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“北海道侵攻計画” 「毎日生死の瀬戸際」 朝鮮人民軍元特殊部隊員が見せた「殺人術」

テレ朝news のロゴ テレ朝news 2022/09/23 10:27 テレ朝news
“北海道侵攻計画” 「毎日生死の瀬戸際」 朝鮮人民軍元特殊部隊員が見せた「殺人術」 © テレビ朝日 “北海道侵攻計画” 「毎日生死の瀬戸際」 朝鮮人民軍元特殊部隊員が見せた「殺人術」

1970年代中盤、北朝鮮で特殊部隊に所属した元軍人の男性は、自身の経験を我々に話す中で「自分は北海道侵攻作戦の一部だった」と証言した。

金日成主席の指示により結成され、対外的には完全に秘匿された「525特殊部隊」。

一体どのような訓練が行われ、いかにして北海道を侵攻する計画だったのか。男性の具体的な証言をお伝えしていく。

(図は、男性が描いた駐屯地の配置図」

●酷寒の訓練 “北海道庁”に屋上から潜入し占領

彼の所属した北海道侵攻を目的とする「525特殊部隊」の規模は以下の通りだ。

司令部に当たる訓練所があり、訓練所長は朝鮮人民軍の李夏一(リ・ハイル)特殊部隊戦闘訓練局長、階級は中将だった。李局長はその後、朝鮮人民軍次帥で党中央委員会軍事委員会委員にまで昇進する人物だ。その下に5個旅団が編成され、支援部隊まで入れると兵力は4~5万人。

男性によると、第2旅団の主な目的は「北海道侵攻」だったが、他の4旅団もそれぞれの命じられた任務に合わせ、別の場所で訓練をしていたという。

部隊に女性はおらず、1組9人で構成され、中士階級が一番下。組長は少尉または中尉で、中隊長は中佐。大隊長は大佐、旅団長は少将だった。

普通の部隊よりも階級が高く設定された525特殊部隊では、円滑な任務遂行と秘匿のため、大隊長級までは除隊するまで結婚が一切許されていなかったという。

第2旅団の駐屯地から約20kmの場所には専用の軍事飛行場があり、戦闘開始の命令があれば、輸送機で作戦地域に即投入されることになっていた。

また駐屯地の周囲40km以内には誰も入ることができず、侵入者は即射殺することが許されていたという。外部から中に入れるのは、党中央委員会軍事委員と人民武力部担当局長など限られた人物だけ。駐屯地の海抜は1500mを越え、真冬は氷点下20度から30度程度の厳しい寒さになる場所だった。

訓練は冬の北海道を想定し、酷寒の中での非常に過酷なものだった。主なものを順に紹介したい。

まずは北海道庁に見立て作られた建物を使った、屋上から侵入・占領する訓練。

また空港襲撃や管制施設を爆破する訓練、鉄道や橋梁の爆破訓練、放送局の占領訓練なども行われた。

個別では、雪や氷に穴を掘り敵から隠れながら中で眠る訓練、スキー訓練、射撃・格闘訓練など。思想教育などの座学もあり、日本語会話も学んだという。

●男性の投げた箸は壁に突き刺さった…

男性は一層厳しい顔つきで「酷寒の中で敵を殺しながら生き残るための訓練は、まさに毎日が生死の瀬戸際だった」と我々に語った。

そんな中で隊員が最も恐れた訓練は、意外にもスキー訓練だった。なぜなら手足やろっ骨などを骨折する事故が続出し、それが時にそのまま死に繋がったためだ。整備もされていない山奥の新雪斜面を自作の板で滑り降りながら行う射撃訓練では、あちこちで隊員が木の根などに引っかかって転倒し、骨折を伴う大事故が頻発した。

男性は幸運にも事故は免れたということだが、訓練後には凍傷患者が多く発生し、きなこ袋に足などを入れ、腫れを鎮めるのが出来る治療の全てだったと説明してくれた。

射撃訓練は毎日行い、実弾を打つ感覚を保った。他にも列車から飛び降り安全に着地する訓練や、ソ連製の双発機で上空からパラシュート降下する訓練、雪崩からの生還訓練や、接収したアメリカ軍車両を使った操縦・運転訓練などもあった。

輸送機から野戦車両を投下し、着地後に1時間以内に組み立てて作戦遂行ができるよう、仲間と一緒に毎日反復訓練をしたものだと遠くを見つめながら男性は話してくれた。

その他にも自動小銃や拳銃での射撃訓練に加え、ナイフ格闘や素手で敵を制圧し無音で殺す訓練も日々反復した。手ごろな刃物がない場合も想定し、斧投げ、鎌投げなども学び、ついには「箸」投げでの殺人術も学んだという。

聞き取りを続けたある日、男性が「今日はいいもの見せてやる」と言って、食事中にすっと立ち上がった。

朝鮮半島ではポピュラーな「鉄でできた箸」を両手に握り、少し笑みを浮かべる男性。それを男性が突然投げたかと思うと、数メートル先の壁に見事に垂直に突き刺さったのだ。生死を懸けて体得した超人的な殺人術は、半世紀近くが経った今も全く衰えていなかった。

夏には肉体訓練を主に行い、冬は待ち伏せや襲撃、爆破、占領などの訓練を主に行った。男性は訓練を重ねるごとに自分が殺人マシーンになっていくのが分かったと振り返る。

特に彼が嫌いだった訓練で思い出すのは、足に砂袋を付け、背中に20kgの荷物を背負って週末に行われる約40kmの行軍訓練だ。それでもその訓練の結果だろうか、男性は老齢となった今でも健脚で、相当の距離でも歩いて移動することを好む。

夕食後には日本語学習の座学があり、占領作戦で使うような内容、例えば「我々は朝鮮人民軍だ。君たちは包囲された」や「指揮官は誰か?どこの所属か?」、「駅はどこか?放送局はどこか?」などの様々な例文を暗記した。

上官からは日本語学習も戦闘訓練と同じく重要だと言われ、学習には人民軍出版社が作成した冊子が使われていたという。

●金日成主席の視察直前、大勢の死者が…

男性はある日、思い出したかのように話を始めた。

70年代後半に金日成主席による視察計画があり、男性は訓練成果を披露する代表要員に選ばれたのだと誇らしげに語った。視察後に激励の言葉があった場合を想定し、全員で大きな歓声を出す練習もしていたと笑いながら話してくれた。

隊員達は憧れの金日成主席との記念撮影に備えて予め自分達の立ち位置まで決めていたと、少年のよう顔で振り返っていた。

しかし視察は急遽中止となってしまった。視察直前に、部隊内でダニによる流行性出血熱が発生し、死亡者が大勢出たことが原因だった。屈強な第2旅団でも、およそ4500人の隊員のうち、130人近くが死亡したという。

男性は少し悲しそうな表情で話を続けた。

「祖国統一は私達に任せて下さい!」。これが当時、視察に訪れた金日成主席の前で自分達が大声で叫ぶつもりで準備したスローガンだった。

またこの頃には、山中でこっそり芋を焼いて食べようとした隊員の不始末で、訓練所付近で大規模な山火事が発生した。

数日間続いた山火事で、朝鮮人民軍は秘密部隊の存在がアメリカの偵察衛星などに露見した恐れがあると判断し、ほどなく部隊は移転することになったそうだ。

●一触即発の緊張感 「ついに北海道に投入か?」

男性は数日間かけて軍隊での経験を話し終えると、これまでにない厳しい表情で、あることを語り出した。

彼が特殊部隊に所属していた時に、1度だけ、本当に戦争になると覚悟を決めたことがあったという。それは76年夏のことだった。

76年といえば、8月に南北境界の板門店で朝鮮人民軍の兵士が斧で米兵を殺害するという事件、いわゆる「ポプラ事件」が起こった時だ。事件の影響で、朝鮮半島は一時、一触即発の緊張状態となっていた。南北が互いにけん制を繰り返す中で、第2旅団にも出撃待機命令が下され、専用の飛行場には兵員を運ぶ輸送機が常時待機していたという。

軍靴を履いたまま待機する状態が1週間以上続いた。何が起こっているのか全てを知らされていない男性ら隊員は、その時、自分達はいよいよ本当に北海道に投入されるのだと覚悟し、皆が緊張と興奮が入り混じった不思議な気持ちになっていたと振り返った。

結果的に南北の緊張状態は徐々に緩和し、幸いにも男性が実際に北海道へ投入されることはなかった。

北朝鮮での兵役は通常10年だが、男性は北海道投入を覚悟した4年後、80年夏におよそ8年間の軍隊生活を終え、平壌の大学に戻ることになった。

除隊時には政治委員の前で秘密を厳守するという書類に誓約し、印鑑を押すことを求められたという。敵に捕まれば自爆するという覚悟のある者たち、彼の言葉を借りるなら「精鋭労働党要員」だけで構成された525特殊部隊は、男性除隊の数年後に解体され、人民武力部の軽歩兵旅団に吸収統合された。

男性の話を検証するために、我々は脱北した別の元工作員の男性に「525特殊部隊という部隊を知っているか?」と聞いたことがある。

その男性からは「80年代中盤頃、自分達の工作員教育課程に525特殊部隊出身の人間が数人、編入してきたことがあった」との証言を得た。編入者らは「自分たちは日本への侵攻・浸透を目的とした部隊に所属していた」と話していたという。

厳しい訓練を積んだ525特殊部隊は、解体後も工作員教育の対象者に選ばれていたというわけだ。

男性は我々に対し「いくら名前を変え、姿を隠しても、525特殊部隊が、金日成主席が直接目的を決めた秘密部隊であることに変わりはない」と言った。男性は部隊の真の目的について「金日成主席が第2次朝鮮戦争を決断した際に、日本を攻撃・攪乱して在日米軍の朝鮮半島投入を阻止しようとするためのものだった」と教えてくれた。

その上で彼は「北朝鮮の当時の戦術は今も受け継がれている」と主張した。朝鮮半島で再び戦争が始まれば、北朝鮮は東京・大阪などの大都市と在日米軍基地を弾道ミサイルで戦闘初期に壊滅させ、在日米軍の朝鮮半島への展開を阻止するため、特殊部隊を奇襲的に日本へ投入することは十分にあり得るというのだ。

まだまだ男性の話に興味は尽きないが、今回はここまでとする。

ANNソウル支局

支局長 井上敦(テレビ朝日)

記者 安秉俊

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