴えるスキルが学べるのかどうかも疑問があります。 

 確かに日本の大学には適した教員があまりいません。日本のビジネススクールは、ハーバード大学が20年前に使ったケーススタディーを、いまだに平気で教えているところもあります。ポラロイドとコダックの戦いとか(笑)。毎年同じ授業をしても、学生は毎年変わるので勉強になると思うのでしょうが、ケースが古すぎます。アメリカのビジネススクールで学んできた人にとってはお笑い種でしょう。

――アメリカのビジネススクールでは、学生はどのようにして学んでいるのでしょうか。

 私はスタンフォード大学で教えていましたが、スタンフォードの場合は大企業に勤めているような学生はいません。自分で起業するか、起業したばかりの会社に勤めている人ばかりなので、新しい知識を豊富に持っていて、古いケーススタディーが通用しないのです。「その会社はもう潰れていますよ」「こっちのケースを調べた方がいいですよ」と学生から指摘されます。

 それくらい学生が優秀なので、3人の学生が集まれば、1人の教員が教えるよりも、優れた学びができるという状況です。私のようにグローバル経済の分野なら、経験がものをいう部分もありますが、ITやハイテク関係はもう教員が学生に教えるのは不可能でしょう。

――先生が教えるのではなく、学生と一緒に答えを探していく、というイメージでしょうか。

 日本では、学生は先生の話を聞くものだと考えられています。しかし、先生という言葉に問題があります。中国語で先に生まれた人、という意味ですが、先に生まれた人がこれからの仕事に必要なことを知っているわけがないですよね(笑)。むしろ、21世紀には役に立たないことをたくさん蓄積している。いわば「ゴミ溜め」ですよ。

 デンマークでは、先生、teacherという言葉を使うことを、90年代の半ばに禁止しました。teachは答えがあるという意味。21世紀は答えのない時代なのに、先生が答えを知っていて教えるというコンセプトは間違っていると判断したのです。

 デンマークは1クラスが26人のケースが多いのですが、学生が26人いれば、26通りの答えが出てもいい。そこから議論してみんなで答えを見つけていく教育に変わりました。その中で先生はファシリテーターという名前に変わっています。

 日本では、大学の先生は教授になると、もう一生安泰だと思ってあまり勉強しません。政府の審議会みたいなものに呼ばれて、偉そうなことを言って人生を終わります。学生から見れば迷惑な存在です。先生という言葉を警戒しないといけません。

●日本の教育では世界から40年遅れる

――日本でも新しい学習指導要領に、主体的、対話的に学ぶアクティブラーニングなどが導入されていますが、海外とは学びについての考え方が違うのでしょうか。

 日本の教育はつまずいています。その原因は文部科学省の学習指導要領です。20年に1度中央教育審議会で検討していて、新しい指導要領が小学校では2020年度、中学校では21年度から全面実施され、高校では22年度から順次実施されます。先ほど触れたように、特に高校の指導要領は少し修正するだけでこれから20年間使われるので、教育する内容は40年間止まったまま。世界の動きから40年遅れてしまいます。これは恐ろしいことです。

 私たちは「アオバジャパンインターナショナルスクール」というバイリンガルの学校を経営しています。幼稚園の年中組から高校まで、インターナショナル・バカロレア(IB)の審査を受けて、国際的な教育プログラムを提供しています。

 審査のために学校に来たIBのスタッフは、教科書を使って授業をしている先生を見て、「あの教授方法は不適切だ」と平気で言います。なぜかというと、IBでは教科書を使わないからです。教科書に書いている内容だけを教えて、自分の考えを伝えていない人には先生の資格はないと考えているのです。

 日本では指導要領があって、それに沿った教科書で教えなければならないと説明すると、「いまだにそんなことをやっているのは全体主義の国だけだ」と言われます。尊敬に値するくらい、私とは意見がぴったりです(笑)。

 つまり、指導要領に沿って教えているような日本の教育では、全く変化できません。日本の学校教育を受けた人は、どこかで一回オールクリアして、新しいことを学ばなければ世界とは闘えないでしょう。これが日本の教育の現実です。

●勉強しない日本人に喝!

――日本人は、学生も社会人ももっと勉強しなければ、危機的な状況にあるということでしょうか。

 おっしゃる通りです。25歳以上の学士課程への入学者の割合を国際比較した、文部科学省の15年の資料によると、日本はOECD(経済協力開発機構)の平均16.6%を大きく下回る2.5%。OECDの中ではベルギーと並んで最低レベルです。日本人は、本人も、親も、先生も、学校に行っただけで勉強したと錯覚してしまうのです。

 いまは比較的就職もしやすいので、学校で学んで、会社でOJTで学べば、人生そこそこやっていけると考えるのでしょう。だから改めて勉強する人は極端に少ないのです。

 この考え方は高度経済成長期では正しかった。欧米が答えを持っていて、日本は欧米から技術を学んで実行し、追い付け追い越せとがむしゃらにやれば、それはそれで成り立っていたからです。

 しかし、いまは欧米も答えを持っていません。自分で答えを探さなければならないのです。日本では方向を間違っている会社がとても多い。私は勉強しない日本人の姿勢に喝(かつ)を入れたいと思います。

 トヨタ自動車の社長が「終身雇用は難しい」と発言して波紋を呼んでいるようですが、気が付くのが遅すぎます。この発言がニュースになることが、私には不思議でしようがないです。トヨタも銀行も将来どうなるか分からない時代ですから、むしろ「面倒を見切れない」と早めに言われることは、働いている人にとってはいいことではないでしょうか。

 日本にも新入社員に関連会社の社長を任せるサイバーエージェントや、38歳で退職する人に「ステップアップ支援金」を支給するリクルートのような会社があります。これらの会社では、自分で独立して生きていける方法を最初の10年くらいで勉強しなければやっていけません。こういう企業が増えて、会社を移るなり、起業するなり、どんどん変わっていけばいい。

 豊かに生き続けるためにも、世界と闘うためにも、日本人は常に学び直して、新しいことにもっと挑戦していくべきだと思いますよ。

(フリーライター 田中圭太郎)

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