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夫が借金、妻は「偽装離婚」で返済逃れ 許される?

NIKKEI STYLE のロゴ NIKKEI STYLE 2019/08/01 11:00
写真はイメージ=PIXTA © NIKKEI STYLE 写真はイメージ=PIXTA Case:61 夫が事業に失敗し、多額の借金をつくってしまったようです。夫は私に「このままだと君も債権者に追及される可能性がある。とりあえず役所に届け出を出して離婚したことにしよう」と提案してきました。私も不安なのは事実ですが、このようなことは許されるのでしょうか。

■実質的な婚姻関係を解消する意思は不要

相談はいわゆる「偽装離婚」と呼ばれる形態、つまり本当に夫婦関係を終わらせる意図はないが、借金から逃れるためなど別の理由で役所に離婚届を提出することの是非についての質問と理解しました。

民法は「夫婦は、その協議で、離婚をすることができる」と規定しており、夫婦に離婚の意思があり、役所に離婚届を提出して受理されれば、それだけで離婚が成立します(協議離婚)。

ここで要求される「離婚の意思」については、実質的な婚姻関係を解消する意思までは不要で、単に離婚を届け出るという形式的な意思で足りると判例上、解釈されています。このため、離婚届提出の際に届け出の意思さえあれば、その後も同居するなど夫婦としての実態が継続する場合であっても、離婚は原則的に有効と判断されます。

■夫の負債 妻は原則、法的な責任負わず

問題は、そのような形式上の「離婚」をすることに意味があるかどうかです。そもそも、夫婦の一方の負債について他の配偶者は法的な責任を負うのでしょうか? 夫が負債を抱えた場合、妻が負債を抱えた場合のいずれもありえますが、ここでは相談に沿って債務を負ったのは夫という前提で話を進めます。

いろいろな相談を聞いていると、夫が返せなくなった借金は「妻である自分にも返済義務があるのではないか」と誤解している人が少なくありません。しかし、夫婦は一方が負った債務について、他方が法的な責任を負うことは原則的にはありません。

例外的に、夫婦間で行われた日用品の購入や医療費・子どもの教育費などについては、たとえ夫婦の一方が負った債務でも他方が連帯して債務を負担します(「日常家事債務」といいます)。しかし、夫の事業の借金がこれに含まれないのは言うまでもありません。

また、夫が負債を抱えたまま死亡してしまった場合、債務は負の相続財産として妻が法定相続分に応じて相続することになります。しかし、夫が生きている間に夫の債務を負担することは法的にはありません。

なお、夫の借金を妻が保証している場合があります。この場合、妻は債権者に対し、保証人として夫と同じ内容の債務を負っています。これは債権者と妻との契約に基づき負う保証債務なので、夫婦が離婚したからといって責任を免れるものではありません。

そうすると、夫の借金については離婚しようがしまいが妻は責任を負わず、夫の借金について妻が保証人になっていれば、離婚しようがしまいが妻は保証人としての責任を負うわけです。このため、離婚届を出して離婚を偽装しても、それだけでは夫の借金に対しては何の法的効果もないことがわかりますね。

■過大な財産分与、債権者に取り消せる権利

なお、夫に財産がある場合、離婚に伴う財産分与を利用して妻に財産を移転させ、債権者からの強制執行を免れるために偽装離婚が利用されることがあります。

しかし、通常認められる範囲(婚姻中に形成された財産の2分の1程度)を超えた不相当に過大な財産分与については、債権者からその財産分与は詐害行為取消権(債務者が債権者を害する目的で自己の財産を減少させた行為を債権者が取り消せる制度)が行使される場合があります。慰謝料に名を借りた過大な支払いについても同様です。

なお、前述したように、離婚届を提出する意思がある限り、離婚自体は有効というのが伝統的な判例の立場だったのですが、最近、妻との離婚を仮装して居宅不動産を財産分与で妻に移転し、債権者の追及を逃れようとした事案について、離婚そのものを無効とした判例も登場しています。前提となる離婚が無効という認定ですから、財産分与も過大部分だけでなく全体が無効と判断されています。

■詐欺破産罪に問われることも

さらに、偽装離婚後に財産分与で財産を元妻に移転してから夫が自己破産を申し立てるケースも見受けられますが、これもやめてください。破産管財人には前述した詐害行為取消権をさらに強力にした否認権という法的手段があり、その行使によって移転した財産は破産財団に戻され、債権者への配当原資とされる可能性があります。

それだけでとどまりません。財産を債権者ではなく元妻に財産分与として与えることは、財産の隠匿行為とみなされ、免責が不許可になる場合があります。

破産手続きが終了しただけでは、債務者は債務を免れることはできず、破産手続きとは別に債務の支払義務を免除する「免責決定」を受ける必要があります。しかし、破産法では債権者を害する目的で債権者に配当すべき財産を隠匿する行為は免責不許可の一事由となっているのです。財産を妻名義に移転し、自分は自己破産して債務を免れるつもりが、移転した財産は債権者への配当原資となるだけでなく、免責も受けられないとなると踏んだり蹴ったりです。

さらに、悪質な場合は「詐欺破産罪」に問われることもありえます。その場合、1か月以上10年以下の懲役または1000万円以下の罰金に問われます。偽装離婚→財産移転→自己破産は非常にリスクの高い行為だと理解してください。

■保育園に入るための偽装離婚も

ところで、最近では生活保護や児童扶養手当の不正受給を目的にした偽装離婚も増えていると聞きます。しかし、行政も取り締まりの目を光らせていますし、発覚すれば返還請求だけで済まず、詐欺罪などに問われる可能性もあります。

さらには、保育園に入りやすくするために偽装離婚する人もいるそうです。待機児童問題がそこまで深刻であることに驚きを禁じえませんが、発覚すれば入園が取り消され、退園となるのは確実でしょう。

子どもはせっかく仲良くなった友達を失うことになります。また、偽装が発覚する端緒はママ友を含む近隣住民の通報、つまりタレコミが多いそうです。そうなると、人間関係は崩壊し、その地域に住めなくなるのではないでしょうか。これもお勧めすることはできません。

志賀剛一

© NIKKEI STYLE 志賀・飯田・岡田法律事務所所長。1961年生まれ、名古屋市出身。89年、東京弁護士会に登録。2001年港区虎ノ門に現事務所を設立。民・商事事件を中心に企業から個人まで幅広い事件を取り扱う。難しい言葉を使わず、わかりやすく説明することを心掛けている。08~11年は司法研修所の民事弁護教官として後進の指導も担当。趣味は「馬券派ではないロマン派の競馬」とラーメン食べ歩き。

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