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遠くの「海」に「海」のまま近づくことはできるのか? 現代アートチーム・目[mé]が創り出す「景色」が気づかせてくれること

テレ朝POST のロゴ テレ朝POST 2021/06/11 00:36
遠くの「海」に「海」のまま近づくことはできるのか? 現代アートチーム・目[mé]が創り出す「景色」が気づかせてくれること © tv asahi All rights reserved. 遠くの「海」に「海」のまま近づくことはできるのか? 現代アートチーム・目[mé]が創り出す「景色」が気づかせてくれること

新感覚アート番組『アルスくんとテクネちゃん』、第34回の放送に登場したのは、人々に馴染みのある景色を、独創的かつ大胆な手法で作品化し、観る人に新鮮な体験を与えてくれる現代アートチーム、「目」。海は遠くから眺めると「海」だけれど、近づくといつの間にか「海水」なってしまう。遠くから眺めることしかできなかった景色に、もし、近づいたり触れたりすることができたとしたら…? 「目」の創作の根幹にある想いについて、メンバーの荒神明香さんと南川憲二さんに話を聞いた。

◆遠くの景色に近づく、触れる

―「目」の作品は、風景に溶け込んだようなものが多いような気がするのですが、根底にどんなテーマがあるのでしょうか。

南川 振り返ってみると「“景色”をもう一回見たい」というところが大きくて。自分たちがとらわれることによって、最初に見たのと同じ景色を見ることは、二度とないんじゃないかと思っていまして。

―はじめて見たときの景色と、そのあと見る景色は別のものになってしまうと?

南川 そうですね。たとえば「山」があったら、どこかで山のことをわかったつもりになってしまっていて、本質的な山を見ていない気がするんです。すでに見慣れてしまった景色を「ただ目の前に存在しているもの」として、もう一度見てみたいという。

―もう一回、まっさらな気分で見たいと。

荒神 よく窓の外の景色を眺めているんですけど、山を俯瞰して遠くから見ると、ものすごく存在感があるじゃないですか。でも、実はそのなかには動物や細かな生物がいて、その存在の塊みたいなものが山というものになっている。

遠くの「海」に「海」のまま近づくことはできるのか? 現代アートチーム・目[mé]が創り出す「景色」が気づかせてくれること © tv asahi All rights reserved. 遠くの「海」に「海」のまま近づくことはできるのか? 現代アートチーム・目[mé]が創り出す「景色」が気づかせてくれること

―そうですね。

荒神 遠くから山だと思ったものに触ろうと思って近寄ると、その存在は森になり、そして林になり、一本の木になり、結局触れるのは一枚の葉っぱだけ。

山の存在自体に対峙して触れたり感じたりすることって、できないものなのかなって疑問が生まれてきて。それを作品という形でお客さんに体感してもらったり、接触したりっていうことができないのかなって話しながら、組み立てていく感じです。

―なるほど。たしかにその通りですね。

南川 はい。たとえば車に乗りながら「ああきれいな海だな」と思って、海に近づこうと浜へ行きます。浜から海に接触したときに見るのは海水です。さらに今度は海水のなかの成分や泡、たまに何か生物の卵が浮かんでるのが見えてきている。近づきたかったはずの海はもうそこにはないんです。

つまり、永遠に“海という景色”には近づけないと思うんですけど、それをどうにか一歩だけでも近づけるようなことができないかなと。

© テレ朝POST 提供

『景体』(2019) 森美術館「六本木クロッシング2019つないでみる」参加作品

photo by Keizo Kioku 画像提供:森美術館(東京)

―六本木の森美術館で展示された『景体』という作品はまさに海という景色に近づけるようにした作品、ということでしょうか。

南川 そのような感じです。厳密にはこの作品では物体という塊として、景色を見せたかった。

荒神は幼いときから大事にしている記憶とか、景色を見て気になったことをたくさんメモして蓄えているんです。そのアイデアを僕が聞いて、ふたりで企画を固めて、もうひとりのメンバーであるインストーラーの増井(宏文)にプレゼンする。

そして増井が制作方法を考えて、「いける」とゴーを出してくれたら作品制作をはじめる、という流れで普段作品を作ってるんですが、この『景体』を制作するとき、増井は悩んでいましたね。

―海という景色を形にするということが難しいと。

南川 そもそも、景色というテーマでの作品作りは、荒神が「景色には行けない」と突然言い出したところからはじまっていて。最初、僕も本当に意味がわからなくて。理解するのに時間がかかりました。

―その荒神さんの言葉の意味をまず、南川さんが翻訳するわけですね。

南川 「山に触れられない」って言うから、「今から行ったらいいやん。ていうか行ってたやん」って。でも、「いや、違うんだ。単位が変わるから行けない」って言われたんです。

―単位?

荒神 景色ってある意味ものの単位なんです。大きな山というのもひとつの単位で、人間は近づくことで単位を変えてしまうので、それが原因だなと。作品の中でそういうことをやっているんです。

―なるほど。

南川 僕は石庭に連れていかれたときにやっとその「単位」という意味がわかって。

―石庭で?

南川 石庭の岩って、山に見えたり小石に見えたりするんですよね。

見方を変えると、スケールも変わって景色になったり、ただの石になったりする。「岩には単位がないんだ。だからそういうことは可能なんだ」とか「葉っぱに近づくんじゃなくて、景色そのものに近づくんだ」っていわれて、なるほどーーー!と思って(笑)

―話を少し戻すと、今の景色の単位の概念が理解できたうえで、『景体』の作品制作をしていくことになったんだと思うんですが、実際にはどんな進め方をされたんですか。

南川 いつもの流れどおり、増井に「今回、これでいきたい」って言ったら、「言ってることはわかるけど、実際作ったら、波がめっちゃ細かなるんちゃう?」って。

それで、「とにかく船借りて、遠くの海、見に行くわ」って言って、実際に増井は見に行ったんです。伊豆かどこか行って、船を借りて。そしたら電話がかかってきて、「遠くの海、近くで見たら水やったわ」って。「だから言ったやろ、でも、どうしよう〜」って話をしながら(笑)。

―増井さんも大変ですね(笑)。

南川: それで、そのあと、多分光の反射で(作品の仕上がりが)決まるってことになって。これ、ほんとに修行僧みたいなんですけど(笑)、増井曰く、「ほとんど目をつぶって」樹脂を削っていくことでできた作品なんですよ。

―目をつぶって触りながら削る!? ある意味とてもアナログな作業ですね。

南川: 逆にデータに裏打ちされたような繊細な画像を見て作ると、離れて見たときの景色の海にならないんですよ。遠い海を近くで見たいから、ただ単に細かくしちゃダメなんです。それで、遠くの海って、どういう形になってるかっていうのを目をつぶってイメージして削るっていうのを、増井とインストーラーさんたちが2カ月ぐらいやって。

―なるほど。2カ月のその細かい工程を経てこの光沢や繊細な波の動きが表現できているんですね。

『景体』よりも少し前の作品、『Elemental Detection』も景色がテーマだと思いますが、どういう想いで作られたのでしょうか。

© テレ朝POST 提供

『Elemental Detection』(2016) さいたまトリエンナーレ2016 参加作品

photo by Natsumi Kinugasa

南川 林みたいなところを入っていくと、ポンて何でもない池みたいなところに出ます。よく見ると継ぎ目のない鏡面になっていて、実はその上を立って歩くことができるという作品です。

お客さんの一部は「ただの池かな、何でもないな」と思って帰ってしまう人も実際にいたくらいなんですが、それはけっこう自分たちにとっては重要なことで。見逃す人がいることで、気付く人がいる。気付く人だけだと、“気付く”ということは実は生まれないんですよね。

「きっと池だと思って見逃す人がいるはず!」ということによって、自分が主体的にその存在に気付くということが起こりうるんです。

遠くの「海」に「海」のまま近づくことはできるのか? 現代アートチーム・目[mé]が創り出す「景色」が気づかせてくれること © 『Elemental Detection』(2016) さいたまトリエンナーレ2016 参加作品 遠くの「海」に「海」のまま近づくことはできるのか? 現代アートチーム・目[mé]が創り出す「景色」が気づかせてくれること

―気づいた人は興奮しますよね。

南川 そうですね。なかには池の淵でズボンの裾が汚れないように、スッとまくりあげてる人がいたり。ごめんなさいって思いながらちょっと嬉しかったりして。

―たしかにこの作品も、池という景色に近づける、ということになっていますね。

南川 そうですね。これもさっきの『景体』とテーマは共通しています。池を景色のまま一歩だけでも近づく、というところから作っています。

荒神 遠くから見た、俯瞰した景色そのものに触れる。

―小さい子供でも、大人でも、同じようにハッとする作品ですよね。

南川 ああ、よく言うのが、おかんがつっかけ履いたまま「ちょっと私観に行ってくるわ」っていえるようなアート作品を作りたいなって。

―「おかん」が「つっかけ履いて」近所にさっと観に行くということ?

南川 そうですね。直感的に見にいかなきゃって作品を作りたいなって。あと、ポピュラーなものはわかりやすい、深いものはわかりにくい、って二択ではなくて、両方とも成立する作品もありうるって。

荒神 地球って、暗闇にポンって浮いているだけの不思議な存在ですよね。でも、赤ちゃん、おじいちゃん、すべての人が同じ地球に生きていて、そのポンって浮いているだけの不思議な物体のなかにいる。人類全体に対しての”気づき”の可能性というか、あらためてそういうことに目を向けられたらって思います。

◆「歯磨き粉」って何なのか? もののもつ意味をとらえ直すこと

―なるほど。

続いて、同じ大きな岩がふたつ並んでいる作品『repetitive object』について教えてください。まったく同じ姿かたちをしていますよね?

遠くの「海」に「海」のまま近づくことはできるのか? 現代アートチーム・目[mé]が創り出す「景色」が気づかせてくれること © 『repetitive object』(2018) 越後妻有トリエンナーレ2018 参加作品 遠くの「海」に「海」のまま近づくことはできるのか? 現代アートチーム・目[mé]が創り出す「景色」が気づかせてくれること

荒神 高校生くらいのときに歯磨き粉の意味がわからなくなったことがあるんです。母親に「歯磨き粉を取って」といわれて、「あれ、歯磨き粉(ハミガキコ)って何?」と。

赤ちゃんの頃は歯磨き粉のことなんて何も知らないけど、大人になっていくにつれて知識が増えるじゃないですか。知らなかったこと、なんて忘れてしまう。

だけどその一瞬、宙に浮いてるような怖さがあって、なんか嬉しかったんです。そういうときによく母親から「そういう感覚は大人になったら忘れるから、忘れないでおいたほうがいいよ」っていわれて。ちょっと遠いようですけど、その体験が元になっている作品なんです。

南川 僕たちはすでにあらゆるものを見て知ってしまっているので、「これって何だっけ?」という目でものを見ることは、すごく難しいんですよね。でも、自分の頭をトンカチでたたいてすべてを忘れてものを見る、ってことじゃなくて、しっかり認識や自我をもった状態で「もう一回」見たい。

岩をふたつ作ることで、“偶然を必然に変える”というか、もう一回新しい気持ちでなんでもない岩に出会えるって奇跡じゃないですか。「これって何だっけ?」という目線でものが見られるんじゃないかな、と作った作品なんです。

―強烈におもしろいです。

荒神 まったく同じ岩が、偶然ふたつ並んでいるっておかしいですよね。工業製品ならあり得ますけど、岩というのは人間よりもはるかに長い年月存在するもので。偶然を必然にするっていうコンセプトを考えたときに、ありえなさそうでありうる、その最たるものが岩なんじゃないかという答えに行き着いたんです。

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―“偶然を必然に変える”というのは具体的にはどういうことなのでしょうか。

南川 岩というのは山の断面が削れて、転がってきたものですよね。圧倒的な偶然によって角や丸みが生まれていて、それはもう偶然の産物でしかない。

でも同時に、なるべくしてなったともいえると思うんです。重力があって、風があって、然るべき場所に辿り着き、さらに自分がアートをやっていて川に出向いてこの岩と出会った。

転がってきただけという視点と、出会うべくして出会ったという視点、その両方があって、ものの本質が見えてくるような気がしていて。そのことを、“偶然を必然に変える”っていっている、というか。

―たまたま岩と出会うことは、偶然であり、必然なのだと。よりその気付きを強固にするために2個同じものを並べているわけですね。

南川 そうです。僕たちは、はじめて出会ったあの日の歯磨き粉にはもう一生会えない。

景色も一緒で、高いお金を払って飛行機に乗って海外に行くとしても、もうその先の風景を知ってしまっている。なんで写真見ちゃったんだろう、Google Earth見ちゃったんだろうって後悔するんです。つまり、物事を認識すること、大人になっていくことって、実はすごく寂しいことなんですよね。

どうやったらもう一回そのはじめての景色に会えるのか。それが大事にしていることだと思います。

―ああ、なんだか感動しました。

南川 ひいては、自分たちがなんでここに存在しているのかっていうことにつながると思うんですよ。山から見たら自分も景色なわけですから、なぜ自分たちがいるのかっていうことの確認、みたいなことにもつながるのではないかと。

―なるほど。「目」の作品にはそういった思いが込められているんですね。

荒神 伝わるかどうかわからないですけど、世の中ってさまざまな“意味”で埋め尽くされているじゃないですか。もう、あらゆるものに名前が付いているんですよ。

机とか床とか岩とか山とか畑とか、その名前で記号のように認識してしまっている。そうやって意識せずに通り過ぎた日常のあらゆるものから意味や名前を取り除いて、もう一回「何ここ?」「何これ?」ということをしたい。

「この世界って何?」ともう一回感じることができたら、新しい想像や心の動きが現れるんじゃないかって、わりとちっちゃいときからずっと思っていて。その気持ちを作品を通して伝えたいっていう感じです。

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◆人類にとって「事件」になるような作品を作りたい

―非常におもしろいです。

南川 鑑賞者の主体性に働きかけたいっていうふうにも思っていて。たとえば美術館に絵を観にいくと、絵と一緒に前の人の後頭部があるから、実は後頭部と絵を一緒に観ていますよね。または、絵の額縁がどれだけ豪華だったか、ということも一緒に鑑賞している。

そういうことって、実は「鑑賞する」という行為にすごく作用しているんじゃないかと思うんです。鑑賞者が美術館に入って、どういう動線、経路をたどって作品を見るか。その経路に作品を仕掛ける隙間があると思っていて。

今見ている作品と、自分の身体がどう関係するかって、とても大事だと思うんです。

―わかります。

南川 前にフォーヴィズムの絵画を見たとき、たまたまおなかを壊していたんです。そのとき、ものすごく体感性が高かったんですね。

作品のせいなのか自分のせいなのかわからないけれど…、鑑賞するという行為にはまだまだ可能性があるなあと思ったんです。鑑賞者がもっと主体的にものを見ることができるんじゃないか。そこに向けて作品を作っているような感じがあります。

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―ウケるものを作るのではなくて、みんなに関わることをテーマに据えている。だから結果的にみんなが観たくなるものになるわけですね。

最後に、これから先も景色にこだわっていかれるのでしょうか。

南川 今は「作品を所有してもらう」っていうことに興味があります。こういったコロナ禍の今、自分たちのコンセプトをどうやって家にもち帰ってもらって、どうやって体験してもらえるのかなっていうのに興味があって。今それをまさに作っています。

荒神 私は、自分の日常生活をポッて忘れてしまうような作品を作ってみたいってずっと思ってるんです。人類にとって事件になるような。

―事件ですか?

荒神 そう。ほんとに、自分たちの日常を一瞬忘れるようなものが、世の中にポンって現れたらいいなって。これも小さいときから思ってたんですよ。

―ああ、おじさんの顔が突然、街に浮かぶ作品(『おじさんの顔が空に浮かぶ日』)は、それに近いものがあると思います。

荒神 そうですね。そういう作品にもっと挑戦したいっていうか。自分たちの狭い社会の範囲のなかのことだけじゃなくて、「この地球って何だったっけ」とか「自分ってどういう存在だったっけ」ってことまであらためて感じられるような、日常の生活を一瞬忘れてしまうようなものを作りたいと思っています。

<文:飯田ネオ 撮影:大森大祐>

目[mé]

現代アートチーム

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アーティストの荒神明香、ディレクターの南川憲二、インストーラーの増井宏文を中心とする現代アートチーム。代表作に、『repetitive object』(2018)、『Elemental Detection』(2016)、『たよりない現実、この世界の在りか』(2014年)などがある。2017年に第28回タカシマヤ文化基金受賞。主な個展に2019年「六本木クロッシング 2019」、「非常にはっきりとわからない」(2019)など。

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