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日本銀行が利上げで数十兆円の「債務超過」に陥ると何が起きるのか

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2022/06/23 06:00 野口悠紀雄
Photo:PIXTA © ダイヤモンド・オンライン 提供 Photo:PIXTA

国債を償還まで持ち続けても

日銀は損失を免れない

 円安に歯止めがかからない。6月22日には一時136円台後半まで進んだ。

 欧米の主要中央銀行が利上げを加速するなかで、日本銀行はいまの円安・物価上昇に対して、「緩和維持」を続けているのはなぜなのか。

 緩和維持を決めた17日の政策決定会合後の記者会見で、黒田東彦総裁は「コロナ禍からの回復がまだ途上の経済を下押しするリスクがある」と述べた。

 だが、景気などへの配慮よりも日銀自身の事情があることは、前回の本コラム「円安135円まで急加速、円安・物価上昇でも日銀が利上げしない『国民軽視』の理由」(2022年6月16日付)で指摘した。

 金利が上昇すれば、日銀保有国債の評価額が減少する。この評価損は国債を満期まで保有すれば現実化しないが、国債を償還時まで持ち続けても金利が上昇すれば、日銀の損失が増加し債務超過に陥る。

日銀の負債の大部分は当座預金

金利引上げで付利支払いが増大

 中央銀行は国債を保有している。通常は、負債は銀行券であって、利子の支払いが必要ない。他方で国債には利子収入がある。このため、収入が発生する。これを「シニョリッジ」と言う。

 日本の場合の問題は、資産にある国債に対応する負債で、日銀券より当座預金が圧倒的に多いことだ。

 2021度末では、長期国債511兆円に対して、負債は銀行券が120兆円に対して民間銀行が日銀に持つ当座預金が563兆円だ。

 これまでの異次元金融緩和の過程で、民間銀行が保有している国債を大量に買い上げたために、このようなことになった。

 当座預金は、基礎残高・マクロ加算残高・政策金利残高という三つの階層に区別され、2016年1月以降、つぎのような付利がなされている。

 基礎残高には0.1%、マクロ加算残高には0%、政策金利残高にはマイナス0.1%。

 金利を引き上げると、当座預金に対する付利の支出が増える。他方で、国債の利子収入は決まっていて変わらない。したがって、日銀の収支は悪化する。

 どの程度の変化が起きるかは、金利をどの程度引き上げ、付利の構造をどうするかによる。

 21年度末の当座預金の残高は約563兆円なので、仮に政策金利を1%ポイント上げて、三つの階層のすべてで付利を1%ポイントずつ引き上げれば、日銀の収支が年間5.6兆円悪化する。

保有国債の評価損と

付利支払い増は同額

 では一方で、国債金利が1%ポイント上がった場合の日銀保有国債の評価はどれくらい下落するのか。

 それは、国債の残高構成がどうなっているかによる。

 これに関してはファイナンス理論で、つぎの公式がある。

 国債評価の下落額=国債残高×平均残存期間×金利上昇幅

 正確にいうと、「平均残存期間」ではなく「デュレーション」だが、両者はほぼ同じものと考えてよい。

 ところで、前回コラムで触れたが、2017年5月に黒田日銀総裁は、「長期金利が1%上昇した場合、日銀が保有する国債の評価損は23兆円程度」と国会で答弁した。

 16年度の長期国債保有額は377兆円だったので、上の公式から、平均残存期間は6年程度(6.1年)と考えることができる。

 現在も残存期間が変らないものとし、そしてわかりやすくするため、すべての保有国債が平均残存期間で一挙に償還されるものとしよう。

 すると、上の公式で21年度末の国債残高をもとに計算すると、国債評価の下落額は、31.2兆円になる。これは先に示した年間の付利負担増の6倍弱になる。

 つまり、付利増加額の合計は、国債評価損とほぼ同じだ。

 国債を満期まで持ち続けても、付利支払い増でほぼ同額の損失増が発生するのだ。(完全に一致しないのは、長期国債残高と当座預金残高が同額でないから)。

 両者がほぼ等しくなるのは、実は偶然でない。

 日銀が国債を満期まで保有し続けると、(当座預金残高)×(金利上昇分)だけの付利が、償還されるまでの期間で増える。

 償還期限が来れば、政府は償還財源調達のため、市場で借換債を発行する。借換債を購入した民間銀行は日銀の当座預金を取り崩して政府と代金決済を行なう。その結果、政府預金も銀行の日銀当座預金も減少する。すると日銀の損益勘定ではそれに対応した分だけ、付利増加額の支払いもなくなる。

 繰り返すと、金利が上昇すると、国債が償還されるまでの期間は付利が増加する。しかし国債が償還されれば、それに対応した額だけ当座預金が減るので、付利増加分はなくなる。

 結局のところ、付利が増加するのは国債が償還されるまでの期間だ。

 従って金利が上昇すれば、付利の支払いが、(残存期間)×(金利上昇幅)×(国債残高) だけ増える。さまざまな期限の国債があるので、全体では、(平均残存期間)×(金利上昇幅)×(国債残高)だけ付利の支払いが増えるということになる。

 この式は、上に示したファイナンス理論の国債評価損についての公式と同じだ。

 前回コラムで国債の評価損を帳簿上のものとしたが、これは、付利の支払い増に対応している。その意味で、単なる帳簿上のものではなく、現実的なものだ。

交付国債出資の形式的な措置では、

日銀への信頼を回復できない

 では、以上の問題に日銀はどう対処すればよいだろうか?

 一つは当座預金の準備率の大幅引上げだ。そうすれば当座預金はすべて法定準備金になるから付利はいらなくなる。

 しかし、前回コラムで指摘したように、付利がなくなれば銀行はその分を預金者に転嫁するだろう。したがって、国民負担が増加する。

 ただし、日銀が債務超過に陥っても、日常業務に直接の支障が出るわけではない。そこで、形式的に措置すればよいとの考えもあるだろう。

 その考えが認められるなら、政府が交付国債を発行して日銀に出資すればよい。

「交付国債」とは、国が金銭の給付に代えて交付するために発行する国債だ。償還期限が来て、受領者が求めれば、償還される(つまり、現金を受け取れる)。

 戦没者の遺族に対する弔慰金の金銭の給付に代えて発行されたものなどがあり、また、国際通貨基金(IMF)などの国際機関に出資する場合に、現金に代えて発行されている。

 こうした出資国債と同じものを発行して、日銀に出資すればよい。日銀は、それを用いて資本を増やす。そうすれば債務超過は解消される。日銀が償還を求めることはないから、財源措置も必要ない。

 しかし、日銀が債務超過に陥ることの本質的な問題は、異次元緩和によるこれまで無謀な政策運営が明るみに出て、日銀が信頼を失うことだ。

 中央銀行への信頼がいったん喪失すれば、こうした形式的な処置だけで解消できるとはとても思えない。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)

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