古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

コロナ“外出禁止令”直前も「ハグとキス」……感染者1万人超フランスの「咳エチケット」事情

文春オンライン のロゴ 文春オンライン 2020/03/22 11:00 広岡 裕児

 フランスでは、新型コロナウイルスの感染者が19日に1万人を超えた。死者は562人になった(3月22日時点)。

「我々は『戦争』のさなかにある。感染の拡大を遅らせるため犠牲を払ってほしい」

 3月16日月曜日、午後8時のゴールデンアワー。マクロン大統領は、翌17日正午からフランス全土にわたる“外出禁止令”を発表した。期間は少なくとも15日間。不必要な外出、いかなる人の集まりも禁止するとして、従わない場合は罰則が伴うことを強調した。今、パリの観光名所にも人の姿はほとんどないという。

3月16日、国民に向けてテレビ演説するマクロン大統領 ©時事通信社 © 文春オンライン 3月16日、国民に向けてテレビ演説するマクロン大統領 ©時事通信社

 マクロン大統領は、演説の中で「戦争」という言葉を6回発した。相手は目に見えない、至る所へ移動する敵である。

「一人も失業させない」、「大小問わず一つの企業も倒産させない」。年金をはじめとするマクロン大統領が掲げていた改革はすべて棚上げにされ、経営困難な企業は税金や社会保障費を免除。水道、ガス、電気代や家賃も猶予されるという。配給こそしないものの、完全に戦時経済に入った。

不適切な外出には罰金が科される

 16日夜11時、私の携帯にSMSが届いた。政府から送信されたものだった。

〈COVID-19警戒 共和国大統領は、ウイルスの拡散と戦い生命を救うため、厳密に遵守しなければならない規則を発表しました。外出は証明書を持参し、あなたの仕事、健康、基本的な買い物のためだけに許可されます。詳細はwww.gouvernement.frへ〉

 外出するための証明書のひな形はウェブからダウンロードできる。例外的に外出が認められるためには、特例外出証明書を所持している必要がある。

 不所持や、不適切な外出は135ユーロ(約1万6000円)の罰金が科される。スマホの画面を見せるなど、電子データの表示では認められない。

 夜が明け、いよいよ外出禁止が始まる17日を迎えた。テレビには、郊外のスーパーへ開店と同時に駆け込む大勢の客の姿が映っている。ただ、パリ・バスチーユ界隈に暮らす私の実感として、大きな混乱は起こっていない。

 現在フランスでは、新型コロナ対策として手洗いの励行など、次のような予防行動が呼びかけられている。

「きちんと手を洗う」、「咳やくしゃみをするときには腕またはハンカチ、ティッシュを当てる」、「使い捨てティッシュを使う」、「握手やハグをせずに挨拶する」。

日本と違う「ポケットティッシュの使い方」

 日本と比べて「咳エチケット」はほとんど変わらないのだが、違いを指摘するならば、ポケットティッシュの使い方だろう。フランス語でハンカチのことを「mouchoir(鼻をかむもの)」という。そのせいか、ポケットティッシュも厚手で、何回も使う人もいる。だからわざわざ「使い捨てティッシュ」と呼んで、ポスターでは使った後に「捨てましょう」と付け加えられている。

 さらに、「マスクは健康な人の感染防止にならないため、使用しないように」と保健省が連日伝えている。ただし飛沫を防ぐことはできるので、病気の人や感染者と接触する医療関係者や、高齢者に感染させる恐れのある介護者は必ずマスクを使用するように言われている。平常時から、街中でマスクをしている人の割合は日本より圧倒的に小さいと思う。

「フランス人は分かっていない」という嘆き

 それにしても、事態は急激に進むものだ。これまでは週単位で動いていたように見えたが、日単位、いまでは文字通り時々刻々に変化している。16日の演説で、マクロン大統領はフランス人の規律のなさをこう嘆いていた。

「木曜日(12日)、私は我が国を横断している衛生危機を喚起するために演説しました。その時、伝染病は遠いものだと思う人もいたでしょう。それは今や現実なのです」

 3月12日、新型コロナのパニックが始まってから初めての演説で、マクロン大統領は「ここ100年で最大の衛生上の危機」だとして、保育園から大学まで当面休校、70歳以上は外出を控えるよう要請すると発表した。

 それでも、翌朝パリの街に特別変わったことはなかったのだ。朝市では、数日後に控えた市町村選挙の第1回投票日に向けて、競って候補者たちのビラ配りが行われていた。

「フランス人は分かっていない」。“外出禁止令”が発表されることになる16日朝のニュースで、保健省のサロモン医政局長が官僚にしては珍しく怒っていた。

 というのも、週末にフィリップ首相から重要な発表があった。14日土曜日の会見で、翌15日から行事と、カフェやレストラン、映画館などの営業を当面禁止すると発表したのだ。ところが、最後の時を過ごそうとかえって大勢の人々が集まってしまい、一部では大晦日のカウントダウンのような状況だったという(期間は4月15日まで、例外的に営業を認める施設として、食料品店や医薬品店、銀行、ガソリンスタンド、新聞や雑誌を販売するキオスクなどが挙げられた)。多くの人が公園や市場を訪れる様子も報じられていた。

 サロモン医政局長は、新型コロナの感染を防ぐためには人と人が接触してはいけないのに、これでは全く効果がない、というのだ。

街角で挨拶代わりの「ハグとキス」

 3月7日付の「パリジャン」紙の社説は、「黄色いベスト運動と年金改革の過ちによって粉々になったと言われたフランス、支配者への不信と何でもありの陰謀論への誘惑で扇動された祖国は、集団の美徳を取り戻したようだ。(中略)当初の脱線―フェイクニュースの拡散、人種差別主義的な逸脱―は、市民的態度に取って代わった」と書いており、私もその通りだと思った。

 しかしその時点ではまだ、新型コロナの脅威は侮られていたのである。“外出禁止令”が出される直前まで、私が近所を歩いていても街角で挨拶代わりのハグと頬にキスをしている人も見かけた。

 長距離の移動を控えるように、ともフィリップ首相は言っていたが、南仏に向かうリヨン駅に行くと案外ごったがえしていた。テレワークするので「パリの狭いマンションにいる必要がないから」と田舎の別荘に行く人、子供を実家に連れていく人……。

 路地ビストロの前には山のように卵が積まれ、「ご自由にお持ちください」とあった。フィリップ首相の演説を聞くまで何も知らされていなかったので、通常通り営業するつもりで仕入れたのだという。警察は、店が営業していない状態を確認するために見回りを行っていた。

「日常」は終わった

 スーパーには空っぽの棚もあった。トイレットペーパーや水など、特定のものだけがなくなっているのではなく、生活必需品全般にわたっている。スタッフが総出で補充していた。イタリアやスペインのように外出禁止になるかもしれない、という思いで備蓄した人が多かったのだろう。

 そして予想は当たった。

 17日正午。「日常」は終わった。

 禁止令発効前にスーパーへ客が殺到する映像を放送した先の番組でも、「全体として、フランス人は冷静に受け止めている」というコメントが紹介されていた。非常事態下で、今のところ「市民的態度」は発揮されている。

写真=広岡裕児

(広岡 裕児)

文春オンラインの関連記事

文春オンライン
文春オンライン
image beaconimage beaconimage beacon