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マレーシア東海岸鉄道事業中止、広がる反一帯一路

JBpress のロゴ JBpress 2018/07/09 06:00 末永 恵

 「事業中止の命令に驚きを隠せない。しかし、マレーシアの法律を尊重するとともに、遵守する」

 中国が支援するマレーシア最大級のプロジェクト「東海岸鉄道」(ECRL)の計画を管理するマレーシア政府系のマレーシア・レール・リンク(MRL)がこのほど、「国益にそぐわない」ことを理由に、中国の習近平政権が進める一帯一路主要事業、ECRLの工事の即時中止を中国交通建設集団(CCCC)に命じたと明らかにした。

 マレーシア政府によると、同事業の即時中止は、マハティール首相が決定した。「契約内容だけでなく、融資率も高く、マレーシアにとっては不利益だからだ」という。

 これを受け、6日、マハティール首相は8月下旬に(20日から24日までで、いずれか3日間)(下線部は7月10日に修正)中国(北京)を訪問し、習国家主席と首脳会談を行うことを明らかにし、ECRLなどの中国との大型プロジェクトなどに関し、協議する方針を示した。中国訪問は5月の首相就任後、初めとなる。

 マレーシアでは、一帯一路関連事業が東南アジアで断トツに多く、マハティール首相は、3日、政府系投資会社「1MDB」に関連した背任、収賄罪容疑で逮捕されたナジブ前首相と中国政府が決定した大型プロジェクトの見直しを図る。

 同計画を進める中国のインフラ建設大手、CCCCはECRLの即時中止を受け、上記のような声明を発表した。

 声明書の中で、即時中止命令に従い、建設現場の「現状保持・保存」「建設機器、道具類等の無断持ち出し禁止」などの命令事項を遵守するとともに、「中止に伴う追加費用発生や2250人以上の従業員の生活を懸念する」と突然の中止命令への驚きと不安も露にした。

 また、事業の中止期間が明記されていないことから、「同プロジェクトは、MRLとCCCC双方の合意に基づいて決定された。双方にとってウィンウィン(相互利益の共有)の解決法が模索されると期待し、早期の再開を願っている」とマレーシア政府に嘆願した。

 このECRLは、習国家主席肝いりの一帯一路の目玉プロジェクトで、総事業費が550億リンギ(約1兆5000億円=1リンギ、約28円。総事業費の85%を中国の輸出入銀行が20年間、3.25%で融資)。

 タイ国境近くから、マレー半島を東西横断する形で、クアラルンプール近郊と東西の重要港を結ぶ総距離約688キロの一大鉄道事業で、昨年8月に着工し、すでに全体13%ほど建設工事が進んでいる。

 さらに、ECRLは、(米海軍の環太平洋の拠点がある)シンガポールが封鎖された場合、中国からマレー半島東海岸側を抜ける戦略的優位性があり、「(マレー半島南部のシンガポール直下)マラッカ・ジレンマ」を克服する意味で、中国にとって地政学的に極めて重要拠点となるマレーシアを取り込む「一帯一路」の生命線でもある。

 マハティール首相は、ECRLについて筆者との単独インタビューで「マレーシアにとって国益にならない。(見直しによっては)中止が望ましい」と発言していた。

(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53065 マハティールの野党勝利、61年ぶりマレーシア政権交代 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53092 “マレーシア・ファースト”で脱中国依存鮮明に)

 マレーシアのリム財務相は、「ナジブ前政権下の見通しでは総工費が550億リンギだったが、新政権の査定では、前政権の査定より50%も跳ね上がり、810億リンギ(約2兆2200億円)にも上った」と中止を正式発表する直前、懸念を示していた。

 建設途中のECRLの中断の背景の一つには、マレーシアの政府債務が1兆リンギを超えることが判明し、今後、財政難が避けられないことがある。

 さらには腐敗、汚職で負債を抱え、中国支援を受けるアジアの他の国々と同様、マレーシアの場合も、一帯一路のプロジェクトがナジブ前首相の政府系投資会社「1MDB」の「巨額債務を救済する」ために始まったことも、マハティール首相が中国の一帯一路を見直す理由だ。

 マレーシア政府筋によると、国際的マネーロンダリング事件に揺れる1MDBに利益をもたらすために、談合取引の間で、中国の政府銀行からの融資が一部賄賂として流れ、“利用”されたか、捜査が行われているという。

 また、同政府はECRLだけでなく、今回、中国石油天然気集団(CNPC)の子会社「中国石油パイプライン」(CPPB)が主導する2つのパイプライン事業(マレー半島とマレーシア東部のボルネオ島)においても、事業中止の命令を下したことを明らかにした。

 1MDBでは、ナジブ前首相、家族や関係者らが、約45億ドル(約4900億円)にも上る公的資金を横領したと見られてきた。

 このパイプライン事業は、「この45億ドルの行方と密接な関係をもっていて、1MDBの巨額負債救済目的で、1MDB(財務省)所有の土地買収に流用されたとのではと捜査を進めている」(与党幹部)ともいわれている。

 さらに、政府関係者によると、同パイプラインの事業支払いが、プロジェクト進行が未完成なのに、「事業総額の87%近くが既に中国側に納入されており、今後、政府間交渉でその資金の返還を求めていく」という。

 同事業におけるマレーシアの国益はほとんどないため、同パイプライン事業の廃止も視野に入れているようだ。

 マレーシアではすでに、1MDB傘下の発電所の全株式約99億リンギを、中国の原子力大手、中国広核集団に売却。しかも、中国広核集団は、1MDB負債の一部の60億リンギも肩代わりした。

 ナジブ前首相は借金返済のため、「発電所は外資上限49%」というマレーシアの外資認可規制を無視し、違法に中国企業に100%で身売りしてしまった。

 「マハティール首相は、これ以上、中国に国の安全保障を“身売り”できないと考えている」(与党関係者)という。

 マレーシアのこうした「反一帯一路」の動きは、他のアジア諸国にも波及している。

 ミャンマーに、ネパール、パキスタンなどでは中国主導のインフラ建設計画の延期や中止が相次いでいる。その建設総額は約770億ドル(1ドル=約110円)にもなる。

 軍事転用への懸念がある上、中国の支援による見返りに、不信を募らせた結果と見られている。

 さらに、インドは今年4月、北京で開催されたインド・中国経済戦略会議でラジブ・クマル国家経済政策機構副委員長が「一帯一路の大型事業で進行中の中国・パキスタン経済回廊は、カミール地方(インドとパキスタンの領土紛争地域)通過し、インドの主権侵害にあたる」と、一帯一路に反対の意を表明。

 インドは昨年5月の「一帯一路国際協力サミットフォーラム」にも欠席していた。

 また、欧州でも駐中国の欧州28カ国の大使のうち27人が連名で、中国の一帯一路構想を強く批判する異例の声明を発表。

 特にドイツを中心にその動きは広がっており、今年の4月には、ドイツの大手経済紙「ハンデルスブラット」が、「中国の一帯一路政策は、自らの政治経済の構想と目標を輸出するためで、中国政府はEUが分裂することで、自らの利益を得ようとしている」と非難した。

 さらに、ジグマール・ガブリエル前外相が「中国は一帯一路によって西側の価値観とは異なる制度を作ろうとしており、西側の主要経済国に対する挑戦」と痛烈に批判。

 また、英国のテリーザ・メイ首相は今年1月の訪中で、中国との経済関係をアピールする一方、一帯一路を支持する覚書の署名を拒否した。

 こうした欧州の動きは、昨年5月の上述の一帯一路国際フォーラムで、ドイツ、英国、フランスなどEU加盟国一部が、中国の一帯一路下での中国との貿易協力での文書署名を拒否した一貫した姿勢を示すものだ。

 米国も、ポッティンガー国家安全保障会議アジア上級部長が、「中国は透明性の高い競争入札システムを構築し、中国以外の諸外国や民間企業を参入させることが急務」と一帯一路の受注業者の90%が中国企業(米戦略国際問題研究所=CSIS=の調べ)であることを非難している。

 マレーシアでは、中国主導でマラッカに石油関連施設を付設する新たな港湾建設計画も進んでおり、マハティール首相の中国主導による一帯一路大型プロジェクトの見直しは加速化すると見られる。

 マレーシアの反一帯一路構想への”オブジェクション”は、国際社会にも拡散しており、にわかに構想そのものが暗礁に乗り上げる可能性も出てきた。

(取材・文 末永 恵)

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