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卵が「国際基準」で高騰する可能性、元農相を巡る汚職事件で表面化

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2021/02/09 06:00 戸田一法
卵は「物価の優等生」といわれてきた Photo:PIXTA © ダイヤモンド・オンライン 提供 卵は「物価の優等生」といわれてきた Photo:PIXTA

鶏卵生産大手元代表が元農相に多額の現金を渡したとされる汚職事件で、テレビや新聞などメディアは連日「アニマルウェルフェア(AW)」というキーワードを軸に報じていた。AWとは「家畜を工業製品のように扱うこと」への批判から発生した英国発祥の理念。国際獣疫事務局(OIE)は国際的な基準作りを進めているが、事件を巡っては、元代表が元農相ら族議員、農水官僚に要件緩和や基準そのものに反対するよう働き掛けていたとされる。国際基準の作成は着々と進んでいるが、適用されたら「物価の優等生」とされてきた鶏卵が国内で高騰する可能性もあるらしい。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

AWは日本にとって不都合か

 東京地検特捜部が吉川貴盛元農相(70)(※「吉」は正式には上が「士」でなく「土」、以下同じ)を収賄罪で、鶏卵生産大手「アキタフーズ」(広島県福山市)グループの秋田善祺元代表(87)を贈賄罪で、在宅起訴した事件の概略は以下の通りだ。

 起訴状によると、吉川被告はAWの国際基準に反対する意見を取りまとめるなど、業界への便宜を図ってもらいたいという趣旨と知りながら、2018年11月21日に東京都内のホテルで200万円、19年3月26日と同8月2日に大臣室でそれぞれ200万円と100万円を秋田被告から受け取ったとされる(起訴は1月15日付)。

 AWは「動物福祉」とも表現され、動物園や水族館の展示動物、研究施設の実験動物、ペットの愛玩動物、産業利用される家畜動物のほか、野生動物を含め、動物が感じる苦痛の回避や除去に配慮しようという考え方だ。1960年代に欧州で一般的になった。

 日本の公益社団法人「畜産技術協会」は「家畜の快適性に配慮した飼養管理」と定義。国際的には家畜動物について(1)飢えおよび乾き、(2)不快、(3)苦痛、損傷、疾病、(4)恐怖および苦悩からの自由、および(5)正常行動の発現の自由を提唱している。

 欧州連合(EU)は12年、日本のように金網の鳥かごを連ねるタイプのケージ使用を禁止。そのため、採卵場とは別に「止まり木」や「巣箱」を設置した飼育場、地上で飼育する鶏舎などが導入された。

 AWの国際基準作成はパリに本部を置くOIEが担当。18年秋に提示した案では「営巣区域」と「止まり木」の設置を必須事項として盛り込んだ。しかし、日本ではケージでの飼育が9割以上を占める。欧州型の国際基準が導入されると、施設などに費用がかさむのは必至。このため、農林水産省は19年1月、反対意見を強く表明し、同年秋の案では「必須」から「推奨」に緩和された。

 実はこの農水省の反対表明が、秋田被告から現金供与を受けた吉川被告の便宜供与だった、というのが東京地検特捜部の特定した事件の構図だ。

年間5000万円をばらまく大物

 農相に働き掛け、農水省を動かしてOIEの国際基準をひっくり返した秋田被告とは、どんな人物だったのだろうか。

 1966(昭和41)年、秋田種鶏園の名称で株式会社を設立。一代で地元・広島のほか静岡や千葉にも農場、大阪や名古屋、東京に流通拠点を持つ業界最大手に育て上げた。その一方で業界団体の役員として、生産者の意向を族議員や官僚に伝える重要な立場として存在感を増していった。

 全国紙社会部デスクによると、秋田被告が政官界と深い付き合いになったのは、衆院旧広島3区選出で1984~85年に農相を務めた故・佐藤守良元衆院議員がきっかけ。96年に死去した後は、同じ選挙区の亀井静香元衆院議員と懇意に。その紹介で、96年衆院選に初当選した地元・広島選出の元法相で衆院議員の河井克行被告(公選法違反で公判中)の選挙を支援した。

 河井被告は当選後、同期当選だった吉川被告と、同じく農相経験者の西川公也元衆院議員に秋田被告を紹介。元農相だった自民党の森山裕国対委員長も、政治部記者らに「亀井氏に引き合わされた」と明かしているらしい。

「政治に年間5000万円は使う。選挙の年は1億円だ」。秋田被告は、周囲にこう吹聴していたという。

 事実、汚職事件で立件された吉川被告への500万円以外にも、1300万円を供与していたとされる。西川氏にも数百万円を渡したとされる秋田被告。贈収賄事件には「職務権限」を利用した結果としての便宜を立証するよう求められるため立件は見送られたが、農水族議員へのカネのばらまき、農水官僚への接待は日常的に行われていたようだ。

「物価の優等生」に危機感

 業界のために政官界に陳情するのは業界団体役員なら、当然のことのようにも思える。ただ、AWを巡る国際的な動きは、秋田被告だけではなく鶏卵生産業界全体にとって脅威だったようだ。

 総務省の消費者物価指数によると、食料全体の物価は約50年前から約3.5倍になっているが、鶏卵は約1.5倍にとどまっている。オイルショックやバブル、鳥インフルエンザなど、さまざまな影響があったにもかかわらず、である。

 これが安定・安価に供給されてきた「物価の優等生」といわれるゆえんなのだ。

 ある九州地方の鶏卵生産農家のHPには「卵は物価の優等生!小売価格がほぼ変わらない理由とは」と題し、主な理由を「生産から流通まで、あらゆる段階で工夫と努力を続けてきたからです」と紹介。

 そして「徹底した機械化」を挙げ「昔は人手と時間がかかっていたエサや水やりの時間」がなくなり、大量生産を可能にしたと説明している。

 東北地方の農家はHPに「なぜ物価の優等生?」と問い掛け、ケージ飼いによる生産性と飼料効率の向上、機械化による大量生産の実現、流通面の合理化――など「たゆまぬ努力」で安定した価格で提供できると強調している。

 独立行政法人「農畜産業振興機構」によると、年間1人当たりの消費量は300個を超え、世界3位。しかも、卵かけご飯のように生食が当たり前なのは、サルモネラ菌への懸念から規制されている中、世界的にも珍しく、これは非常に高い衛生・品質管理によるものだ。

五輪だけではない国内の不安

 今回の汚職事件に、東京五輪やパラリンピックの大会関係者や協賛企業はナーバスになっている。

 今回の事件を報じた海外メディアは「日本の鶏卵業界は現状の飼育方法を継続するため、政治家にロビー活動をしてきた」と報じた。

 今年夏に開催予定の東京大会では、国内の大学教授らによるワーキンググループが畜産物に関して「食材の安全」「環境保全」「労働者の安全」「AW」を順守事項にした。しかし、ロンドン五輪銀メダリストらが「東京大会の食事には懸念がある」と抗議文を公表。理由はケージの飼育を「残酷」とした。

 実は鶏の飼育について12年ロンドンは「放牧」、16年リオデジャネイロは「ケージ禁止」だった。東京大会では国際基準に照らし「後退」という意見もある。

 もちろん、現職の農相が職務権限に関して依頼を受けて現金を受け取り、特定の団体・業者に便宜を図るなどあってはならず、論外なのは言うまでもない。

 確かに、家畜を「工業製品のように扱うこと」は望ましくない。しかし、こうして長年にわたり安定・安価で栄養豊富な鶏卵が供給されていたことは、国民にとって間違いなく大きな利益だった。

 前述の全国紙社会部デスクはこう話していた。

「私は検察当局の動きなど事件の筋を追う立場で詳しくないのですが、事件でコンビを組んだ経済部の農水担当デスクは『秋田被告は業界のために、鶏卵業界は戦後の国民に必要な栄養を提供するために尽力してきた』と言っていました」。

 そして、こう付け加えた。

「鶏卵は今後、数倍に高騰し、高級品になる可能性があるらしいですよ」

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