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郵便局員を「かんぽ乗り換え」の不正に走らせた2つの国策

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2019/07/31 06:00 山田厚史
Photo:Diamond © Diamond, Inc 提供 Photo:Diamond

高齢者を食い物に

「郵政よ、お前もか!」

 顔なじみのお客に損をさせると知りながら保険を売った郵便局員も犠牲者ではないか。

 底なしの規模に広がるかんぽ生命の「不正販売」の源流を辿っていけば「郵政民営化の無理」に行き着く。

 へき地・離島を含め全国津々浦々の郵便局が一律のサービスを行うという状況のもとで、「ノルマ達成」や「手数料稼ぎ」のために保険や投資信託などの金融商品を売らなければならない職員にモラル崩壊が起きていた。

 アベノミクスによる「ゼロ金利政策」が事態を助長した。

 客を踏み台にして自らが生き残ろうとする姿は「悪しき市場原理」の典型である。

不利益な保険の乗り換えで

ノルマ達成、手数料稼ぎ

 発端は一昨年から、かんぽ生命が力を入れてきた「保険の乗り換え」だ。

 古い保険を解約し、新しい保険に乗り換えさせる。この過程で「お客様本位と言えない営業があった」と、かんぽ生命の植平光彦社長は認めた。

「お客様本位ではない」というのは、客に不利益を与える保険の販売があった、ということだ。

 日本郵政に有利な「新規」の契約を勧める一方で、新規の契約を結んだ後も旧契約を解除せず、半年以上、保険料を二重払いさせる。顧客に無断で書類を偽造して契約するなどの案件が続々、明らかになった。

 この種のズルは、営業現場で珍しくはないが、今回の件が悪質なのは「お客が損する保険」に乗り換えさせたことである。

 かんぽ生命は2017年10月、「新ながいき君」という終身保険を売り出した。セールスポイントは「短期の入院でも保険金がおります」だ。

 近年、入院日数は短くなっているが、従来の生命保険では一定期間を超える入院でないと保険金はおりない。「新ながいき君」は、入院したその日に5日分の入院費補助が出るので職員にとって「売りやすい保険」だった。

 だが、この保険はお客にとっての「毒」が仕込まれていた。予定利率が年1%から0.5%へと引き下げられたからだ。

 予定利率とは、保険料を算定する根幹に関わる金利だ。生命保険は満期や死亡時まで超長期の固定金利が決まっている。預金もそうだが、金利は高い方が顧客に有利なのは生命保険も同じ。支払う保険料が安くなったり、満期返戻金が大きくなったりする。

 予定利率の高い保険に入っていれば「少ない保険料で大きな保障が買える」ということだ。

 かんぽの予定利率の推移を見ると、昭和59年から年6%だった。平成2年に5.75%へと下がり、平成6年に3.75%、その後、5回切り下げられ2017年4月から0.5%になった。

 平成が始まった頃加入した人たちは「利回り6%」という、今ではあり得ない高金利が生涯約束されている。5%台でも業界では「お宝保険」と呼ばれている。だが、多くの加入者は自分の入っている保険が「お宝」であることに気づいていない。

「お宝保険」は保険会社にとって「お荷物保険」である。アベノミクスの低金利政策で予定利率に見合う利回りを稼げる運用先は見当たらない。

 逆ザヤになっている「お宝」を解約させ、金利の安い保険に乗り換えさせることは、かんぽ生命にとって都合がいい。

 どのような論議が経営会議でなされたか明らかではないが、2017年に「新ながいき君」が売り出され、怒涛の「乗り換え」が各地の郵便局で始まった。

勧誘された高齢者

無保険になった人も

 勧める時、営業職員は「新旧比較表」を示して説明する決まりになっている。

「予定利率」も比較項目のひとつだ。6%の保険が0.5%の保険になれば、どんな損がお客に発生するか、職員がきちんと説明すれば、応ずる顧客はいなかったのではないか。

「新旧比較表」の説明と併せ、顧客から「私は本書面全ページの内容を確認し、申し込みプランが私の意向に合致していることを確認しました」という誓約を取る。

「ご意向確認書」と呼ばれる書面だが、ここに署名・捺印させれば、あとでトラブルが起きても顧客は文句を言えない。「説明は受けている。分からなかったのは自己責任」となる。

 損な乗り換えを勧められた人の多くは高齢者である。乗り換えに応じてしまった後にも問題が起きた。

 新しい契約をしたが、後になって健康診断ではねられ、結果的に無保険になった例が続発している。

 保険に当初、加入した時は元気でも、30年近くたつとあちこちにガタが出る。かんぽが指定する病院で検査をすれば保険に入れない人が出るのは、十分予想できたことだ。

 新旧比較表に小さな字で次のように書かれていた。

「現在の保険を解約した場合は、新たなご契約が成立しなかったとしても、解約した保険は復元できません」

 無保険になる人が出ることを予想していたような注意書きである。

「入院なら初日に5日分が出ます」といううたい文句につられて契約した結果が無保険。乗り換えに応じていなければ病気になっても保険で守られていた。

 かんぽは顧客から「お宝」をはぎ取り、裸にして放り出したようなものだ。

ゆうちょ銀行の投信販売

「ルール無視」でも調査せず

 かんぽ生命、日本郵便、日本郵政の3社は社外の弁護士による特別調査委員会(第三者委員会)を設置し「事実を確認し、原因を徹底的に調査する」と発表した(7月24日)。

 メンバーは検察庁OB3人、いわゆる「ヤメ検」による検証作業が始まる。

 だが、この第三者委員会には、決定的な「手抜き」が潜んでいる。

 調査の対象を「かんぽ生命の保険商品の取り扱い」に限定したことだ。

「かんぽの不正」に話題が集中しているが、「不正販売」はゆうちょ銀行の「投資信託販売」でも問題になっていた。

 6月24日に行われた長門正貢・日本郵政社長の記者会見で「守るべきルールが順守されず、高齢者取引の4割で違反があった」と明らかにされた。

 ゆうちょ銀行の担当役員は「70歳以上の高齢者に投資信託を販売する時は、お客に理解力があるか上司が確認する決まりになっているが、直営店の9割でルールが無視されていた」と違反を認め、頭を下げた。

 投資信託は、かんぽの扱う生命保険より、さらに複雑な金融商品だ。ゆうちょ銀行の直営店でさえ9割に違反があったのなら、取り扱いを依頼されている日本郵便、つまり郵便局ではどうなっているのか。

 金融の門外漢である郵便局員がノルマに追われ、投資信託を売っている現場で、ひどいことが起きてはいないのか。

 不祥事の徹底解明を言いながら、第三者委員会は投信販売にメスを入れないのは理由があるようだ。踏み込めば、郵政民営化という十字架を背負う経営陣の責任がより明確になる。

 市場原理になじまない全国一律の郵便事業を抱え、金融商品を売ってもうけなければ、民営化は立ち行かない。その結果、郵便局に過剰なノルマ販売などを強いて、老人を食い物にする「不正」を増殖させた構造が明らかになってしまう。

根源は「民営化」

赤字の郵便支える必要

 郵政民営化とは、国の事業だった郵便、貯金、簡易保険を株式会社にして、誰もが株を買えるよう市場に公開することだった。

 小泉・竹中改革の看板政策だったが、自民党内でも「過疎地にも出店を義務付ける郵便事業は市場原理になじまない」「日本最大の貯蓄を抱える郵貯を外資に差し出す政策だ」などと侃々諤々(かんかんがくがく)の論議を呼んだ。

 紆余曲折の末、郵政は4分割され、持ち株会社の日本郵政の下に、日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命が並ぶ体制になった。

 懸案の上場は「親子上場」という特異な形が取られた。

 銀行を見れば、メガバンクは金融グループを統括する持ち株会社だけが上場している。郵政グループは、持ち株会社の日本郵政だけでなく、ゆうちょ銀行もかんぽ生命も株を公開した。例外は郵便局を抱える日本郵便だ。

 従業員19万4000人(臨時従業員含まず)を抱え、郵政グループでは圧倒的な存在感を持ちながら収益性が期待できないので上場は無理、と判断された。

 だが日本郵便が赤字に陥れば、親会社である日本郵政の株価に反映する。郵便局の働きぶりが郵政株の売り出しに影響し、民営化の成否にもつながる。

 郵便だけでは立ち行かない日本郵便は、ゆうちょ銀行・かんぽ生命の金融商品を扱って、手数料をもらうことでかろうじて黒字を維持している。

 2018年3月末、ゆうちょ銀行から5981億円、かんぽ生命から3722億円の業務受託手数料を受け取った。赤字の郵便を金融事業が支える、という構造だ。

 だが日本郵政にとって保険も投信も片手間でやるには重い仕事になってきた。

 特に投資信託は、利回りを上げるため外国株や外債が組み込まれ、先物・スワップなど仕組みは複雑化するばかり。商品を理解できないまま本部や地方拠点が割り振る営業目標をこなすのに四苦八苦というのが現状だ。

 1800兆円とされる個人金融資産の49.5%は65歳以上の高齢者が持っている(みずほ総研調べ)。オレオレ詐欺も悪質な訪問販売もここの層を狙っている。手っ取り早く成果を上げるため郵政グループも高齢者を狙ったのではないか。

 投資信託の営業には「適合性の原則」が法律で定められている。投資判断ができる顧客でないと売ってはいけない、という決まりだ。ルールは現場で有名無実になっていた。

 問題は、上司の立ち会いなしに売った、という営業形態にとどまらない。投資判断できない高齢者にどんな投信を売ったのか、そこがポイントだ。

 高齢者に勧めてはいけないような投機性の高い複雑な投信を売っていたのではないか。

 記者会見でこの点をただすと、横山邦男日本郵便社長は「お答えできない」と口をつぐんだ。

経営陣の関心は

高値での株式売り出し

 郵便局には顧客の個人情報がある。郵便貯金がいくらあるか、職員は知っている。

 貯金には金利は「ほぼゼロ」であることを残念に思う顧客に「利回りのいい投信におカネを移しませんか」と持ち掛ける。

 例えば、それで顧客が貯金口座から投信の口座に100万円を移したとすれば、3万円程度(商品によって異なる)の販売手数料がゆうちょ銀行に落ちる計算だ。お客は100万円払って97万円の投資信託を買うことになる。

 貯金から投信の「乗り換え」をさせるだけで3%の手数料。ゼロ金利のご時世でこんな商売はめったにない。顧客の口座を握っているからできる商売だ。

「お客様本位の営業が徹底していなかった」とは「お客を食い物にしていた」という意味ではないのか。

 かんぽの「乗り換え」も、ゆうちょの「投信販売」も現場で起きていた。特別委の調査を「かんぽ」に限定したことは、現場で起きた事件の半面にしか光を当てないことを意味する。

 持ち株会社の日本郵政は本部エリートの集団で現場から遠い。彼らにとっての懸案は、年内に予定している株式の第2次売り出しだ。

 上場後発覚したオーストラリアの物流会社トールへの投資失敗など悪材料を帳消しに収益を示すことが課題となっている。だが頼みのゆうちょ・かんぽは超低金利で採算が悪化している。集めたカネを国債で運用していれば利ザヤが稼げたのは昔の話。日本株も頭打ちで運用収益は振るわない。

 いきおい、投信や保険の手数料稼ぎに力を入れ、過剰なノルマを発生させた。金融事業を頼りに上場するという無理が現場に重い負担をかけてしまった。

モラル崩壊の追い打ち

アベノミクスの超低利

 振り返ると、かんぽと同様の「乗り換え」は、バブル崩壊後、1990年代半ばに生命保険業界で起きている。

 5.5%だった予定利率が切り下げられ、生保各社は金利の低い新型保険を売り出し、「お宝保険」の解約を勧めた。

「顧客を欺く営業」と批判を受け、生保業界は総ざんげを迫られた。

 その時、簡保は蚊帳の外で「顧客騙し」に加わらなかった。目先の収益のためズルすることは官業としてできなかった。

「異常な低金利が長期にわたって続く時、現場で必ずおかしなことが起こる」

 日本銀行総裁だった故三重野康氏の言葉である。副総裁として5度にわたる公定歩合の引き下げに関与し、日本をバブル経済に突入させた責任者の一人でもある。

 あの頃は好景気で激烈な融資競争が起き、銀行員が「イケイケ」とばかり突っ走った。今はデフレ退治のアベノミクスが叫ばれ、「異次元の金融緩和」が始まって6年。金融機関は生き残るため、お客を食い物にするということか。

 現場で起きた愚行を「手数料稼ぎ」「ノルマに追われた暴走」と非難することは容易だが、彼らを追い詰めたのは、過剰な収益目標であり、株価至上主義の経営である。

 郵政各社の経営者の責任は重いが、その経営者を縛っているのが国策だ。

 郵政民営化とアベノミクスによる超低金利。2つの国策が絡み合って19万人の郵政職場のモラルを崩壊させた。

(デモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員 山田厚史)

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