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台湾が世界有数のマスク生産大国となった理由 日本に200万枚寄贈はなぜ可能になったのか

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2020/05/22 07:25 台湾『今周刊』
台湾がマスクを十分に供給でき、日本をはじめ外国にも寄贈できたのは、製造業界を挙げた「マスクチーム」の存在があった(撮影:今周刊) © 東洋経済オンライン 台湾がマスクを十分に供給でき、日本をはじめ外国にも寄贈できたのは、製造業界を挙げた「マスクチーム」の存在があった(撮影:今周刊)

 新型コロナウイルスの感染拡大以来、各国でマスクが十分に供給されない状態が続く中、台湾が迅速に取り組んだマスク対策は世界に強烈な印象を与えた。

 台湾のマスク対策と聞けば、真っ先に名前が挙がるのが天才デジタル大臣こと唐鳳(オードリー・タン)氏によるマスク管理アプリだろう。だが、台湾のマスク対策の成功の要因はITだけではない。約3カ月という短期間にマスク生産力を10倍以上に向上させ、供給力を大幅に増強させた。

 新型コロナ流行前、台湾の1日当たりのマスク生産量はわずか188万枚だった。これを4月末までに1700万枚超に押し上げ、生産量は中国に次いで世界2位へと躍進した。その後も増産は続いており、4月下旬には台湾政府が日本にマスク200万枚を寄贈している。

コロナ流行前から始まったマスク対策

 マスク不足から一転、いったい何が台湾を世界有数の「マスク生産国」へと成長させたのだろうか。台湾のマスク増産への取り組みは、コロナ流行前夜から始まっていた。

 マスク増産のキーマンの1人が、経済部(経済産業省に相当)民生化工グループ長の洪輝嵩氏だ。洪氏は台湾の紡織業界に最も影響力があると言われている人物である。洪氏は「多くの人が、『SARS(重症急性呼吸器症候群)のような感染症の流行は再び起きるだろう』と話していた」と語る。2003年に流行したSARSの教訓から、台湾では今でも感染症流行への警戒心が高い。

 洪氏によると、2019年11月末に中国で「原因不明の肺炎」が発生した頃、台湾政府はすでに警戒を高めていたという。12月中旬には、中国で新型肺炎の確定例が増加。台湾では2020年1月21日に初めて感染者が確認された。台湾ではここから感染拡大に関するあらゆる措置がスタートした。

 その裏で洪氏が行っていたのは、台湾における医療物資メーカーのリストアップだ。医療物資にはマスクのほか、消毒用アルコールや耳式体温計、防護服などが含まれる。感染拡大防止策を担う国家衛生指揮センター(NHCC)が本格稼働する際に、すぐに動けるように準備をしていたのだ。

 その後、予想されていた通り新型コロナは世界中に広がり、台湾ではマスクを求める市民がドラッグストアなどに列をなした。この状況をみて経済部は、政府主導によるマスクの増産を決定。台湾で2社しかないマスク製造機のメーカー「権和機械(以下、権和)」と「長宏機械(以下、長宏)」に1.8億台湾ドル(約6.4億円)を投じ、マスクの生産ライン60本に相当する60台のマスク製造機を発注した。

 洪氏は「通常だと、この2社に60台のマスク製造機を発注した場合、納入までに少なくとも半年以上かかる。しかし、今回はたった1カ月で納品された。それは、業界をあげて技術者を派遣したためだ」と説明する。通常では考えられない短期間での納品の裏で、具体的に何が起きていたのだろうか。

業界をあげての協力体制

 経済部長(経産大臣に相当)である沈栄津氏の指示を受け、精密機械研究発展センターの代表・賴永祥氏は2月4日、3つの機械工業系の研究センターから権和と長宏に人材を派遣することを決めた。しかし、翌5日に2社を視察したところ、現場で最も必要とされている機械の組み立てには、研究センターの人員の技術と経験だけでは不十分であることがわかった。そこで、業界全体の支援を求めることを決めたという。

 具体的にどこへ支援を求めるべきか。2月6日午前、賴氏が考えあぐねていたところ、思わぬ人物から連絡が来た。台湾の工作機械メーカーで作る団体「台湾区工具機・零組件工業同業公会」(TMBA)の名誉理事長である厳瑞雄(げん・ずいゆう)東台精機会長が協力を申し出てきたのだ。賴氏は「こちらの要請前に協力の申し出があって驚いた」と振り返る。

 一方、TMBAで理事長を務める許文憲・哈伯精密(HABOR)会長も独自に行動を開始していた。政府のマスク増産計画を知った許理事長は、すぐさま沈経済部長へLINEをし、必要であれば60台のマスク製造機の製造にTMBAから人材と資源を提供したい旨を伝えた。「沈経済部長は多忙で、普段は連絡がつかないことが多い。でも、このときばかりはLINEをしてから数分で電話がかかってきた」と許理事長は笑う。

 その後、許理事長は、厳名誉理事長が賴氏に連絡をしたと知り、ここに後に「マスク国家チーム」と呼ばれるチームの原型が誕生した。賴氏は、金のためではなく、使命感で集まった彼らの団結力に感動したという。

 2月6日の午後には、TMBAの厳名誉理事長、許理事長、常務理事の戴雲錦・台湾瀧澤科技・社長の3人がマスク製造機メーカー2社を視察。そこで、現場で大きな課題があることがわかった。それは2社の生産規模から来る課題だ。

 例えば、長宏の従業員は約10人。平時であれば、1カ月に製造可能なマスク製造機の数はせいぜい2台にすぎない。このままでは、政府が必要としている60台の納品ははるか先のことになる。

 2月7日午前10時、沈経済部長はTMBA、権和と長宏の3者を招集し会議を開き、「いかに速く60台のマスク製造機を完成させるか」について議論した。権和と長宏が提示した現場の問題点は原材料の不足と技術者の不足だった。

ゼロからのマスク製造工場立ち上げ

 技術者不足について、許TMBA理事長は「心配ない。われわれに任せてほしい」と明言した。2月10日、まず瀧澤科技ら5社が率先して行動を起こし、さらに27社が次々とマスク製造機の製造現場に入った。企業は、現場へ自社の精鋭を送ったという。

 だが現場に解決すべき問題はまだあった。権和と長宏の2社は台湾唯一のマスク製造機メーカーであるものの規模が小さいため、作業マニュアルが存在しなかったのだ。そのため第1週目は、まるで泥沼の中を進むようだった。少しでも早く目標を達成するため、現場ではまず作業方法や必要な部品の分析、派遣されてきた技術者の適切な配置などが検討され、徹底した標準作業手順書が作成された。

 このマスク製造機組み立ての指揮官役は、台湾瀧澤科技の平鎮工場長である徐浩東氏だ。「マスク製造機に触れたのは初めてで、すべてゼロから始めた。助けもなく、難しい仕事だった」。ゼロから始めたというのは誇張ではない。マスク国家チームの最初の仕事は、300坪の何もない空間での配電だった。マスク製造機工場の立ち上げのためにケーブルを切り、ネジ穴をあけるところから始まったのだ。

 製造開始から1週間、2月16日に1台目のマスク製造機が完成した。「感慨深さとともに、充実感に満ちていた」と、許文憲TMBA理事長は笑顔で振り返る。

 政府もこの頃から、マスクメーカーや軍、経済部の各部署などに呼びかけ、無名の英雄である「マスク国家チーム」が完成した。「マスク国家チーム」という呼び名がついて以降、マスク製造機の製造に携わった技術者全員は、このプロジェクトのために200%、300%の力を発揮していると激励を受けた。

 そして3月5日、経済部が発注した60台のマスク製造機はすべて納品された。発注からわずか25日。国家チームが投入した技術者はのべ2200人以上にのぼる。この常識を超えた成果に、蔡英文総統も自ら現場に赴き、感謝を述べた。

 しかし60ラインの増強だけではマスクの需要には追い付かず、行政院(内閣)はさらに9000万台湾ドル(約3億2000万円)を投じ、30台のマスク製造機と、それとは別に手術室などで使われるマスク製造機2台を発注。これらのマスク製造機は3月末に納品予定だったところ、約1000人の人材を投じたことで、予定より早い3月20日にすべて納品された。

マスクプロジェクトがもたらしたもの

 このプロジェクトにおいて、TMBAの許理事長は予想外の成果も得たという。人材を派遣した企業はライバル同士であるはずなのに、マスクプロジェクトの下では一致団結し、使命を果たした。

 マスク国家チームの働きにより、台湾の1日当たりのマスク生産量は世界第2位へと躍進した。だがマスク国家チームが台湾にもたらしたのは、マスクの生産力だけではない。業界が政府に協力したことが知られ、「工作機械とは何か」「工作機械産業がいかに重要か」ということを、社会に改めてアピールできたのだ。長年、同産業に従事した許理事長は「本当に意義のあるプロジェクトに携わることができた。この業界にいてよかった」と打ち明ける。

 新型コロナウイルス流行前、アメリカと中国の貿易摩擦の影響を受け、台湾の工作機械業界全体が大きな痛手を負っていた。そこに新型コロナの流行があり、台湾経済も大打撃を受けた。しかし、許理事長はこのようにも考える。それは、マスク国家チームで見せた団結のように、コロナ危機は台湾の工作機械産業の転換期となる可能性があるということである。(台湾『今周刊』2020年4月30日)

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