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参院「定数6増」より筋の悪い「特定枠」の正体 自民の公選法改正案は民主主義を壊している

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/07/18 07:00 薬師寺 克行
「合区」は2016年の前回・参議院選挙から導入された(撮影:尾形文繁) © 東洋経済オンライン 「合区」は2016年の前回・参議院選挙から導入された(撮影:尾形文繁)

 衆議院や参議院の選挙制度は日本社会の変化やリクルート事件のような疑獄事件などをきっかけに何度も見直されてきた。個別にみると失敗もあり、試行錯誤を繰り返している。しかし、改正時にはそれなりにきちんとした理屈があり、与野党を巻き込んで時間をかけて議論され、ある程度国民が納得するものだった。

 ところが現在、国会で審議されている参議院の定数などを見直す公職選挙法改正案はこれまで見たことがないほどお粗末なものとなっている。人口が減っている時代に定数を6つも増やしたり、比例代表に「特定枠」というわかりにくい制度を作ったりと、自民党の手前勝手な改正案となっている。その結果、参議院の選挙制度は国民が理解困難な複雑怪奇なものに変質してしまいそうだ。

「合区」をめぐって自民党内に軋轢

 近年、参議院は一票の格差をめぐる最高裁の「違憲状態判決」への対応に追われ続けている。格差が5倍前後になっても抜本的な対応をしない国会に対し最高裁は「違憲状態」と認めるだけでなく、「一部選挙区の定数の増減にとどまらず、都道府県単位の選挙方法を改めるなどの抜本的改革が必要」と選挙制度の見直しまで提案している。

 ところが国会の動きは鈍い。その結果、参院選が行われると違憲訴訟が提起され、最高裁で「違憲状態判決」が出る。それを受けて国会が格差縮小のための定数是正を行うことを繰り返してきた。ところが都道府県単位の選挙方法は、格差が最大の選挙区(つまり人口が少ない選挙区)の定数が2(選挙のたびの改選数は最少の1)となったときにこれ以上、定数を減らせないという限界を迎える。となると隣県と一緒になって一つの選挙区にするしか方法がなくなってしまう。

 2015年の公職選挙法改正は「10増10減」と大幅な定数見直しとなったが、同時に2つの「合区」が初めて導入された。具体的には「鳥取県と島根県」、「徳島県と高知県」が一緒になり、それぞれ一つの選挙区となったのである。この結果、一票の格差は3.08倍となり、2016年の参院選後の訴訟で、最高裁は「著しい不平等状態にあったとは言えない」として「合憲」の判決を出した。

 しかし、地方の人口減少などによる格差拡大の流れは止まらないため格差は拡大し、2019年の参院選では3倍を大きく上回る見通しとなった。このままの状態で参院選を行えば、最高裁でまた違憲状態判決が出される可能性は高い。だから自民党が通常国会での成立を急いでいるのだ。

 問題はその改正内容だ。

 今回の改正案のポイントは2つある。一つ目は、一票の格差を是正するため、議員一人当たりの人口が最も多い埼玉選挙区の定数を2増やすこと。これによって議員一人当たりの人口が最も少ない福井選挙区との格差は3倍以下となる。今まで通り、格差是正を目的とするだけならこの措置で十分である。

 二つ目は、比例代表の定数を4増やすとともに、新たに「特定枠」という制度を設けること。現行の比例代表は「非拘束名簿式」となっているが、特定枠は対象の候補者を名簿順位の上位に置く拘束名簿とする。各党は特定枠をそれぞれの判断で使うことができるとされているが、自民党の場合、「特定枠」の候補者は確実に当選することになる。

 なぜこれまでの改正と同じように定数の増減数を同じにしないのか、また「特定枠」などというわかりにくい制度を作るのか。それは、新しい「合区」を作らないことと、すでにある合区ではじき出される現職議員を救済することが目的だからである。

 合区となった選挙区は、これまでは選挙のたびに合計で2人の議員が選ばれていたが、合区後は1に減る。したがって二つの県がともに自民党議員の場合、一人が立候補をあきらめなければならない。あきらめた議員の出身県は自分たちが選んだ議員がいなくなってしまうことにもなる。そんなこともあって合区に対する激しい反対論が自民党内や全国知事会はじめ地方自治体などから噴出した。

 しかし、今後、一票の格差が拡大することはあっても縮小することはありえない。したがって違憲状態を避けるためには、選挙のたびに公選法を改正して新たな合区を作っていかなければならない。しかし、地方では合区反対論が吹き荒れている。

 ジレンマに陥った自民党が最初に考えたのが憲法改正だった。憲法に「参院選挙の選挙区は都道府県ごとに最低1人を選挙で選ぶ」という内容を盛り込むことで、合区を回避するという道筋を考えた。しかし、安倍首相が旗を振って盛り上げた憲法改正の機運は短期間で消えてしまった。そこで急遽浮上したのが今回の公選法改正だった。

「特定枠」で選挙運動もせず当選が確実に

 ところがこの改正内容があまりにもひどいのである。どういう点がおかしいか以下に列挙する。

 まず「特定枠」だ。特定枠の候補者は各党の比例代表名簿の最上位に位置づけられる。現在の比例区は非拘束名簿式で、各候補者が得た得票数の多い順に当選する仕組みとなっているが、特定枠の候補者はその例外で得票数は関係なく1位、2位に位置づけられる「拘束名簿」となる。つまり同じ比例代表に拘束名簿と非拘束名簿が混在するわかりにくい選挙制度になる。

 比例代表の定数増がなぜ4なのか。それはすでにある合区で立候補できなくなる現職議員の数に合わせるという自民党の都合だけが理由である。島根県など4県はいずれも伝統的に自民党が圧倒的に強く自民党以外の候補者が当選することはほとんどない。特定枠は合区によって立候補できなくなる自民党の現職議員を比例代表で当選させるという露骨な救済策なのである。自民党による選挙制度の私物化と言いたくなるような改正案である。

 さらに驚くことに特定枠の候補者は「選挙事務所の設置、自動車などの使用、文書図画の頒布や掲示、個人演説会は認めない」とされている。つまり特定枠の候補者は選挙運動を行えないのである。そうした理由について、自民党は特定枠の候補者はほかの比例区候補と異なり個人名の得票数によって当選するのではないから、選挙運動をしなくていいと説明している。

 ほかの比例区候補は個人名での得票数を確保するために全国的組織をバックに選挙運動を展開する。一方、特定枠の候補者は人口が少ない合区となった県の出身者であり、全国的な支持組織もなければ知名度もない。にもかかわらず当選が保証されている。仮に特定枠の候補者が他の候補者と同じ条件で選挙運動をして個人名の得票数が極端に少なかった場合、なぜ1位、2位で当選できるのかという正当性は説明しにくくなる。ところが選挙運動を禁じておけば個人名の得票が少なくても言い訳ができる。これまた自民党の都合に合わせただけの改正内容である。

 この結果、当選は確実だが選挙運動を禁じられた候補者が誕生する。国民はこの候補者らがいかなる人物か知りようもない。これはもう民主主義的な選挙そのものの否定につながるようなやり方だ。

 しかし、国会審議を見ると意外なことに特定枠について野党の批判はそれほど強くない。というのも特定枠は自民党以外の政党も活用できるためのようだ。少数政党は党首を特定枠の候補にして、当選可能性を高めることに利用できる。そんな思惑があるから制度としての問題点をあまり指摘しないまま審議が進んでいるようだ。

格差どころじゃない、合区での2議席確保

 一票の格差がこの改正で本当に解消されたかという点も疑問である。選挙区だけを見ると確かに3倍以下になる。しかし、特定枠を設けて合区から立候補できない現職を救済するということになると、自民党独占区の場合、実質的には合区の県は選挙のたびに2議席が確保されていることになる。これは一票の格差が選挙区と比例代表の二つの制度によってうまく隠されていることになってしまう。事実上の「格差隠し制度」ともいえるだろう。

 また、これまでは選挙区の定数を是正することで違憲状態に陥らないよう対応してきたが、今後は格差拡大への対処として、仮に新しい「合区」を設ける場合、自民党はそれに対する不満や批判を回避するために特定枠をどんどん拡大するだろう。制度上は比例代表の候補者全員が特定枠でなければ何人を特定枠にしようが政党の自由となっている。

 その結果、比例代表は合区に対する救済選挙区になってしまい、人口の少ない県の出身議員が多くを占める日が来るかもしれない。比例代表の本来の意味が完全に変質するばかりか、参議院そのものが何のためにあるのかという根本的な疑問さえ出てくるだろう。

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