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「新たな特産つくる」=避難の悔しさバネに-福島の陶芸家・東日本大震災8年

時事通信 のロゴ時事通信 2019/03/11 22:28 時事通信社
自ら名付けた陶器「あさか野焼」を手入れする陶芸家の志賀喜宏さん=5日、福島県郡山市 © 時事通信社 自ら名付けた陶器「あさか野焼」を手入れする陶芸家の志賀喜宏さん=5日、福島県郡山市

 東京電力福島第1原発事故により避難指示区域に指定された福島県浪江町出身で、江戸時代から続く伝統工芸「大堀相馬焼」の陶芸家、志賀喜宏さん(58)が避難先の郡山市で新たな窯元を営んでいる。「郡山で新たな特産品をつくりたい」。作品作りの原動力は、8年前の原発事故で避難を強いられた悔しさだ。

 2014年に開いた自宅兼工房には、郡山市内で採取された粘土を使用した陶器が並ぶ。「あさか野焼」と名付け、今年1月には優れた商品として市のブランド「一本の水路」に認証された。

 馬の絵が描かれる大堀相馬焼と異なり、シンプルなデザインが特徴だ。避難先で再び活動を始めた浪江町の窯元10軒のうち、新たな名前を用いるのは志賀さんだけという。「(大堀相馬焼の)原料、文化、コミュニティー、全てを原発事故で奪われた。『0からのスタート』という思い」を込めた。

 地震発生の瞬間は自宅に隣接する倉庫にいた。とっさに棚の品物を手で押さえたが、揺れの激しさに倉庫を飛び出し、翌日家族と共に避難。6カ所の避難所を転々とし、11年夏から郡山市近郊の借り上げ住宅に入居した。

 13年に古里が帰還困難区域に指定された。「何の抵抗もできないことへの悔しさをバネにして、『新しい場所でこれだけのことをやっている』と見返したかった」と志賀さん。JR郡山駅近くに自宅を移し、14年5月に妻と工房を立ち上げた。

 「焼き物文化を普及したい」と陶芸教室も開き、生徒30人に指導している。「いい物を作ることに終わりはない」。体が動かなくなるまで、陶芸を続けるつもりだ。 

東日本大震災で被災した陶芸家、志賀喜宏さんの窯場=2011年3月11日、福島県浪江町(志賀さん提供) © 時事通信社 東日本大震災で被災した陶芸家、志賀喜宏さんの窯場=2011年3月11日、福島県浪江町(志賀さん提供)
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