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【日産ゴーン逮捕】日本には「推定無罪」という法治国家の原則が欠如、世界中に恥さらし

ビジネスジャーナル のロゴ ビジネスジャーナル 2018/11/30 07:00 株式会社サイゾー

 またしても“ガラパゴス日本”の象徴的出来事が起きている。フランス人の大物カルロス・ゴーン氏の逮捕なので、日本人はさぞや世界中で盛り上がっていると思っているであろうが、筆者の知る限り盛り上がっているのは日本だけという状況である。筆者は現在フランスの大学の客員教授として同国在住であるが、ご当地では、まったく盛り上がっていない。

 東京地検特捜部が11月19日、夕刻に羽田空港に着いた日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏に任意同行を求め、午後8時に金融商品取引法違反の疑いでゴーン氏を逮捕したと発表した。以降、新たな事実が判明するたびにメディアを賑わせているが、ゴーン氏について、職業人の域を逸脱して、本人の私生活にまで及んで、あることないことを粗探ししている状態である。今回の件のワイドショー化は、筆者にはかなり異常に思えるのだが、成功者といってさんざん持ち上げたあとに引きずり降ろして足蹴にするのは、日本社会の典型的な行動である。俗にいう集団的掌返しである。

 ことの重大性を否定する気はまったくないが、欧米居住経験者として見るに、まだ起訴でもなく、当然有罪が確定したわけでもないので、一斉にゴーン氏を有罪の悪人、人格に問題のある人物のように扱う世論には強い違和感がある。

 日産の西川廣人社長は、日本的形式に則り国民感情を考慮して、19日の逮捕後早々にゴーン氏を会長職から解任する意向を表明し、22日の取締役会で正式に解任した。一方、ゴーン氏が会長兼CEOを務める仏ルノーの取締役会は20日、ゴーン氏を解任せず、会長・CEOとして留任させると発表。逮捕されて身柄を拘束されているので、フィリップ・ラガイエット社外取締役を会長代行に、ティエリー・ボロレCOOをCEO代行に任命している。ルメール経済・財務相も言うように、推定無罪という法治社会の原則に則った冷静な処置である。

 ある日本の新聞は、「取締役会がゴーン容疑者の解任を見送ったのは、ルノーの筆頭株主であるフランス政府の意向に配慮したためとみられ」と報じたが、これはまったくの憶測である。ルノーの判断の背後にあるのは、ルメール経済・財務相も述べているが、推定無罪の原則である。推定無罪とは「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という、近代法の基本原則だが、日本ではまったく機能していない。逮捕された人物は犯罪者とみなされる。この推定無罪が機能しない状態は、他の先進国からみると極めて異様、前近代的である。

 2014年、欧州連合(EU)と日本が貿易自由化に向けた経済連携協定(EPA)と同時並行で締結交渉を行っている戦略的パートナーシップ協定(SPA)では、人権侵害や民主主義に反する事態が起きた場合は協定を停止できるとの「人権条項」を設けるようEUが主張したが、日本政府が猛反発して顰蹙をかった。日本における人権保護は国際的に信用がない。

 安倍政権は、基本的人権と法の支配という点において基本的価値観を欧米諸国と共有していると主張している。しかし、当の欧米諸国の評価は、2014年に出された国連人権高等弁務官事務所からの勧告にある通りなのだが、政府に、その勧告に真摯に向き合う積極的な姿勢はうかがえないのが現状である。ご興味ある方は、報告書を参照されたい。多少の問題はあるが消極的評価は概ね妥当であり、耳を傾けるに値するであろう。
 
 そして、政府の改善が見られないので、日本弁護士会も2017年に国連人権高等弁務官事務所にたいして、「国際連合人権高等弁務官事務所が作成する 日本に関する人権状況要約書のための文書による情報提供」という資料を提出している。これが、欧米社会における日本における人権擁護の現状理解である。今回のゴーン氏逮捕後の日本の対応は、この信用のなさに拍車をかけかねない。

●日本の信用失墜に手を貸すマスコミ

© Business Journal 提供

 日本のマスコミは、ルノーがゴーン会長・CEOを解任しなかったことについて、推定無罪の観点から理解するのではなく、フランス政府の介入のせいにしている。「ゴーン氏は悪人」という国民受けの良いシナリオに固執しているのかもしれないが、日本の国際社会での信用失墜に手を貸している。

 これを後押しするかのように、三菱自動車は26日の臨時取締役会でゴーン会長を解任した。その理由として、すでに日産の信認を失っていること、逮捕によって会長としての業務遂行が困難になったことを挙げている。しかし、最初の理由は推定有罪を前提にしている。2つ目の理由は、ルノーのように代行を置けばよい話であって解任の理由にはならず、これも推定有罪が前提である。

 取締役会後に記者会見で益子修CEOは、「(解任しなければ三菱自を)レピュテーションリスク(評判を落とす恐れ)にさらすことになる」と述べた。これは明らかに日本市場を意識したものであろう。しかし、日本市場の販売台数(17年度)は全販売台数の1割程度であり(その半数は日本でしか売れない規制で保護された軽自動車)、欧州と北米の売り上げは30%を超えている。これにオーストラリアを加えると販売台数の4割近くに達する。推定無罪が前提の地域である。これでは、むしろ解任するほうが三菱自をレピュテーションリスクにさらすことになるのではないか。三菱自にとってどちらが重要な市場かは明白であるが、やはり日本社会の空気は怖いのであろう。そうであれば、わざわざレピュテーションリスクなどと英語を使わず「日本での評判にかかわる」と正直に説明すればよかったのではないか。

 三菱自もやはり日産と同様に推定無罪を尊重しない解任決定をしたということが、国際社会での日本のレピュテーションリスクになるが、それをまったく理解していないように思える。日産と三菱自は、日本市場の販売台数が全販売台数の1割程度という明らかに海外市場に依存しているのだが、その両社の経営者が日本しか見ない行動を取るとは、まさにグローバル社会に反する日本社会の現れである。

 次回は、なぜ日本社会で推定無罪が理解されないのか、その理由は何かを考えてみたい。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授、フランス・トゥールーズ第一大学客員教授)

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