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いまこそ国民全員にPCR検査を! なぜ日本は検査数を絞るのか

文春オンライン のロゴ 文春オンライン 2020/04/26 06:00 渋谷 健司

 ゴールデンウィークを直前に控え、帰省や旅行による新型コロナウイルスの感染拡大が強く懸念されている。

 政府は4月16日に「緊急事態宣言」の対象地域を全国に拡大することを決め、安倍晋三首相は「特にゴールデンウィークにおける人の移動を最小化する観点から」、「最低7割、極力8割の接触削減を何としても実現しなければならない」と訴えた。

 だが、連休前の段階でも「8割接触削減」を達成できているかは疑わしい。4月22日、国の専門家会議は「オンライン帰省」「オンライン飲み会」「遠隔診療」など、具体的な行動を「10のポイント」として示し、大型連休中も自宅で過ごすよう提言した。

専門家会議 ©︎時事通信社 © 文春オンライン 専門家会議 ©︎時事通信社

 4月24日時点で、国内の感染者数はクルーズ船の乗客・乗員を合わせて1万3575人となった。公表される日々の感染者数は爆発的な増加傾向とは言えず、安倍首相の言う「ギリギリ持ちこたえている」という印象も与えるが、一方で死者数の増加が続いている。国内の死者数は24日時点で358人に上っている。

発熱しながら自宅待機の間に亡くなった岡江さんのケース

 感染者数が急増していない背景には、検査数の抑制があると言われている。オーバーシュートを起こして医療現場が崩壊せぬよう、「軽症者は様子をみる」「重症化してからPCR検査」というフローが一般化しているからだ。

 だが、発熱しながら自宅待機をしている間に容体が急変し亡くなった女優・岡江久美子さんのケースがきっかけの1つとなり、国内ではその方針に対して、大きな疑念が湧き上がっている。

 これについて、「いまこそ国民全員にPCR検査を実施すべきだ」と言うのが、WHO事務局長上級顧問で英キングス・カレッジ・ロンドン教授の渋谷健司氏だ。日本でのこれまでの対応とは正反対のメッセージを、公衆衛生の第一人者である渋谷氏が発する意味とは——。

無症状の感染者がすでに多数いる可能性

 緊急事態宣言が発令されて2週間以上が過ぎたが、新型コロナウイルスに関する心痛むニュースが毎日のように伝えられている。TVに出ている有名人だけではなく、急死後に確認したらコロナだったという事例が次々に報告されている。医療機関や介護施設では検査が追いつかないところも多く、コロナによる潜在的な被害はすでに増加している。

 日本は死者が少ないからコロナ対策は成功していると考える段階はすでに終わったと考えたほうが良いであろう。感染者や死者数が減少トレンドに転じず、断片的ながら市中感染の拡がりを示唆するデータが明らかになってきたことを踏まえれば、残念ながら、これから患者の急激な増加に伴い、死者も増えていくと考えざるをえない。

 私の住む英国も、当初は「大丈夫」と思っているうちに、対策が後手に回り、多くの犠牲者を出すという失敗を犯した。この失敗を踏まえ、戦略を短期間で大幅に変え、3週間のロックダウンを実施、さらに現在3週間の延長を決め、ようやくピークアウトの兆しが見られ、出口戦略の議論が高まっている。英国の過ちを教訓として、日本は多くの犠牲者を出す悲劇を回避してほしい。そのためには、時々刻々変化する状況を踏まえて迅速かつ大胆に臨機応変に対策を講じていかなければならない。

慶應病院「無症状の入院患者の約6%が感染」の衝撃

 筆者は以前から、検査を絞るクラスター対策で捕捉できない無症状や軽症の感染者による市中感染、そして、その結果として生じる院内感染に警鐘を鳴らしていた。ここ最近の度重なる院内感染による病院の閉鎖や機能停止、救急車たらい回しのニュースを辛い思いをしながら見ていたが、4月21日に発表された慶應大学病院からの報告は衝撃的だった。

「4月13日から4月19日の期間に行われた術前および入院前PCR検査において、新型コロナウイルス感染症以外の治療を目的とした無症状の患者さんのうち5.97%の陽性者(4人/67人中)が確認されました。これは院外・市中で感染したものと考えられ、地域での感染の状況を反映している可能性があり、感染防止にむけてさらなる策を講じていく必要があると考えております。」

 無症状の入院患者の約6%がコロナに感染していたというのだ。もちろんサンプル数が少なく、入院患者のデータであるから、この値をそのまま一般人口に当てはめることは適切ではない。このデータを市中感染の状況の推計のうえで、どう解釈するかは慎重な姿勢が必要だ。例えば、都市部の病院通院者は一般人口よりも感染の確率が高いと考えられるため、6%は過大評価であろう。ただ、通常使われる分析手法を用いて、いわゆる信頼区間や検査の精度に鑑み、過大評価しないように低めの値を見積もり約1~2%が無症状感染者との前提をおくと、既に東京では数十万人の無症状感染者がいるとの推計結果を導き出すことも可能となる。

 より正確な感染率を調べるためには、大規模なPCR検査あるいは抗体検査による調査が必要だが、多くの医療機関は全くの無防備で、いつ何時、院内感染するか分からないのが現状だ。医療従事者は感染のリスクに常にさらされ続けている。これは、大病院だけではなくかかりつけ医、介護職などもそうだ。

今こそ公衆衛生学的視点が必要

 これまでPCR検査は、保健所の許可を得て「帰国者・接触者外来」という場所で行われてきた。この「帰国者・接触者」という聞き慣れぬ言葉に日本のこれまでの感染対策のエッセンスが詰まっている。つまり、海外からの感染者の入国を防ぐ水際対策とクラスター対策(症状のある感染者とその接触者の隔離)を行えば国内蔓延は防げるという伝統的な考え方だ。SARSのように症状が出た時に感染しやすい疾患であればそれは効果があるであろう。しかし、新型コロナウイルスのように、潜伏期間も長く無症状でも感染させる可能性のあるウイルスに関して、初期の段階では急速な感染拡大を防ぐことができたとしても、この先クラスター対策でウイルスを封じ込めることはほぼ不可能だ。

 折しも、感染症に関する2つの学会が、PCR検査の対象をより厳しく絞り込むことを提案した。肺炎症状がありウイルス性肺炎の疑いのある患者のみを検査すべきという方針だ。「重症例を優先し、命を救う」ことは臨床医学では当然の判断だ。さらに、軽症の陽性者が検査を求めて医療機関を受診することが、院内感染の拡大につながっているとの指摘もある。今後、重症度に関係なく、陽性者が医療機関に殺到すれば混乱が起こるだろう。検査や収容施設のキャパシティーの問題を指摘する声もある。であれば、「軽症者は検査せずに家で休んでもらえば良い」と臨床医の方々が考えるのももっともだ。

 私の専門は公衆衛生学だ。公衆衛生学は、感染をマクロ的な視点から観察し、いかにそれを封じ込めていくかというオプションを様々な観点から検討する。その公衆衛生学の観点から、コロナ禍で大きな被害を受けたイタリアの村で行われた大規模な調査に注目したい。その村では、ロックダウン実施と解除の時に2回住民の詳細な調査(PCR検査、臨床症状など)をした。それぞれ人口の86%と72%を調査することができたが、驚くことに、陽性者の43%が無症状だったのだ。

 無症状感染者が感染を広げる可能性は、既に今年1月に医学雑誌『ランセット』で指摘されていた。それを裏付ける研究が世界で最も権威のある医学雑誌『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』の4月23日最新号で報告された。米国の介護施設における詳細な調査では、無症状感染者が感染者全体の半分以上を占め、そこから感染が広がっている可能性を示すものであった。

最も権威ある医学誌が「無症状感染はアキレス腱」と指摘

 これはクラスター対策をはじめ、これまでのコロナ対策の常識を覆すものだ。同誌論説では「無症状感染は現行の新型コロナウイルス対策のアキレス腱」というタイトルで、今までのような症状のある感染者への対応だけでは不十分なこと、そして、無症状感染者への検査拡大の必要性を訴えている。つまり、無症状感染者を検査により見つけ出し、他の人にうつす前に隔離していくことが必要となる。

「検査を絞り重症例を優先すべき」という臨床医学的視点は全く間違いではない。しかし、検査を絞っていては、無症状感染者を見つけ出すことができない。このため公衆衛生学的観点からは、「無症状や軽症例を含めた多くの人に検査を実施すべき」となる。この二律背反した考えによって多くの人が混乱している。それは無理もない、医学界においても全く正反対のメッセージが出ているからだ。しかし、これ以上の被害を防ぎ、感染を拡大させないためにも、クラスター対策から検査の拡大及び無症状感染者等の隔離にも力点を置くアプローチへと移行する段階にきている。

 もちろん、このアプローチの前提となるのは、病院への検査希望者の殺到を防ぐための病院外での処理能力が確保された検査体制の整備、そして陽性と判定された方向けの十分な収容施設の確保だ。前者については、東京都等で関係者の尽力によりPCRセンターなどの先駆的な取り組みが始められている。また、大学や研究施設、民間機関などのPCR検査の資源をフル活用していくことも求められる。政府は、人的資源や検査のための試薬の確保へのサポートを強化すべきだ。

別の学会からは「無症候患者にPCR検査を」の共同声明も

 慶應大学病院の事例は氷山の一角だ。今、日本中の医療・介護施設の従事者は大きな感染リスクにさらされている。最近、日本脳神経外科学会や京都大学・京都府立医科大学が共同で出した声明は、感染症2学会とは全く逆の方向性である。「院内感染を防ぐ水際対策として、無症候の患者に対する新型コロナウイルスのPCR検査を保険適用(ないし公費で施行可能)にしていただきたい」というものだ。

 つまり医療現場を守るためにも公衆衛生学的アプローチで、徹底した検査及び隔離を進めるということだ。多くの基幹病院では、院内感染を防ぐために独自に持ち出しでPCR検査をしているところが多い。政府は院内感染による医療崩壊の進行を止めるためにも、早急に、入院患者と医療従事者の検査への保険適用を認めるべきだ。

検査拡大こそが出口戦略の要

 多くの読者は、緊急事態宣言がいつ解除されるのか心配していることであろう。もちろん政府内でもその議論が行われているはずだ。しかし、今の日本の感染状況や8割の接触削減に遠い現状を見ると、5月6日の解除は到底無理であり、残念ながら、私が指摘してきたようにさらに強力なロックダウンが必要となるかもしれない。一方、先にロックダウンを実施した欧米諸国では、多くの国で第1波の感染ピークを越え、解除に向けた具体的議論が盛んになっており、一部の国で解除を始めている。その主なやり方は、少しずつ解除しながら社会的距離を保ちつつ、解除対象を広げていくことである。

 新型コロナウイルスは、米国CDCのレッドフィールド所長がこの冬の第2波がより厳しいものとなる可能性を警告しているように、一旦おさまったように見えても、第2波、第3波が繰り返し押し寄せ、少なくとも数年にわたる戦いになることを覚悟する必要がある。つまり、一旦おさまっても感染の状況を常に警戒し、感染が広がり始めたら再度ロックダウンをするという、ロックダウンの繰り返し戦略が必要となる可能性が高い。

© 文春オンライン 提供 写真はイメージ ©︎iStock.com

 今は試行錯誤であるが、今後は疫学データ(感染者数など)、医療のキャパ、そして、感染のモニタリング(リアルタイムの感染性や抗体保有率)などの定量的なデータに基づき、その判断は進められるであろう。また、抗体を持つ人から優先的に社会活動に復帰するという考え方もある。

 だが、ロックダウンの繰り返しは大きな社会経済的コストをもたらし、多くの国民にとって厳しい状態が続くことになる。できる限りロックダウンの繰り返しを避け、コロナを終息させることはできないのであろうか。ワクチンがない場合は全人口の70%が自然感染しないと終息はしないと言われている。しかし、繰り返しのロックダウンなしにこれを達成することは極めて困難だ。なぜならば、感染をコントロールできなくなれば、急激な感染者の増加によって多くの犠牲者が出るとともに、医療崩壊は何度でも起こりうるからだ。

「週に1度、国民全員にPCRを行う」英国の専門家たちが提案

 コロナ対策については、私が居住する英国をはじめとする欧米各国、WHO等の専門家は、様々な失敗も経験しつつ、試行錯誤の中で次のステップを探求している。そんな中で、ロックダウンの繰り返しを避けるためのヒントとなる試みが英国で提案されている。

 最近、筆者の友人の公衆衛生の専門家30名以上が連名で英国の政治家、医務技監、主席科学顧問宛てに送った書簡が大きな物議を醸している。それは、「1週間に1度、国民全員に定期的にPCR検査を行う」という提案だからだ。大部分の読者は「そんなの無理だろう」と思うであろう。当然、今すぐの実施は不可能で大きなハードルがいくつも存在するが、公衆衛生的観点からは極めて重要な意味を持つものであり、筆者もその方向性には大いに賛成している。

 そのロジックはこうだ。仮に1人の感染者が別の2.5人に移すとしよう(これを基本再生産数Rという)。このRが感染症の動向を見る上で最も重要な値だ。全員検査で感染者を見つけだし、あらかじめ用意した収容施設に隔離する。英国では、感染の約3分の1が自宅での家族間の感染なので、家族間感染の抑制効果だけで、Rは約1.7に下がる。残る自宅外感染のリスクについては、「症状のある感染者」と「症状が出る前の感染者か無症状の感染者」から感染の可能性がある。

 前者は自ら検査を希望する方も多いので、全員検査は後者をできるだけ見つけようとするものだ。後者を見つけて隔離を進めれば、自然に前者からの感染も防ぐことができる。これらの自宅内+自宅外トータルの効果で、Rを1未満にするという考え方だ。これは、クラスター対策とは全く逆の発想である。

 もちろん、検査には目的がなければいけない。そして、検査をすることで対象者や社会全体にとって何らかのメリットがなければ、検査はやるべきではない。無症状者への検査は、感染がみつかった無症状感染者の隔離を促し、他者への感染を予防することができる。また、無症状でも自らの感染を認識することで、仮に症状が急速に悪化しても迅速な対応も可能だ。

 完璧な検査というものは存在しないため、偽陰性(本当は感染しているのに陰性の結果が出る)の問題はある。陰性の方にも、偽陰性の可能性を十分に説明しておき、引き続き社会的距離は保つように指導する。さらに、提案のような定期的に検査を繰り返す仕組みができれば、偽陰性の問題も軽減できる。こうして、全員検査によって、ロックダウンなしにコロナをコントロールできる可能性がある。

英米でも実施されている「在宅検査キット」は魅力的

 繰り返しになるが、実現するためのハードルは、山ほどある。当然ながら、検査を大幅に、それこそ、1日数十万から100万単位で行う必要が出てくる。そのためにも、検査におけるイノベーションが不可欠だ。例えば、すでに英国や米国でも実施されている在宅検査キットなどは魅力的だ。

 日本でもPCR検査キットの販売が開始されたが、臨床医や医師会からは十分な信頼性がないと指摘されている。自宅での検体の採取と医師による採取で検査結果に差はないと米国で報告されているが、日本でもその信頼性を適切に追試する必要がある。さらに、体外診断薬として十分な精度があり、その結果と症状をオンラインで医師がチェックすることで診断がなされる状態を提供すべきではないだろうか。陽性の場合は隔離とセットで、また陰性の場合は繰り返しの検査と偽陰性の可能性を周知していく必要がある。

簡便な唾液での検査も米国では承認

 また、鼻腔や咽頭を綿棒でこするやり方ではなく、簡便な唾液での検査も米国では承認されている。自宅検査キットは、今後のコロナ対策においても極めて重要であり、関係者が協力して前向きに対応することを望みたい。

 このほかにも、陽性者を隔離するための大量の収容施設の整備は当然必須であり、また、保健所職員に過度の負担をかけずに、感染拡大の観点から、個々の感染者の行動パターンを把握するため、個人情報保護に配慮しながら、アプリを用いた感染者のビッグデータ分析を進めることも必要だ。

新型コロナウイルスと賢く付き合うために

 こうした様々な条件が整備されたとしても、「国民全員にPCR検査」とは極論だと思う方も多いかもしれない。当然ながら、一足飛びに国民全員検査を実施するのは非現実的だ。まずは、特定の地域で住民の一定割合を対象にパイロット的に開始することが現実的だ。例えば、東京23区のどこかでパイロット的な取り組みを開始することにより、「全員検査戦略」の感染抑制効果を確認しつつ、徐々にエリアを拡大するアプローチが考えられる。

 パイロット事業のデータは、首都圏全体の感染率の動向把握にも活用でき、社会的接触の抑制措置の強化・緩和を行う上での基準としても活用できる。また、抗体検査の検証(まずは医療機関などに保存されている過去数カ月分の血清の調査、そして、医療機関・医療従事者、さらには、一般人口へと拡大)も併せて進めれば、一定水準の抗体が確認された方をPCR検査の対象から除外する等「全員検査」をより効率的に進める知恵も増えてくるだろう。

 現に、英国でも、筆者の友人らが書簡を送った2週間後に、マット・ハンコック保健相が、「今後1年間で最大30万人を対象とした大規模なPCR検査を実施する」と発表した。最初に、2万5000人に自分で鼻と喉から検体を定期的に採取してもらい、新型ウイルスに感染しているかを調べる。さらに、約1000世帯の成人を対象に定期的な血液検査を行い、抗体保有者の人口比率を分析する計画だ。コロナとの戦いを長期戦と覚悟し、ロックダウンの繰り返しを避けるための出口戦略として、その後の対象拡大も視野にいれているようだ。

 こうした長期戦をにらんだデータの積極的な収集・蓄積及びそれを活用した戦略的な隔離や各種施策の適切な実施によって新型コロナウイルスと賢く付き合い、犠牲者を最小限にしながら社会経済を回復させることは可能かもしれない。日本もこれまでの対策を再検討し、緊急事態宣言・ロックダウンの繰り返しを避ける出口戦略に向けた議論を進めることが何よりも重要だ。

「国民全員検査」を非現実的と決めつけるのは簡単だ。しかし日本の官民挙げての英知を結集し、継続的に実現に向けた努力を進めれば、それも全くの夢物語でもないであろう。私の提案には当然、異論、反論があると思う。我が国のコロナ対策の充実に向け、科学的かつオープンな議論が広く展開されることの一助となれば幸いだ。

(渋谷 健司/Webオリジナル(特集班))

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